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お人好しなアリア
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ルベリオン王国は雨季真っ只中。
連日天気が悪いと、冒険者達の活動も落ち着いてくるもので、店内も少しは静かになる。
そんなギルドに、フランシスカとアセナルが出発の挨拶に来たのは二週間程前だ。
彼女達はグレンに薦められた通り、治療の為に中央大陸へと旅立った。
彼女ならば、きっと病を克服するだろうとグレンは確信しているのだが。
その彼女は、旅立つ前に置き土産を残したのだ。
それはフェアリーレイズの為に走り回ったアリアと、知恵で難題を解決へと導いたグレン。
そして、不可能に近い依頼を引き受けてくれた寛大な(?)フィルネに対しての、大いなる称賛である。
それはフランシスカの結婚式に参加した貴族達を中心に噂として広まり、やがて国王の耳へと届き。
三人は王国から表彰されたのだ。
それはとても名誉ではあるのだが、やはり弊害もある。
あれからフィルネは妙に指名が増えて個人の仕事量が増加しており、表彰された事で上げられた給料でも〝割に合わない〟と嘆いていた。
グレンも同じく、以前にも増して人に話し掛けられる事でコミュ障を拗らせている上。
今までのように打ち切り依頼を裏で解決しても、完了報告時にグレンだと気付かれたりするので、下手に報告にも行けないという状況に陥っていた。
そんな中、もっとも大変なのは以前にも名誉賞を受けているアリアである。
一層有名人になり、以前に王国案件でナルシーがアリアの参加を指定したような事が、一般依頼でも起きているのだ。
それも、どうでもいい内容で〝アリアに会いたいだけ〟では? というような依頼も多い。
もちろん、それにアリアが応える理由は何もないが。
普通の依頼でも、〝可能ならアリア・エルナード〟等と記載されれば、他の冒険者がその依頼を請けづらいのは間違いない。
結果的に一部の冒険者から、アリアが煙たがられる事もあるし。
指名依頼を見送る彼女を逆恨みする依頼主もたまにいるのだ。
実はこの問題、世界中の冒険者ギルドで度々起きており。〝冒険者指定禁止〟という規約を追加するか否かは、以前から本部で議論されているとか、いないとか。
「私、冒険者辞めようかなぁ」
ため息混じりに愚痴るアリア。
それに対してフィルネは、仕事の手を止める事なく訊ねる。
「辞めて何するんですか? まさかギルドで働くとか言いませんよね?」
「ああ、それも言いかもね」
と答えるアリアに「おおお、いいね!」と、ガイは盛り上がる。
「アリアちゃんが入って来たら従業員の士気もグンっとあがっちゃうねぇ」
「ガイさんの士気があがるだけでしょ」
「ん? 何か言ったかいフィルネちゃん?」
「いいえ、何も……」
会話に花を咲かせる三人の傍らで、グレンは黙々とフィルネの手伝いをしていた。
そんなグレンの様子を見ながら「まあギルド従業員も悪くないかなぁ」と呟くアリアに。
「グレンくんと居たいだけでしょ……」と呟いたフィルネの言葉はアリアには届いてないが、隣にいたグレンには僅かに聞こえており。
──どういうこと? と、その事が気になり、仕事の手が止まったグレンが見たのは。
アリアの横からひょっこり顔を出す一人の少年だった。
年齢は十歳前後だろうか。
黒いハンチングキャップを被った少年で、服装はお世辞にも綺麗とは言えない。
「あのぉ。依頼したいんだけど」
「あ、はいはい。どうしたんだい?」
と、答えたのはガイだ。
ガタイがよくて強面だが、根は優しいナイスガイな彼は子供にも優しいのだ。
「実は家が鍛冶屋なんだけど、どうしても来週中に騎士団に依頼されていた剣を仕上げなきゃダメなんだ。でも、まだ必要分の鉱石も集まってないのに父親が熱出しちまって……」
