53 / 96
事件の解決
しおりを挟む「アリア……さん?」
グレンは思わず声を溢した。
頭の中では半分以上、アリアはシャトルファング盗賊団に拐われたと仮定してたからだ。
ところが、普通に仕事するフィルネの横で、アリアはすこぶる元気に、明るく、グレンに向かって手を振っている。
切迫した表情で「ど、どういう事ですか?」と、グレンが訊ねると、アリアはキョトンとした。
そこでフィルネがペンを置き、代わりとばかりに説明に入る。
「あー、それはね。騎士団の人達が渓谷へ出発する直前に、アリア様が戻って来たのよ」
「え? でも僕は騎士団の人にアリアさんを見なかったか聞いたけど、誰も……」
と、言葉の途中でグレンは、あの時自分が騎士団に尋ねた言葉を反芻して、思い出したのだ。
『ここに来る〝途中〟に〝冒険者の姿〟を見ませんでしたか?』
────という言葉を。
「ああ、そうか。僕は〝アリアさん〟を見たか、とは聞かなかったんだ」
それならば、あの質問に騎士団全員が〝誰もいなかった〟と反応したのも仕方ない。
何故なら、彼等がアリアを見たのはルウラを出発する前である。
ルウラから渓谷に来る〝途中〟ではないのだから。
詰まる所が騎士団は、単身でシャトルファングの基地である可能性がある場所に乗り込んだ〝グレン個人〟の援護に向かっただけで。
あの時点で既に、街にいるアリアの事などは、問題にしていなかったのだ。
しかも合流して早々、ボロボロのネジイを見れば。
騎士団としては〝渓谷で何があったのか〟が優先されるのは当然だった。
どうりで『グレン君だね?』と、開口一番に自分の名前だけを聞いてきて、アリアの事には一切触れなかったはずだ……と、グレンはひたいを押さえる。
「そ、そういう事ですか……」
「グレンくん。その、やっぱり。私の事、心配してた……とか?」
「え、な、なんでですか? それは心配しますよ」
何故かアリアは顔を真っ赤にした。
このアリアの言動が、グレンには不思議で仕方なかったのだが。
その答えは、またもフィルネが教えてくれた。
「そりゃあ、あんだけ必死な顔で『アリアが危ない。助けなきゃ!』なんて叫ばれたらねぇ」
「そ、その話。やっぱり本当だったんだ……私、グレン君にそんなに心配されるとは思ってなくて」
再びグレンはあの時の事を思い返しながらも、思わずフィルネに反論する。
「なっ! ぼ、僕は、そんな事……」
「言ってたわよ。鍛冶屋の少年に聞いてみれば?」
そうキッパリ言われては、言ったような気がした。
途端に自分の顔が熱を帯びる。
アリアの顔が赤くなったのは、そういう事か! と、グレンは余計な事を言ったフィルネを一瞥するも。
彼女は何故か「フンッ」と不機嫌そうにそっぽ向く。
はぁ……とため息を漏らすグレンの横から。
一緒に心配していたネジイが、アリアに追加の言葉を添えた。
「無事なら良かった。キミが見つからなくて、彼は相当に慌てていたからな。誰かに拐われたのかもしれないと言うから、急いで帰ってきたのだ」
その言葉にアリアは更に顔を赤くする。
どうして急に彼は〝お喋り〟になるのだ? とグレンは若干ネジイに恨みすら感じつつも、慌てて話題を変える。
「そ、そうだ! け、結局。そう、どうしてアリアさんは渓谷に行かずに街に戻ったんですか?」
結局はそこなのだ。
アリアが直ぐにギルドを出たのは確かだが、それでもその日のうちに戻って来れる距離ではない。
つまり、依頼を終わらせたわけではない事は明白。
そのアンサーを聞きたいと、グレンとネジイはアリアを見つめた。
すると彼女は、少しモジモジしながら口を開く。
「あ、うん。なんかそんな話聞いたら凄く言いづらいんだけどね。街は直ぐに出たんだけど……、ある程度進んでから私、採掘ってやった事ないなぁって途中で気付いたの。
何とかなるかなぁ? って思ったんだけど。やっぱり行っても無駄になるくらいだったら一度戻って、鍛冶屋さんに聞こうかなって思って。そしたら何か騒ぎになってて……ね」
既に本人から聞いていたらしきフィルネの反応は平然としたものだったが、グレンとネジイは開いた口が塞がらなかった。
当のアリアは、というと。
テヘペロ────と、いった感じである。
ダリオンとの壮絶な(?)戦いの記憶も、今やグレンの中ではアリアの〝天然ボケ〟に全て持ってかれてしまい、全身の力が抜けた気分だった。
────そして翌日。
グレンとネジイは騎士団からの呼び出しを受け、ナルシーに全てを説明するに至った。
洞窟での強化ゴブリンとの戦闘、サヴァロンとネジイの関係など。
これにて、ようやくゴブリン事件は解決を見たわけだが、そこでナルシーから提案があった。
「ところで、二人は騎士団に入るつもりはないか?」
事件を解決に導いた事は大きな功績だ。
次いで、強化ゴブリンを掃討したのだから彼がそう出るのは当然かもしれない。
────が、グレンは断った。
ナルシーに告げた理由は適当に取って付けた物だったが、グレンはソティラスという仕事が最優先だったし、そもそも集団での活動は大の苦手だ。
ただ意外だったのはネジイで、こちらは「やらせてもらう」っと二つ返事だった。
そこにはネジイなりの思惑があるようだ。
というより、ネジイ自身だけに有らず〝母〟の為でもあった。
サヴァロンが賞金首になった時、頑なに信じなかったのは意外にもネジイの母親の方だったという。
その母の思いも背負い、ネジイは全ての真相を知る為に動きだしたそうだ。
詰まるところが。
サヴァロン・デミタスの息子として、誉れ高き王国騎士団で活躍する事は〝亡き父の汚名返上〟でもあり。
それは口数の少ないネジイなりの〝弔い〟だったのだろう、とグレンは思った。
一方で、騎士団を断ったグレンだが。
それでもナルシーは諦めず、度々グレンを勧誘しにギルドにやって来るのだ。
とはいえ、何故か毎回フィルネがグレンに代わり頑なに断り続けてくれる為、グレンは助かっている。
問題はアリアが、以前にも増してギルドに顔を出してはグレンに絡むようになり。
それが何故かフィルネの癇に障るらしく、そのとばっちりが結局グレンへの理不尽な当たりとなって反ってくるので。
グレンとしては助けられているのか、どうなのか判断に困るといった所だ。
そんなドタバタした冒険者ギルドのルウラ支店は、連日多くの冒険者達で賑わっている。
掲示板には、以前にも増して多くの依頼が張り出されており。
割りの良い仕事がないかと、冒険者達は頻繁に掲示板をチェックしていた。
当然、その応対をする従業員達は毎日慌ただしく店内を走り回っているのだが。
今日もグレンは、掲示板の前で〝暇そうに〟ぼーっと依頼書を眺めている。
最近では〝強化ゴブリン事件を解決した英雄〟なんて〝有り得ない噂〟を否定する日々が続き。
今やグレンは、ルウラ支店の人気者となっていた。
▽
そんなルウラ支店から、海を越えて遥か南。
灼熱の砂漠が土地の面積の殆どを占める〝南方大陸〟にある大国【セルシアクベイルート聖王国】で、一人の少女が拐われた。
その少女は世界に二人しかいない〝真の聖女〟の一人であり。
その噂は瞬く間に世界中に広がる。
そして当然。
ルウラの街にも届くのだ────
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
944
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる