4 / 20
揺れる心
しおりを挟む
レオンハルトは、学園の中庭を歩きながらふと足を止めた。
視線の先、緑の中に浮かぶ淡い姿、エリシア。
意識していたつもりはなかった。だが、同じ学園にいると知ってからというもの、気づけば目で追ってしまっている自分がいた。
「……どんな風に、成長した?」
小さく漏れた独り言に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。
美しくなった。けれど、それだけじゃない。
幼い頃の面影は確かに残っている。でも今の彼女が、どんな女性になったのか……自分にはわからない。
本当に、信じていい相手なのか。
過去の記憶が、胸の奥からじわりと浮かび上がる。
かつて信じていた親友。そして、その恋人だった女性。
清楚で優しいふりをしていた彼女は、裏では別の顔を持っていた。
親友を裏切る形で自分に言い寄ってきた、その事実がすべてを壊した。
「エリシアも、もしあんなふうになっていたら⋯」
そんな時、不意に耳に飛び込んできた、女生徒たちのひそひそ声。
「エリシアって、婚約者がいるのにユリウスと仲が良すぎない?」
「ね、ちょっと節度がないっていうか……浮ついてる感じがするよね」
レオンハルトは無意識に眉をひそめた。
エリシアが、そんなことをするだろうか? いや、自分は彼女を知らない。ただ一度、幼い日に出会っただけだ。
ふと、視界の端に彼女の姿が映った。
ユリウスと並んで歩く彼女。微笑み合い、肩を寄せるような距離感。
まるで親しい恋人のようだった。
(噂は、本当なのか?)
冷たい風が頬を撫でた。胸の奥がひやりとする。
目を逸らすように踵を返し、その場を去る。
彼の心に、小さな棘が刺さったことに、まだ気づいていなかった。
少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていたのはメリッサ。
レオンハルトの目線の先を追い、唇をゆがめて笑う。
(やっぱり、エリシアのことが気になってるのね)
ただの幼なじみ、ただの許嫁。それだけなら噂など意味をなさない。
けれど、彼がほんの少しでも揺れているのなら——仕掛ける価値がある。
「ふふ……まだ、楽しめそうね」
メリッサは、冷たい微笑をそのままに、静かにその場を後にした。
その日の午後。
無意識のまま、レオンハルトは学園の庭を歩いていた。
冷えた空気が、思考を鈍らせるように頬を撫でる。
自分は、何にこんなにも動揺しているのか。
「おーい、また難しい顔してるな」
軽やかな声に振り向けば、金茶色の髪をくしゃくしゃにかき上げながらセドリックが現れた。
にやりと笑って近づいてくる。
「お前がそんな顔して歩いてると、世界が終わるかと思ったぞ」
「くだらない」
レオンハルトはため息をつき、近くのベンチに腰を下ろす。
セドリックは当然のように隣へ腰かけ、肩を組む勢いで身を寄せた。
「なあ、最近ちょっと様子おかしくないか?」
「そんなことはない」
「嘘。さっき、誰か見てただろ?」
その一言に、レオンハルトは視線を逸らす。
セドリックは茶化すように笑いながらも、その瞳は冴えていた。
「言わないなら、俺が言おうか? まだ、引きずってんだろ。あの女のこと」
レオンハルトの表情がわずかに揺れる。
「お前が慎重になる理由はわかる。疑ってかかるのも、仕方ないさ。でもな……」
セドリックは、真剣な目でレオンハルトを見る。
「お前、自分が本当に信じたいものを見失ってないか?」
その言葉は、思いのほか鋭く胸に刺さった。
何も言い返せず、レオンハルトは空を仰ぐ。
(本当は……彼女がどんな人間になったのか、自分の目で確かめたかっただけかもしれない)
だが、その想いを振り払うように、彼は立ち上がった。
「くだらない話に付き合わせたな」
「へいへい、また逃げるのかよ」
セドリックの冗談めいた言葉の奥に、どこか寂しさが滲んでいた。
レオンハルトはそれに応えず、ゆっくりと歩き出す。
その背中には、確かな迷いが宿っていた。
視線の先、緑の中に浮かぶ淡い姿、エリシア。
意識していたつもりはなかった。だが、同じ学園にいると知ってからというもの、気づけば目で追ってしまっている自分がいた。
「……どんな風に、成長した?」
小さく漏れた独り言に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。
美しくなった。けれど、それだけじゃない。
幼い頃の面影は確かに残っている。でも今の彼女が、どんな女性になったのか……自分にはわからない。
