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俺にはウェイトレスとドラゴンが茶番を繰り広げているように見えるのですが?
しおりを挟むその顔は間違いなく酒場のウェイトレスだが、着ている服はどこかの貴族令嬢かと思う程の黒と金の豪華なドレス姿。言葉を失う俺を余所目に、その彼女は誰に向けたとも分からないセリフを続ける。まるで舞台の上の女優のように。
「このドラゴンは怒ってるの。自分の眠りを妨げた、そこの男にね。そう、怒りにより復讐に来たのよ」
そう言ってドレスの女性はブッシュを指差す。マリンの回復魔法により、ようやく立ち上がったブッシュだったが。その言葉を聞いてさすがに慌てた感じで反論した。
「お、おい。お前、なにを言いだすんだ?」
ドレスの女性はその胸元から一つの小さな石のような物を出してくると、さらに話を続けた。今度はブッシュに向けてだろうか?
「この石が何かおわかり? あなたがドラゴンの巣に落とした岩石の破片なのよ。ドラゴンはとても感覚が優れているから、これに残った残留魔力とあなたの魔力が一致したら……フフッ。楽しいわね」
嘲笑する女性に、さすがにブッシュが顔色を変えた。
「な、なんだって。俺がそれを巣に落とした? 何を根拠にそんな事言ってんだ!」
「だ~か~ら~。あなたがしらばっくれるのなら、このドラゴンに判断してもらったら? 直ぐに分かるわよ?」
そう言うと女性は、おもむろにブッシュの腕を掴んだ。直ぐにドラゴンは渦中の二人に近づいて行く。
なんだ、この違和感は。まるでドラゴンとドレスの女性が茶番劇を繰り広げているかのような不自然さを感じる。腕を掴まれたブッシュは暴れているが、何故か女性のあんなに華奢な手を振りほどけないようだ。
「や、やめろ! 離せ!」
ドラゴンの大きな顔が迫りブッシュは今にも食べられそうな感じだが、誰もそれを止めようとする者はいなかった。いや、止められなかったのだ。それだけドラゴンという生物の圧がすごい。仮に今から止めに入った所で間に合うはずもないのだが。
そして、ドレスの女性はブッシュに再度問う。
「本当の事言いなさいな。罪を認めれば許してくれるかも」
「ふざけるな! 俺は王国御墨付きの冒険者だ。その俺にこんな事して、変な言いがかりまで付けやがって。女でもただでは済まんぞ!」
ブッシュの態度は一変した。今度は女性に威圧的な態度を見せ始めたのだ。そんな中で俺は一人考えていた。
やはりあのドラゴンは、あの時大岩を落とされて怒っていたドラゴン──ジルクレイアなのか? そしてブッシュは本当に岩を落とした犯人なのか?
俺は再度、ドラゴンに話し掛ける。
「なあ。もうやめようぜ。俺の言葉分かるんだろ? お前、ジルクレイアなんだろ?」
俺の言葉が耳に入っていないのか無視しているのか、ドラゴンはこちらを見る事もなく大きく口を広げた。するとブッシュは、驚きで目を丸くして突然グッタリとしてしまった。
「あーあ。気絶しちゃった。しかも漏らしたのね……なんか冷めちゃった。」
喋ったのはドラゴン。ここにきて漸く喋った────そしてプイっと顔を背ける。やはりドラゴンはジルクレイアのようだ。周りの者達には聞こえてなかったようだが、俺には確かに聞こえた。
ドレスの女性にもジルクレイアの声が聞こえたのか、ブッシュを掴んでいた手を離した。
『いたぞ!』
俺がドレスの女性に話しかけようとした時。今更のように王国の騎士団が大勢で押し寄せて来るのが確認出来た。
それを見たドラゴンは翼を羽ばたかせ大空高く舞い上がり、そのまま逃げるように彼方へと飛び去っていった。それを見た周りの者達からは「おぉぉ!ドラゴンを追い返したぞ!」っと大歓声が沸き上がったのだ。
その騒ぎに紛れてハマンが俺の肩をポンっと叩き〝こっちに来い〟というジェスチャーをした。ふとさっきの女性を探したが既に彼女の姿はどこにもなかった。
一気に周囲は多くの王国騎士団と冒険者や町民で大騒ぎになっていて、俺とハマンは騒ぎに紛れて冒険者ギルドの中に入った。
直前で俺を見つけたルカもギルドに入ってきたのだが、ハマンは俺とルカを直ぐにギルドのカウンターの奥にある部屋へと押し込んだのだ────理由はすぐにわかった。