少年の名前はルクル。
依頼は、熱を出した父親に代わって必要な鉱石を採ってきてほしいという話だった。
父親は頼む必要がない、と頑固に言ったらしいのだが、ルクルは父親に無理をさせたくないようだ。
「なんだよ坊主。父ちゃん思いのいい奴じゃねえか! まかせろ、まかせろ。そんな依頼なら誰でもやってくれるはずだぜ」
「あ、ああ。でも、実は金がなくて。それで、出来たら小遣いの範囲でお願いしたいんだけど」
と、ルクルはチラリとアリアを見た。
「そうなんだぁ。キミも私に頼みたいの?」
「ねえちゃんは、優しいから報酬で仕事を選ばないって聞いたんだ……」
なるほどそういう事か、と全員が納得した。
しかし問題は仕事の程度による。
ある程度は報酬が見合わないとアリアだって、慈善事業をしているわけではないだろう。
「鉱石は鉄でいいし、そんなに大量にはいらない。それをいつものベイナント渓谷に採りに行ってほしい。報酬は銀貨一枚しか出せない」
「ああ、なーんだ。楽勝だよ、キミのお金でしょ。そんなのいらないわよ。あそこは行った事あるから、お姉ちゃんに任せなさい」
ルクルはペコリと頭を下げた。
本当にお人好しだなぁ……と誰もが思ったが、それがアリアが人気の理由でもある。
この依頼は二日もあれば片付くだろう。
アリアが請け負わなければ、下手したら少年一人でも行きかねない事を考えると。
アリアの判断は正しいのかもしれない。
「じゃあ私行ってくるね。依頼書は作らなくていいよ。明後日には帰ってくるから。ルクルくんは、その時またギルドにおいで」
と、軽いノリでアリアが請け負うと、ルクルは申し訳なさそうに「すまない」と言い、ギルドを出ていった。
〝すまない〟じゃなくて〝ありがとうございます〟だろ? と、グレンは若干生意気なルクルにそう思ったのだが。
自分に似てコミュ障なのだろう、と思うと。それを口には出来なかった────
連日天気が悪いと、冒険者達の活動も落ち着いてくるもので、店内も少しは静かになる。
そんなギルドに、フランシスカとアセナルが出発の挨拶に来たのは二週間程前だ。
彼女達はグレンに薦められた通り、治療の為に中央大陸へと旅立った。
彼女ならば、きっと病を克服するだろうとグレンは確信しているのだが。
その彼女は、旅立つ前に置き土産を残したのだ。
それはフェアリーレイズの為に走り回ったアリアと、知恵で難題を解決へと導いたグレン。
そして、不可能に近い依頼を引き受けてくれた寛大な(?)フィルネに対しての、大いなる称賛である。
それはフランシスカの結婚式に参加した貴族達を中心に噂として広まり、やがて国王の耳へと届き。
三人は王国から表彰されたのだ。
それはとても名誉ではあるのだが、やはり弊害もある。
あれからフィルネは妙に指名が増えて個人の仕事量が増加しており、表彰された事で上げられた給料でも〝割に合わない〟と嘆いていた。
グレンも同じく、以前にも増して人に話し掛けられる事でコミュ障を拗らせている上。
今までのように打ち切り依頼を裏で解決しても、完了報告時にグレンだと気付かれたりするので、下手に報告にも行けないという状況に陥っていた。
そんな中、もっとも大変なのは以前にも名誉賞を受けているアリアである。
一層有名人になり、以前に王国案件でナルシーがアリアの参加を指定したような事が、一般依頼でも起きているのだ。
それも、どうでもいい内容で〝アリアに会いたいだけ〟では? というような依頼も多い。
もちろん、それにアリアが応える理由は何もないが。
普通の依頼でも、〝可能ならアリア・エルナード〟等と記載されれば、他の冒険者がその依頼を請けづらいのは間違いない。
結果的に一部の冒険者から、アリアが煙たがられる事もあるし。
