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第二章
二年越しの〝ありがとう〟
しおりを挟むマルクスから驚きの報告を受けたグレンは、その後店内に戻ると既に店は閉店しており。
従業員達が店内の掃除をしていた。
そして、店長室から出たグレンを見るなり従業員達が近付いてきて、話しかけてくる。
「おう、実家に帰るんだって?」と、ガイが聞いて来たと思えば「何処かのギルドの支店長になるんじゃ?」と、ロザリアが言う。
他の従業員には「東方大陸の親戚の所に行くんじゃなかった?」と尋ねられ。
また別の者には「聖王国の水巫女の護衛になるなんてすごいね」と、わけのわからない話をしてくる。
適当に理由をつけておいたとは聞いていたが、何故統一されていないのだ。
とりあえず「まあ、本部の命令で」と、従業員達には返答し、各々に納得してもらったわけだが。
フィルネだけは先に帰ったようで、店内にはいなかった。
しかし、レビルの為にアダマンサイホンを狩りに行く事にしたグレンがそそくさとギルドを出ると、目の前にフィルネが立っている。
と、いうか待ち構えていた、と言う方が正しいだろう。
「あれ? 帰ったんじゃないの?」
「待ってたのよ。キミ、どうせ今からアダマンサイホンを狩りに行くんでしょ?」
サラッと核心をついてくるフィルネに「な、何で僕がそんな事を……」と誤魔化そうとしたが。
フィルネは呆れたように首を左右に振り、グレンに向かってハッキリと言った。
「本当はキミが打ち切り依頼を解決してる事なんて、私ずっと前から知ってたのよ。いまさら誤魔化しても無駄なんだから」
ずっと前から? と、グレンは思考が止まった。
今までそんな素振り見せなかったではないか、と思いながらも「いや。そ、そんな事してないよ」とフィルネから目をそらす。
「どんだけ嘘が下手なのよ」
「そ、そんな。証拠もないのに言われても……ねぇ」
グレンの決死の返しにも、フィルネは全く動じない様子で答えた。
「あるわよ。二年前のリバイフラワーの依頼。私の叔母を助ける為に叔父が頼んだ依頼だもの。そして、それを届けにきた〝冒険者〟は、キミなんだから」
それはグレンがルウラ支店で働き出して、まだ間もないくらいの時の話だが記憶にはシッカリ残っている。
グレンにとっても厄介な依頼だったからだ。
一人の〝医師〟がゼルー山脈にのみ生える秘薬の原料〝リバイフラワー〟を求めて、ギルドに依頼を出してきて。
当時、ゼルー山脈の麓までしか〝転移〟出来なかったグレンは、山登りの為に連休を取る事になったわけだが。
あの時の依頼主がまさかフィルネの親戚で、その事をキッカケにグレンを裏で監視しており。
打ち切り依頼を解決している事を知ったと彼女が言うのだから、グレンは驚きを隠せなかった。
「どうしてその時、僕に言わなかったの?」
「きっと、知られたくない事なんだと思ったから」
「まったく。アリアさんといい、フィルネといい、その行動力には驚かされるよ」
グレンの発言に、フィルネは少し声のトーンを落として答える。
「そう、やっぱりアリア様知ってたんだ。それでキミに協力してたのね。結局、何も出来ない私ではアリア様には敵わないんだなぁ……」
フィルネが何を言いたいのかは理解出来なかったが、それよりも何故急に秘密を知ってる事を話する気になったのだろうか? と思い、それについてグレンが訊ねると。
フィルネは憂いを帯びた表情で答える。
「これが最後だと思ったから、どうしても言っておきたい事があったのよ。だってグレンくん。キミ、ルウラ支店やめるんでしょ?」
「やっぱり。フィルネが昼間言ってた支店長の話ってこの事だったんだね」
「そう。それ聞いてさ。正直、私。寂しかったんだよね」
「え? 何で?」
フィルネの意外な言葉に思わずグレンは聞き返す。
すると彼女は悪戯な……でも、無邪気な笑顔で答えた。
「だってさ……、私のストレス発散する所が失くなっちゃうじゃん。キミに文句言わなきゃ仕事なんてやってらんないでしょ。キミは殆ど使えないけど、私の仕事やってくれる奴が減っちゃうと、結構私の負担がデカイのよ。アンタみたいなのでもいないと困るって事ね」
フィルネの容赦ない言葉に、グレンも思わず「いや。もう勘弁してよ」と苦笑いする。
だが、グレンとしても彼女の口の悪さは〝意外と〟ホッとしたのだ。
それは、今日も〝従業員らしく〟働いている、という実感を沸かせてくれるものだったからである。
配属当初のグレンといったら、従業員に文句すら言ってもらえず無視される事が多かった。
だが彼女──フィルネ・レンペルという少女は、昔から仕事に関してグレンを見捨てずに容赦なくズバズバと言ってくれる存在だったからだ。
「なぁんて、うそよ。私がキミに本当に言いたい事はね。一つだけなんだ」
「な、何? 怖いんだけど……」
構えるグレンに対して、フィルネは己の胸に両手を当てて大きく深呼吸をした。
フィルネが緊張するなんてらしくない……と、いうのがグレンの思う所だったが。
初めて彼女が心から何かを伝えようとしているのだと思うと、グレンも自然と張り詰めた緊張により畏まった。
そしてフィルネは意を決したように口を開く。
「私は、キミが……」
「ぼ、僕が……?」
「いや。グレンくん。私はキミに、心から感謝しています。あの時、私の祖母をリバイフラワーで救ってくれて。本当に〝ありがとう〝 あなたは私の〝英雄〟です」
と告げて、フィルネは何故か少し寂しげに笑った。
グレンはそんなフィルネの言葉に、一気に張り詰めていた緊張が解け、笑みが溢れる。
「はははは、フィルネらしくないよ。敬語は禁止……でしょ? リバイフラワーなら全然気にしなくていいって。僕は英雄なんかじゃないし。そういう敬語は本当の〝英雄〟に使ってあげなきゃ。フィルネって、ナルシーさんの事、毎回ボロクソじゃないか」
「うん……そうだね。あの人はいいのよ、私はあの人にボロクソ言うのも結構楽しいから」
なんというメンタル……と、グレンは思わず目の前にいる小さな金髪少女に畏怖を感じてしまう。
だが同時に、フィルネらしいとも思った。
「二年以上かかったけど、キミに御礼を言えて良かったよ。早く行きなさい。アダマンサイホンは、キミの最後の仕事なんでしょ」
「あ、うん。フィルネ、今までありがとう。まだ暫くはルウラにいるけど、今のうちに僕も御礼を言っておくよ」
と、グレンが答えた時には既にフィルネはグレンに背を向け去って行く所だった。
相変わらず最後まで素っ気ないなぁと思いながら、グレンもフィルネとは反対方向の路地裏へと駆け出した。
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