暫くして王国騎士団が大勢ギルドに訪れたのだ。
騎士団は、俺の事や女性の事。そしてドラゴンの事を……尋問するようにハマンに細かく聞いていた。
と、いうのも多くの目撃者が『俺がドラゴンと何か話していた』と言っているらしく、その事で王国騎士団は俺を探しているようだ。
それをハマンは上手く誤魔化してくれた。確かに王国騎士団に色々と聞かれるのは面倒な事だし、あまり下手な事も言えない。こうなる事が分かってて俺をかくまってくれたのだろう。
王国騎士団がギルドを出てから、暫くしてハマンが部屋に戻ってきて開口一番俺に訊ねた。
「おい、坊主。一体どういう事なんだ?」
俺はエデルへ向かう途中でのドラゴンとの経緯を説明したが、ドレスの女性とブッシュの行動に関しては俺もわからないと答えた。ハマンは概ね理解したようで、暫くは王都を離れた方が良いと言う。
その理由はドラゴンが王国にもたらした被害は大きく、それと関わっていたという俺には王国から変な疑いの目がかけられる可能性も高いからだそうだ。
「今日の夜にでも街を出てレイビルに向かえ。護衛の任務の報酬を払うから暫くは食い繋げるだろう。レイビルはエデルの街の少し北にある村だ。そこで俺の知り合いが宿屋をやってるから、何かあれば王都の状況はその宿屋に逐一連絡してやる」
「別に俺は何も悪い事はしてないんですけど……」
「そういう問題じゃねぇ。王国ってのは色々面倒なんだ。坊主も長生きしたかったら黙って言うことを聞いておけ」
半ば強引に諭されたその日の夜。ドラゴンの影響で屋内に籠る者が多いのか、いつになく人のいない寂しげな王都から俺とルカはコッソリと出て行った。
街を出る前、ハマンからEランクの冒険者証を貰った。これがあれば最悪どこの冒険者ギルドでも普通に仕事を受けれるからだ。このタイミングでようやく俺は見習いを卒業したわけだ。
Aランクからは国の承認が必要だが、当分そんな時はこないだろうし。とりあえず冒険者として初めて認められたようで嬉しかった。
ちなみにルカが既にEランクを持っていたという事実もその時に知ったわけだが。これにより名実共にルカと俺は対等になったという事だ。
「そうだ、ルカ。結局、エデルで俺に剣をくれた人に会ってないし探してみよう」
「そうですね。しかし、色々と納得がいきません。ブッシュさんがドラゴンの巣にちょっかいだしたのは本当なんでしょうか? そしてあの女の人は一体誰なんですか?」
あの女性に関しては結果的にウエイトレス──なわけはない。ブッシュの真相に関しても不明だ。とにかく、俺の知らない所で何かが起きているのだろうが。
俺とルカはエデルまでの道中、ずっとその事についてあれこれ考察していた。
そしてエデルまで残り一キロ程になった辺りで、道端に二人の女性が立っているのが見えた。一人は黒と金のドレスを身に纏ったショートヘアーの女性。もう一人は漆黒の長い髪の少女で、半袖とショートパンツというラフな格好をしている。
二人は俺達をジッと見ていた。どうやら、俺達は待ち伏せされていたようだ。ドレスの女性に関しては間違いなく例のウェイトレスなので、とりあえず俺はドレスの女性に話しかけた。
「あの……この前、王都で会いましたよね? それに酒場でも働いてませんでした?」
その答えを言う前に女性は突然、ドレススカートの端を指で摘まみ上げペコリと頭を下げて名乗った。
「私の名前は、グレイピット・ウォーレン。魔族国家『ゼッシュゲルト』の魔王国軍、ダイアモンドブロックの総指令をしてます。先ずはレクセル様に身分を隠して近付いていた事を謝罪させていただきます」
知らない言葉が出てきてサッパリだが、グレイピットと名乗るドレス女性は、横にいる黒髪少女をチラリと見てさらに続けた。
「こっちは我が配下のジルクレイア。彼女がレクセル様に無礼を働いたようですが、その件に関しては私からきつく罰を与えておきましたので」
ジルクレイアって、ドラゴンの名前だろ? いや、グレイピットも何処かで聞いた名前だ。俺の脳内では現在、慌ただしく記憶の整理が行われていた────
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