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第二章
暴かれた罪
しおりを挟む「帆を上げろ! これより南東の無人島に向けて移動を開始する。見張り総動員で周囲に気を張れ」
まだ深夜の暗い海へと、海軍大将マギロンの指揮でグレンとアリアをのせた軍艦は動き出した。
エルギルト達の船は既に昨日出発しているので、今頃は東にある無人島東側の洋上に停船している予定だ。
今日の明け方が取引時間となっている。
海賊紋章を付けた冒険者達を乗せた船は昨日の時点で別の港から出港しており、海上で待機している。
後は日が昇ってから海賊船長役の〝彼〟が上手く立ち回れば、偽の取引が行われるだろう。
土壇場になってエルギルトの考えが変わり、取引が中止になったりはしないだろうか? と淡い期待を持ちながらも、気が付けば日も昇り。
船は無人島付近に辿り着いていた。
グレンが探知魔法で周辺の状況を探る。
東の海上で複数の人間の反応があった。かなりの数が密集している。
まさに今、取引は行われているのだろう。
グレンがコクリと頷くと、マギロンは大きな声で海軍兵達に伝えた。
「よし、島の東側に向かう。作戦開始だ!」
軍艦は島を回り込んで、二隻の大型船を視界に捉えた。
丁度、海賊達──もとい冒険者達が、エルギルトの船から海賊船に戻る所だった。
海賊船の船長の傍らにはリュシカがおり、やはりエルギルトは海賊にリュシカを渡した事がわかった。
ルベリオンの軍艦は、エルギルトの船目掛けて進みだした。
しかし、次の瞬間、空に大きな魔方陣が描かれる。
どうやら召喚魔法が展開されたようだが、それを見てアリアは慌てたようにグレンに訊ねる。
「うそ。リュシカちゃんは?」
「偽装した海賊船の方ですね。どうやら、エルギルト殿下は証拠である彼女の口を塞ぐ選択をしたのでしょう」
空に浮かんだ魔方陣から、四体の空飛ぶ獣が召喚され海賊船を襲い出した。
グレンの記憶ではペリュトンという魔物だ。
高位の召喚魔獣で、対人用としてはこれほど厄介な魔物もいない。
鹿に羽が生えてるような見た目で、その目は円らな可愛らしいものだが。ペリュトンの性格は残虐で、対象の人間が動かなくなるまで攻撃を続ける。
まさか、あれほどの召喚魔法が使えるとは予想外だったが。
マギロンはとりあえずエルギルトの船に近付き、事の説明を求めた。
しかし、エルギルトは切迫した表情で叫んだのだ。
「今、ワシらは海賊に襲われていたのだ。これを見てくれ。既に仲間が十人程やられている! 海軍の方々にも大砲で援護してほしい」
しかし、それを〝海賊(冒険者)〟がやるはずがない事を軍艦に乗る全ての者が知っている。
グレンもアリアも残念そうに表情を曇らせた。
やはり、エルギルトの考えは変わらなかったようだと……。
「一度停戦していただきたい。貴殿が攻撃しているのは海賊ではなく、冒険者の船だと我々は聞いている。一度確認させてくれ」
「う、うむ。しかし、ワシが出したペリュトンは相手を殺し尽くすまで消せはしないのだ。もはやワシにもどうする事も……」
召喚された生き物は、召喚した者にしか消せない。
それがどんな魔獣であろうと、神獣であろうと召喚した者ならば消せる事をグレン知っている。
つまり、何としてもリュシカの口を封じたいのだろう。
これ以上こんな〝茶番〟を長引かせるわけにはいかない。
「────アレを何とか出来るかね?」
マギロンの問いかけにグレンは頷いた。
そして、軍艦の船首に立つ。
「風の王よ、我が魔力食らいて空の制定侵し者に暗黒の裁きを────」
グレンが詠唱を開始すると、体内の風の精霊が目覚める。
本来、自分の中の精霊の力を使う事において、特に詠唱は必要としないがここはマギロンやエルギルトの手前。
無詠唱でハイレベルな魔法を行使すると、後々説明が面倒な事になるので〝形だけ〟の詠唱をおこなう。
そして放たれたグレンの魔法は、海賊船の上空を飛び回るペリュトンを一瞬にして切り裂き消滅させた。
その直後に、アリアが放った回復魔法が周囲を輝ける奇跡で包み込んだ。
エルギルトを見ると、さすがの彼も放心状態となっている。
軍艦を静かにエルギルトの船に接続されたマギロンは、自らエルギルトの元に向かう。
グレンとアリアもそれに続いた。
「エルギルト殿下。御無事ですかな?」
マギロンの問いかけにエルギルトは、少し戸惑った顔で「ああ、大丈夫だ」と答えながらも。
その視線は海賊船へと向いていた。
彼は不思議で仕方ないのだろう。
何故、海賊船が早く逃げないのかが。
それどころか海賊船は再びエルギルトの船に接触してくるのだ。
「あ、あれは冒険者等ではない! あいつらは私の娘を拐った海賊だ。早く捕えてくれ」
エルギルトが海賊船から乗り込んでくる、船長らしき男を指差してマギロンに叫ぶ。
しかしマギロンは困ったように眉を下げた。
「な、何をしているのだ。早くアイツを……」
と、再度エルギルトが船長を指差すと。
その隣にはリュシカの姿があったが、その表情は暗く。瞳には涙を浮かべている。
エルギルトが「リュシカ! 早くこっちへ」と彼女に近付くとリュシカは海賊の後ろに隠れた。
「リュシカ……どうした。戻ってこい」
リュシカに優しく呼び掛けるエルギルトに、海賊船の船長が甲板に唾を吐き言い放つ。
「は? あんたが、俺に〝コイツ〟を渡したんだろ。何を今さら白々しい。最初から、そういう話だっただろうが。もう隠しても無駄だぞ。最初からバレてんだよ」
唖然とするエルギルトに向かって船長は深く被っていた帽子を脱ぎ捨てて続ける。
「俺はビリディ・リエン。残念ながら、俺はお前の取引相手じゃねぇ。だがお前の独りよがりな戯言は全部俺が聞いてるし、このガキも聞いたからよ。もう逃げられねぇぞ」
「お前、シャトルファングの盗賊か! 何故だ……これは、どういう事だ?」
グレンと目が合うとエルギルトは「まさか……」と、驚いたような顔で、ようやく自分の状況に気付いたのか顔が次第に青ざめていった。
「お父様……私が邪魔だったんだよね? ごめんなさい」
リュシカの言葉を聞いてエルギルトは何かを言おうとしたが、結局言葉に出来ず絶句した。
全員が沈黙した所で、マギロンが小さくため息を吐きながら告げる。
「後の話は城で伺いましょう。エルギルト殿下も立場上その方がよろしいでしょう」
エルギルトは苦虫を噛み潰したような顔で、その言葉に応じ。
エルギルトとリュシカ、ビリディは、海軍の指示の元マリンルーズの港へと向かう事になった。
そして数日後に、ルベリオン王国シュタンストール城の玉座の間にて、国王の前でエルギルトの罪はビリディとリュシカの証言により暴かれる事となる。
一方で、グレンとアリアは残された海賊船──もとい、海軍から借りた船に残っていた。
実はグレンには今回の作戦で海軍に伝えていない事が一つあるのだ。
それは、この取引が〝本物の取引の前日〟に行われるという事実である。
つまり、この翌日。
エルギルトが本当に取引していた海賊がこの場所に来る予定なのだ。
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