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第二章

レビルの角笛

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 投票が始まり三十分が経った。
 集計した結果を発表する時が訪れ、ステージの上には出場者達と司会者が揃っていた。

「それでは、集計が完了したので結果発表をします! 先ずは第三位──────」

 周囲の者達が固唾を飲んで見守る中、第三位が発表された。

「レイダリー魔道ショップ。サフラン・レイダリー氏の〝魔道ランプ(改・パートII)〟が六十三票を獲得です!」

 周囲から大歓声が上がり、サフランという職人が両手を挙げて喜びを表していた。
 暫くの余韻があり、周囲の者達が静まった所で司会者は再び紙を片手に次の順位を発表する。

「それでは続いて、第二位。今年の準優勝は─────」

 発表に間を空ける司会者に、思わずグレンも緊張する。
 レビルの店が昨年に続き優勝となる可能性は高い。
 しかし、最も賑わったタナトスの魔道具も確実に優勝候補である。

 つまり、ここでレビルが呼ばれるか。もしくはタナトスが呼ばれるかで事実上の勝者が決まると言っても良いだろう。

 とはいえ今年の大会は他の店も、なかなか良い道具が多かった。
 下手したら、ここでレビルの名前が呼ばれる可能性もある。
 高まる緊張の中、呼ばれた名前は……

「ブァシュレーマジック技工。ジェフリー・ブァシュレー氏の〝ウォーターウォークシューズ〟が七十八票を獲得です!」

 これはグレンにも驚きだった。
 確か水面を歩ける魔法の靴だったか? 確かに面白い魔道具ではあるが、正直これが人気になるとは思わなかった。

 しかし、これが大会に潜む魔物である。
 その時の投票者が何を良いと思うかは時の運なので、決して実用性が高いからと選ばれるとは限らない。

 こうなるとレビルかタナトス。どちらかは三位にも入れない事が確実になった。
 いや、どちらも入れない事もあるのか?

 不穏な空気の中で、司会者は淡々と優勝者の発表を始める。

「では、第一位! 今大会の優勝店であり、最優秀職人が決定します。さて、ルウラ魔道具技術大会……優勝は──────」

 誰もが緊張で息を飲む。
 集まっている人の多さに対して、不自然な程の静寂が訪れた。
 ステージ上では、タナトスとレビルの二人が神に祈りを捧げる様に両手を握り締めていた。

 そして、その時が────────来た。



「ルーザーズ・マジックショップ。タナトス・ルーザーの作品〝鉄壁のリング〟が八十九票獲得で、優勝でぇぇす!」

 大歓声が大地を揺らす。
 ステージ上ではタナトスが跳び跳ね、レビルはガックリと肩を落としていた。

 こういう結果になるとは、グレンには想像も出来なかった。
 レビルの作った魔道具は、相当に価値のある物だと思っていたからだ。

 敢えて敗因をあげるとすれば。
 街に住んでる者達には、使い道がなかったのかもしれない。
 そして、実際に大陸の端から端まで聞こえるのかも、そこにいる者達にはわからないのだ。

 仕方ないといえば仕方のない結果なのだろう。
 グレンはレビルにかける言葉が浮かばない。ここにきてやはり自分がコミュ障である事をグレンは痛感していた。

 せめて聞かなかった事にしようと、グレンはレビルに会わずに黙ってギルドへと戻った。
 ギルドに戻ると、それに気付いたフィルネが仕事の手を止める。

「レビルさん、どうだったの?」
「うん。残念ながら入賞出来なかったよ」
「そうなんだ。まぁ、あの大会は評価する人が専門家ってわけじゃないからね。技術があるだけでは難しいのかも……」

