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第二章

二十点の告白

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 グレンが申し訳なさそうに言うので、アリアは恥ずかしさで死にそうだった。
 そして、その恥ずかしさが限界に達した時。どうにも逆に腹が立ってきた。

「じゃあもう言うけど。だって、グレンくんも私の事好きみたいな事言ったよね!? 私だって同じ気持ちだから嬉しかったのに、あれから全然ハッキリしてくれないし不安になるに決まってるよ!」
「あ、あの。抑えてください。また精霊が……」

 シレッと答えるグレン。
 その態度にアリアは益々自分が恥ずかしくなったが、言い出してしまったら止められなかった。

「これは私の意思ですぅ! 覚えてないの!? ビリディさんとリュシカちゃんに初めて会った日、ギルドで私と付き合ってもいいと思ってる? って聞いた時にグレンくんったら『むしろ僕はそうなりたい』って言ったよね。あんな事言われたら誰だって……。そう、あれは告白よ、告白! グレンくんが先に告白してきたんだからね!」

 我ながら感情的に何を捲し立てているのだ、と思いながらも一息で言い終えたアリアはチラリとグレンを見る。
 グレンは顎に手をあて考え込んでいたが。
 やがて「ああっ!」と思い出したように声をあげた。

「やっと思い出した?」
「はい。それって、アリアさんの仕事の話ですよね?」
「仕事でもなんでも、告白は告白……て、え? 私の仕事? 〝仕事に付き合う〟って意味だと思ってたって事?」
「仕事だと思ってましたが」
「じゃあグレンくんの言ってたのは、仕事のパートナー関係って意味?」
「そ、そういう意味ですよね?」

 アリアはあの時のやり取りを、今一度反芻した。
 よくよく考えても、やはりアレは告白でしょ……と思うのだが。仕事の話と言われたらそうかもしれない。
 いや。むしろ聞き違いしていたのは自分かもしれないと、考えれば考える程に迷い始めた。

 全て自分の〝勘違い〟だったのか? 結局、彼にとって自分は仕事のパートナーだったのか?

 思えば自分は、グレンがソティラスだという事を知っている唯一の人物である。
 つまり、彼の弱みを握っている立場。

 故に、彼は私を突き放せないだけなのだとしたら?   
 なるほど、私は彼の弱みに付け入っているだけではないか……とアリアは頭を抱える。

 でも、何度かグレンに助けてもらった事がある。
 本当に邪魔なら、助けたりしないのではないか? とプラスにも考えてみた……
 しかし、まあ彼は相手が誰でも助けるかもしれない。

 そう。
 グレン・ターナーは、そもそも人の為に動ける。そういう人間だったではないか……と、アリアは考え至り。
 途端にガックリと肩の力が抜け、もはや乾いた笑いしか出てこなかった。

「ははは……そうだよね。なんかごめんね。考えてみれば私って最初もここで盗賊に捕まって、最近もビリディさんに捕まったりしてさ。グレンくんの邪魔になってばっかじゃんね。迷惑がられる事はあれど、好かれるはずないのに。何を勘違いしてたのかな私……」

 一人で盛大に勘違いしていたくせに、逆ギレ気味に捲し立ててしまった自分に。
 アリアは、恥ずかしさと情けなさで顔をあげる事すら出来なかった。

「ははっ。本当、アリアさんは勘違いしすぎですよ」

 気を遣うような言葉をかけられても、もはやその顔など見れるはずもなく。
 アリアの瞼には、様々な感情が入り交じった涙が溜まりだした。

 ここで泣いたら面倒な女だと思われてしまう、とアリアは涙が流れないよう洞窟の天井を見あげた。
 グレンに背を向けて瞼に溜まる涙を拭く。
 何とか平静を装う為に必死で呼吸を整えていると、グレンが言う。

「僕は一度も邪魔なんて思った事ないです。ほら、今もアリアさんのお陰で〝死生蝶〟はいなくなりました」

 思えば辺りは薄暗くなっていた。
 未だにアリアの体から溢れる僅かな魔力の光が辺りを照らしているが、死生蝶による光は既に無い。

 この膨大な魔力が精霊の力なのか……などと、自分の体から溢れる魔力の光を見ていると、少しづつ光は収まっていく。

 このままでは真っ暗になってしまう、とアリアは周囲を照らす魔法を展開する。
 辺りは一気に明るくなり、グレンの顔がハッキリと見えると。この気まずい空気を脱しようと、アリアは必死で喉奥から言葉を絞り出した。
 
「本当だ。こんな私でも、少しはグレンくんの役に立ったよね……ハハハっ」
「だから、そこが勘違いしすぎなんです。僕にとって、アリアさんはいつだって必要なんですよ」

 アリアは言葉の意味がわからず小首を傾けグレンを見る。すると彼は少し照れくさそうに頭を掻いた。

「必要? どういう意味?」
「僕は、これまで出来るだけ誰とも関わらないようにしてきました。そこには色々理由があるけど。でも、アリアさんと共に行動するようになってから僕は変わって。それで……まあ、側に居てほしいんです」

 グレンの言葉は支離滅裂で、アリアにも意味がハッキリと伝わってこなかった。
 だが元々彼は口下手だし、言いたい事を上手く伝えられない人間だとアリアは心得ている。

 だからグレンの言いたい事を、アリア的に解釈して──すごく、すごく〝都合良く〟解釈して。
 アリアは率直に訊ねてみる。

「それって、グレンくんも私を〝好き〟って言ってたりするの?」
「そ、そういう直接的な発言は……」
「言ってくれないなら、これから一緒にいてあげない」
「それは……だからまあ、そういう感じの事です」

 そういう感じって何よ……とアリア的には消化不良だったが、今まで見た事ないくらいに顔を赤くするグレンを見ていれば、さすがに想いは伝わってきた。

 気が付くとアリアは自分の感情を抑えられなくなって、思わずグレンに抱き付いていた。

「想いを告げる言葉としては二十点だけど。仕方ないから、これからも私が一緒にいてあげる」
「あ、ありがとうございます」

 全く目を合わせようとしないグレンが、アリアは堪らなく愛おしく思えて少し強引に彼の手を引いた。

「じゃあ、グレンくん。ルウラに戻ろう」
「あ、はい。そういえば〝池〟無くなりましたね」

 気が付けば光の池は無くなっており、その代わりその場所には小さな石碑が建っていた。

「これ、何の石碑かな?」
「古代文字ですかね? 僕にも直ぐには解読出来ないので紙に書いて、後から調べてみましょう」
「そうね。ところでグレンくん。一応聞くけど、私の事好きってのは、友達として……とかじゃないよね? また私の勘違いだったら嫌なんだけど?」
「そ、その話しは終わりました。でも、勘違いではないので……」

 なかなかハッキリとは言わないグレンの瞳に、アリアは悪戯に真っ直ぐな視線を送り続ける。
 アリアは心に決めていた。
 これからは、遠慮無く私の方からこの距離を縮めてやろうと────
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