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第二章

猫の知らせ

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 ◇◇◇◇◇

 フィルネから渡された書類の手伝いが終わると、今度は別の従業員の頼みで〝依頼完了報告〟を頼まれ。
 グレンは先ほど、依頼主の所へと赴き。それを完了させた。

 そして受け取った報償金を片手にギルドへ戻る途中。
 グレンに手招きする者の姿に気付く。
 誰かと思えばそれは、数時間前に別れたチャミィだった。
 
 隠密行動の彼女が、街中でグレンに手招きするのは珍しい。
 何か新しい情報でも掴んだのか? と、グレンは周りの人目を気にしつつ彼女の所へと向かう。

 グレンが向かって来た事に気付いたチャミィは、昼間話した路地裏へと跳ねるように移動する。
 グレンも、そんな彼女の後に続いた。
 チャミィのこの行動を見るに、少なくとも人に漏らせない話である事は推測出来た。


「何か情報に進展があったの?」

 前を進むチャミィの背中に話しかけると、彼女は振り向き。辺りをキョロキョロすると、ツツツ……っとグレンに忍び寄り小声で囁く。

「報告しておこうと思ったのにゃ。にぃ様は、水巫女は沈んだかもしれにゃいと言ったけど。どうやら、生きてるようだにゃ────」

 チャミィは少し興奮気味に言う。
 彼女は、この数時間で目的の〝シャトルファング盗賊団〟の情報と、グレンの発言を覆す事実を同時に掴んだようだ。


 話は、中央大陸の国から逃げたシャトルファングの大物が、水巫女を拐った海賊と接触していたらしいという話だった。
 つまりグレンが見た海賊船に乗っていたのは、チャミィが探しているシャトルファングの幹部だった可能性が高まったのだ。
 
 言われて見ればグレンにも心当たりがあった。
 海賊にしては操船がスムーズではなく、船員が足りていない感もあった。
 実際にグレンが見たのも〝一人の男〟と〝水巫女らしき少女〟だけだった事も不自然だ。

 よくぞ数時間でその情報に辿り着けたな、とグレンは驚きの目を向け。
 その上でチャミィに一つの可能性を提示した。

「つまり、海賊船に乗ってたのは海賊じゃなくて〝盗賊〟だったのか? でもそれなら、チャミィの探してた盗賊が死んだ可能性もあるのでは?」
「そこが問題にゃ。実はつい最近、青髪の少女を連れた男がこのルウラ近辺で冒険者に目撃されてるにゃ」

 さすがのグレンも驚いた。
 では、海に落ちたのは別人だったのか? と、思ったが。海賊船が沈んだとは、誰も確認していないのだ。

 何らかの方法であの場を移動して、西方大陸に上陸していたという事も考えられなくはなかった。
 もっともその情報が真実ならば、の話だが。

「うーん。しかし……根拠はあるの? 水巫女事件に合わせただけの、ただの噂じゃないの?」

 グレンが疑問を呈すると、チャミィは途端に胸を張って少し自慢気な顔をする。
 そして衝撃の言葉を口にした。

「仲間が、近くの森の中にあるボロ屋敷付近でそれらしい二人を見てるにゃ」
「近くの森のボロ屋敷? その屋敷って、レンガ造りの家の事?」

 グレンの質問に、少し意表を突かれたようにチャミィは自信満々なその表情を崩した。

「にぃ様、知ってるにゃ?」
「それは多分、僕の家だよ。元々は廃屋だったんだけどね。僕が西方大陸に来た時に、あちこち見て回っていた時に見付けて使わせてもらってるんだ」
「にゃんと! では、あの赤毛の少女は、にぃ様が雇ってるメイドか何かにゃ?」
「ん? 誰の事?」

 話の展開が早くて、グレンの思考が追い付かない。
 一体彼女は、この短時間でどれほど情報を持って帰ってくるのだと、もはや尊敬の念を抱く。

「関係ないのかにゃ? 屋敷付近で、男に見付かって赤毛の少女が一人捕まってたみたいだにゃ」
「いや、知らないよ。誰も雇ってないし、たまたま屋敷付近にいたのかもしれないね」

 誰か知らないが、盗賊かもしれない男に捕まっていたという話なら。それは全く気の毒な話だなとグレンは思う。

 心配なのは、その盗賊がウッカリとその屋敷に入ろうとしないかだった。

 何故ならグレンはあの屋敷に結界を張っている。
 万が一、水巫女なり赤毛の少女なりが下手に立ち入れば魔力結界が働く事になる。

 盗賊だけなら自業自得で済む話だが、これが何の罪も無い少女を巻き込むとなると後味が悪い。
 
 とはいえ────
 
「赤い髪に青い髪と随分賑やかだね。そんな目立つ二人を連れてたら何処にも行けないんじゃない?」
「まぁにゃ。というか反応薄いにゃ」

 チャミィは小首を傾げていた。
 グレンの素っ気ない態度が少し意外だったようだ。

 しかし正直、グレンにはどうでもよかったのだ。
 家は自分のものではないし、水巫女にしろ赤毛の少女にしろ、基本的にグレンに直接関係がない。

 わざわざ海上捜索にまで出るようなアリアだったら、この話を聞いて興味も湧くのだろうが────と、考えてグレンは思った。

 ──もし、アリアが森で水巫女を見たら、どうするだろうか?
 
 考えるまでもなく彼女なら、水巫女を助けようとするだろう。何せアリアは妙に優しい所があるからだ。
 グレンはそんな彼女の事を考えていて、ふと思い出した。

 アリアも〝赤毛の少女〟である事に。

「いや。でも彼女が森に行く理由があるかなぁ」

 思わず独り言が零れるグレンに、チャミィは「やっぱり知ってる人間にゃのか?」と、興味津々ですり寄ってくる。
 その距離は相変わらず近い。

「い、いや。多分違うとは思うけど、一連の情報自体は重要な問題だし。脱獄した盗賊も、水巫女事件も解決出来るかもしれない。後はこの辺りを担当してる僕が責任を持つよ」

 チャミィは非戦闘の情報屋だ。
 相手にシャトルファングの大物がいるならこれ以上、彼女に捜索を任せるのは危険だ。

 そもそも彼女が動いてる時点で、何処かのギルド運営に影響している事なのだから。
 ここから先はソティラスとしての、自分の仕事だろうとグレンの思考は〝仕事モード〟へと変わった。
 
「さすが、にぃ様なのにゃ。相変わらずカッコいいのにゃ」

 と、チャミィがすり寄ってくる。
 どうもグレンは彼女が苦手だった。他人から情報を手に入れる手段として染み付いているのだろうが、人を誘惑するような態度が露骨なのだ。

 これでも他人には〝その時しか〟印象に残らないのだからケットシーとは、なんとも不思議な種族だ。

 とりあえずギルドに戻る途中だったグレンだったが、アリアの宿が近い。
 赤毛の人間は特に珍しくないが一応、彼女の顔を見ておこうとグレンはアリアの滞在する宿へと向かった。
 
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