 フィルネの言う事は確かだが、レビルにとっては相当にショックであっただろう。
 グレンには、肩を落としたレビルの姿が焼き付いていた。

 しかし、その日の夕方。
 ギルドに騎士団長のナルシーが訪れ、カウンターにいたフィルネとグレンに話し掛けてきた。

「やあ、こんにちは。フィルネくん、グレンくん。ちょっと聞きたい事があるんだが?」
「これは団長様。本日は何の御用件でしょうか?」
「実は昼頃に行われた〝魔道具技術大会〟で、角笛を作った店があったよね? そのツノが、ここで依頼された物らしいのだが。それを採ってきた冒険者について……」
「冒険者の個人情報は開示できません」

 ナルシーが言い終える前に電光石火のごとくキッパリと断り、仕事を続けるフィルネ。
 しかし、それに負けじとナルシーも食い下がった。

「いや、実はあのツノについては聞きたい事が……」
「開示できませんよ。団長様」

 絶句するナルシーと動じないフィルネを見て、これはダメだとグレンが仲裁に入る。

「ナルシーさん、ちなみに何が聞きたいのですか?」
「あの角笛は実に見事なものだと思ってね。アダマンサイホンのツノだとは本人から聞いたのだが、それでも何か特別な個体の物じゃないのかと思ったのだよ」

 フィルネの顔色を伺うようにグレンに話し掛けるナルシーの姿に、グレンは笑いそうになったがグッと堪えて答えた。

「あのツノを冒険者の方から受け取ってレビルさんに渡したのは僕ですが、特別な感じはしませんでしたよ。単純に、あのツノを加工したレビルさんの技術が素晴らしかっただけですよ」

 ナルシーが「ほう、そうなのか……」と頷く。
 話を聞けば、どうやらナルシーは城にいる時に角笛の音を聞いたようだ。
 その音はハッキリと城下町の中央広場で鳴っている事がわかったのだという。

 あまりに精度の高い不思議な角笛の音に興味を持ち。広場に残っていた者達に情報を求めた所、レビンに行き着いたようだった。

 しかし、いざ会って見ると製作者は若い青年だったので、素材が良かっただけなのかとナルシーは考えたのだ。
 それで、ツノの出所を調べていたようだ。

「しかし、城内のナルシーさんにもハッキリと位置が特定出来たという事は、やはりレビルさんの角笛は凄いんですね」
「うむ。まあ、ザックリと距離と方向がわかったくらいだが、外に出ればもっとハッキリとわかっただろう。あれが騎士団の各部隊にあったら連絡手段としても便利だと思ったのだ」

 入賞こそ出来なかったが、レビルの技術を認めてくれる者は必ずいる。
 王国騎士団長が認めたとなれば、きっとレビルも喜んでくれるだろう。

 

 それから数日が経ち。
 ギルドには再びナルシーの姿が見えた。
 遠くから歩いてくるナルシーに、早々に気付いたフィルネは話し掛けられる前に声をかけていた。

「団長様。今度は何ですか?」
「そんなに邪険にしないでくれたまえよ。今日は〝王国案件〟を頼みに来たんだ」

 とそう言って、ナルシーはフィルネに内容の書いた一枚の紙を提出する。
 その内容は、ザックリ言えば〝アダマンサイホンのツノを求める〟というものだった。

 どうやらあの後、王国騎士団がレビルの店に角笛を大量に発注したようだ。
 素材はレビルの店に直接運び込むが、報酬金は王国が支払うという事らしい。

 この噂は瞬く間に街中に広がり。
 結果的に、入賞すらしなかった〝ワーフ魔道具店〟に客足が集中しており。
 優勝者であるタナトスの店の客数を上回り、レビルの店は去年以上に賑わっているようだ。

 やはり良い物は良いのだ。
 そしてナルシーは、さらに続けた。

「まあ、案件の話とは違うのだが。実は今、僕の助手を探していてね」

 ナルシーの言葉にフィルネが即座に「言っておきますがグレンくんなら……」と言い出した途端、今度はナルシーが即座に返す。

「いや、フィルネくん。キミに頼みたいのだが?」

 ナルシーの言葉に、フィルネは思わず目を大きくした。
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