指名依頼を見送る彼女を逆恨みする依頼主もたまにいるのだ。
実はこの問題、世界中の冒険者ギルドで度々起きており。〝冒険者指定禁止〟という規約を追加するか否かは、以前から本部で議論されているとか、いないとか。
「私、冒険者辞めようかなぁ」
ため息混じりに愚痴るアリア。
それに対してフィルネは、仕事の手を止める事なく訊ねる。
「辞めて何するんですか? まさかギルドで働くとか言いませんよね?」
「ああ、それも言いかもね」
と答えるアリアに「おおお、いいね!」と、ガイは盛り上がる。
「アリアちゃんが入って来たら従業員の士気もグンっとあがっちゃうねぇ」
「ガイさんの士気があがるだけでしょ」
「ん? 何か言ったかいフィルネちゃん?」
「いいえ、何も……」
会話に花を咲かせる三人の傍らで、グレンは黙々とフィルネの手伝いをしていた。
そんなグレンの様子を見ながら「まあギルド従業員も悪くないかなぁ」と呟くアリアに。
「グレンくんと居たいだけでしょ……」と呟いたフィルネの言葉はアリアには届いてないが、隣にいたグレンには僅かに聞こえており。
──どういうこと? と、その事が気になり、仕事の手が止まったグレンが見たのは。
アリアの横からひょっこり顔を出す一人の少年だった。
年齢は十歳前後だろうか。
黒いハンチングキャップを被った少年で、服装はお世辞にも綺麗とは言えない。
「あのぉ。依頼したいんだけど」
「あ、はいはい。どうしたんだい?」
と、答えたのはガイだ。
ガタイがよくて強面だが、根は優しいナイスガイな彼は子供にも優しいのだ。
「実は家が鍛冶屋なんだけど、どうしても来週中に騎士団に依頼されていた剣を仕上げなきゃダメなんだ。でも、まだ必要分の鉱石も集まってないのに父親が熱出しちまって……」
少年の名前はルクル。
依頼は、熱を出した父親に代わって必要な鉱石を採ってきてほしいという話だった。
父親は頼む必要がない、と頑固に言ったらしいのだが、ルクルは父親に無理をさせたくないようだ。
「なんだよ坊主。父ちゃん思いのいい奴じゃねえか! まかせろ、まかせろ。そんな依頼なら誰でもやってくれるはずだぜ」
「あ、ああ。でも、実は金がなくて。それで、出来たら小遣いの範囲でお願いしたいんだけど」
と、ルクルはチラリとアリアを見た。
「そうなんだぁ。キミも私に頼みたいの?」
「ねえちゃんは、優しいから報酬で仕事を選ばないって聞いたんだ……」
なるほどそういう事か、と全員が納得した。
しかし問題は仕事の程度による。
ある程度は報酬が見合わないとアリアだって、慈善事業をしているわけではないだろう。
「鉱石は鉄でいいし、そんなに大量にはいらない。それをいつものベイナント渓谷に採りに行ってほしい。報酬は銀貨一枚しか出せない」
「ああ、なーんだ。楽勝だよ、キミのお金でしょ。そんなのいらないわよ。あそこは行った事あるから、お姉ちゃんに任せなさい」
ルクルはペコリと頭を下げた。
本当にお人好しだなぁ……と誰もが思ったが、それがアリアが人気の理由でもある。
この依頼は二日もあれば片付くだろう。
アリアが請け負わなければ、下手したら少年一人でも行きかねない事を考えると。
アリアの判断は正しいのかもしれない。
「じゃあ私行ってくるね。依頼書は作らなくていいよ。明後日には帰ってくるから。ルクルくんは、その時またギルドにおいで」
と、軽いノリでアリアが請け負うと、ルクルは申し訳なさそうに「すまない」と言い、ギルドを出ていった。
〝すまない〟じゃなくて〝ありがとうございます〟だろ? と、グレンは若干生意気なルクルにそう思ったのだが。
自分に似てコミュ障なのだろう、と思うと。それを口には出来なかった────
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