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[某国の聖女視点] ジュペルヌーグの壁を消し去る神の光
しおりを挟むジュペルヌーグ王国の国歌にも出てくるゼルス山脈。それはジュペルヌーグが孤高の要塞と言われる所以だ。
王国を囲うように存在する高い山々は、外からのルートを限られたものにする効果があり、その地形を利用してジュペルヌーグは戦において一度も負けた事はないのだから。
この私──プロン・アーガストがジュペルヌーグの聖女と呼ばれ、毎回国の兵士に祈りを捧げるようになり十年近く。数回あった戦でも、周辺国の兵は領土に足を踏み入れる事すら出来なかった。
それもこれも全ては、ゼルス山脈に囲まれているという地の利によるものだ。
「聖女プロン様! 先程の神の光により、バリアンテ領土との国境付近の地形が変わっているという噂です。ゼルス山脈の一部が無くなり、その周囲は焦土と化したとの事」
「ああ。なんて事でしょう。神様はこの国を見捨てたのでしょうか。一体どれだけの被害が出たのですか? バリアンテに行った弟、セイルズは無事でしょうか?」
「セイルズ様はおそらく既に国境を越えてバリアンテの王都に到着しておられるはず。国境付近の被害についてですが、バリアンテ王国と我が国の国境警備の兵士二百人以上と甚大です。しかし運が良かったのか、全員が瀕死の重症ではありながら死人が一人も出ていないとか」
「それは不幸中の幸い。神様が御守りくださったのですね。引き続き何か解ったら教えてください」
太陽が爆発したのか? と、思う程の激しい光が西の空で発生したのは今から二時間程前。少し遅れて耳を塞ぎたくなる程の爆音と共に地揺れが起きた。
こんな事は私が生きた二十五年で勿論初めてだった。過去に一度、遥か東の大陸の何処かで大規模な地形変動が起きたという文献は見た事があるが。
まさか、それに似た奇跡のような確率でこの国の絶対的防御の要であるゼルス山脈の一部が消滅するとは思いもしなかった。
消えた山が同盟国であるバリアンテとの国境だったのが唯一の救いどころだ。これがもし、北側のフォルン公国や南側のルーン帝国との国境だったら。これを機に攻めいられる可能性もあった。
一体何が起こったのか。あの光は何だったのか。天災であるのは間違いない。とにかく私は一度、大聖堂へ祈りを捧げにいく事にした。
大聖堂では既に多くの民や兵が集まり祈りを捧げていた。このあり得ない大天災に多くの者が不安を抱えているのだ。祭壇に立つと、全員が私に向かって願いを告げだした。
「神様。私の家族を御守りください」
「どうか私に安住の日々を」
「聖女様、どうかこの街だけはお救いください」
聖女は万能では無いのだが、彼らは困った事があると聖女を神として祈りを捧げてくる。自分達さえよければそれでいいと、誰しもが個人的な想いを押し付けてくるのだ。
私は聖女になっていつも思っていた。人は自分本意である。自分が幸せであれば、誰かが不幸になっても構わないのだ。
この王国もそう。自国の利益の為ならば平気で他国を武力で征する。数年前、バリアンテ王国と同盟を結ぶ為にこの国は当時同盟国であった小国を裏切り叩き潰した。
あの国は確か、ペイリスだったか。現在のバリアンテとの国境付近に城を構えていた小さな国だった。
「さあ、皆さん一緒に祈りましょう。神は必ず応えてくださります。その為に懺悔なさい。神はお怒りなのです。自分の心に耳を澄ましなさい。罪を知りなさい。悔い改めて祈るのです」
大聖堂での祈りを終え王宮へ戻る時、道の真ん中で軽い騒ぎが起きているのを見て私は覗いてみた。一人の男が大きな声で何かを熱弁している。
「あれは天災なんかじゃねぇ! 凄まじい威力の魔法なんだ。俺は確かに見たんだよ。崖の上にいる数人のうちの一人が、ゼルス山脈に向かって魔法を放ったんだ」
周囲には「そんな魔法があるか」と、笑い飛ばす者や「ホラを吹くな」と怒号をあげる者。信じて言葉を失う者など、沢山の人集りを作っていた。
どちらにしろ不安を煽るような行動である事に違いない。やがて騒ぎを聞き付けた数人の騎士が走り寄って来て、男を羽交い締めにした。
それでも男は騒ぎ続けた為、騎士の一人が剣を抜いた。
「やめなさい! その者は誰かに危害を加えたわけではありません。剣をしまいなさい」
「なんだ? お前もコイツの仲間か? ────こっ! これは聖女様! 申し訳ありません。この男があまりに酷い嘘で周囲を煽るものですから」
「だとしても、武器を持たぬ者を怪我させてはいけません。どんな意見も、聞く事自体は無駄ではありません。その後でどう判断するかは人それぞれなのです。彼の身柄は私が預かります」
彼はバリアンテとジュペルヌーグ辺りで活動している冒険者だと言う。話を聞くのも聖女としての務め。あの天災を魔法だと言う根拠と、その状況を聞く為に私は彼の任意の元、王宮の一室に案内した。
男はジュペルヌーグを出て、バリアンテに向かい暫く歩いている途中。あまりの暑さに太陽の位置を確認しようと空を見上げたのだとか。すると崖の上に人の姿を発見したそうだ。
「あれは間違いなく魔法だ。そいつは両手を天に掲げていたんだ。大きな五芒星がいくつも空に浮かび上がっててよ。そこから沢山の小さな太陽みたいなのが出てきていたのさ。
それが一斉にゼルス山脈に向かって飛んでいったと思ったら、直ぐにあの目も開けれない激しい光だ。あれは間違いなく爆発だと思うぜ」
その後、男はこの王都に逃げ戻って来たのだという。魔法を放った者は崖の上に三人程でいたとか。
「それはどんな人物か、顔は見ていないのですか?」
「俺は下から見てたからな。ハッキリとは分からなかったが多分、男だと思う。光の反射かもしれないが髪が妙に白っぽく見えたな」
白髪なのだろうか? という事は高齢という事も考えられる。それより。太陽のようなエネルギー体を生み出す五芒星が空にいくつも浮かんでいた……というのが気になった。
五芒星は魔力をエネルギーに変換した結果として出現するので間違いなく魔法ではある。しかし使用者は一人だという事だ。魔法スキルの場合は詠唱が必要な為、一人で一つの魔力変換しか出来ない。
魔法の複数同時起動となると、それは魔法スキルではない。詠唱を必要とせず、体内で魔力のエネルギー変換が出来ないとそもそも無理なのだ。
そんなのは魔族でなきゃ無理だろう。しかもあれだけ強大な魔力を複数となると魔族でも不可能に思えた。
十五年程前に勇者に倒された魔王なんかは、それくらいの力を持っていたと聞いた事がある。だが以降、魔王が誕生したとは聞いた事がない。
「話は分かりました。貴重な情報をありがとうございます。しかし、それは他人に言わないでください。街が混乱すると大変なので」
「あ、ああ。悪かったよ。俺もつい興奮しちまったんだ」
その後私は王宮の書庫にて古い記述を見つけた。かつての魔王、ブレストガルドが。一瞬で一国の軍隊ニ十万を消滅させた魔法『レギオン・ブレイク』について。
〝十二の魔方陣から召還された巨大な灼熱の火球が一つの恒星となり大地に落ちると、ニ十万の兵と共に一瞬にして広大な領土を焼き払い。後には灰すら残らなかった〟
先程の男の証言と酷似しているとも思えるが、これが本当ならば誰一人として生き残る事は不可能だろう。しかし、今回は誰一人死者が出ていないのだ。そんな事が可能だろうか?
それはもう本当に神様の所業ではないのかと、思わずにはいられなかった。
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