本当に、信じていい相手なのか。
過去の記憶が、胸の奥からじわりと浮かび上がる。
かつて信じていた親友。そして、その恋人だった女性。
清楚で優しいふりをしていた彼女は、裏では別の顔を持っていた。
親友を裏切る形で自分に言い寄ってきた、その事実がすべてを壊した。
「エリシアも、もしあんなふうになっていたら⋯」
そんな時、不意に耳に飛び込んできた、女生徒たちのひそひそ声。
「エリシアって、婚約者がいるのにユリウスと仲が良すぎない?」
「ね、ちょっと節度がないっていうか……浮ついてる感じがするよね」
レオンハルトは無意識に眉をひそめた。
エリシアが、そんなことをするだろうか? いや、自分は彼女を知らない。ただ一度、幼い日に出会っただけだ。
ふと、視界の端に彼女の姿が映った。
ユリウスと並んで歩く彼女。微笑み合い、肩を寄せるような距離感。
まるで親しい恋人のようだった。
(噂は、本当なのか?)
冷たい風が頬を撫でた。胸の奥がひやりとする。
目を逸らすように踵を返し、その場を去る。
彼の心に、小さな棘が刺さったことに、まだ気づいていなかった。
少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていたのはメリッサ。
レオンハルトの目線の先を追い、唇をゆがめて笑う。
(やっぱり、エリシアのことが気になってるのね)
ただの幼なじみ、ただの許嫁。それだけなら噂など意味をなさない。
けれど、彼がほんの少しでも揺れているのなら——仕掛ける価値がある。
「ふふ……まだ、楽しめそうね」
メリッサは、冷たい微笑をそのままに、静かにその場を後にした。
その日の午後。
無意識のまま、レオンハルトは学園の庭を歩いていた。
冷えた空気が、思考を鈍らせるように頬を撫でる。
自分は、何にこんなにも動揺しているのか。
「おーい、また難しい顔してるな」
軽やかな声に振り向けば、金茶色の髪をくしゃくしゃにかき上げながらセドリックが現れた。
にやりと笑って近づいてくる。
「お前がそんな顔して歩いてると、世界が終わるかと思ったぞ」
「くだらない」
レオンハルトはため息をつき、近くのベンチに腰を下ろす。
セドリックは当然のように隣へ腰かけ、肩を組む勢いで身を寄せた。
「なあ、最近ちょっと様子おかしくないか?」
「そんなことはない」
「嘘。さっき、誰か見てただろ?」
その一言に、レオンハルトは視線を逸らす。
セドリックは茶化すように笑いながらも、その瞳は冴えていた。
「言わないなら、俺が言おうか? まだ、引きずってんだろ。あの女のこと」
レオンハルトの表情がわずかに揺れる。
「お前が慎重になる理由はわかる。疑ってかかるのも、仕方ないさ。でもな……」
セドリックは、真剣な目でレオンハルトを見る。
「お前、自分が本当に信じたいものを見失ってないか?」
その言葉は、思いのほか鋭く胸に刺さった。
何も言い返せず、レオンハルトは空を仰ぐ。
(本当は……彼女がどんな人間になったのか、自分の目で確かめたかっただけかもしれない)
だが、その想いを振り払うように、彼は立ち上がった。
「くだらない話に付き合わせたな」
「へいへい、また逃げるのかよ」
セドリックの冗談めいた言葉の奥に、どこか寂しさが滲んでいた。
レオンハルトはそれに応えず、ゆっくりと歩き出す。
その背中には、確かな迷いが宿っていた。
20
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
[異世界恋愛短編集]私のせいではありません。諦めて、本音トークごと私を受け入れてください
石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。
面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。
そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。
どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。
この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。
婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。
石河 翠
恋愛
アンジェラは、公爵家のご令嬢であり、王太子の婚約者だ。ところがアンジェラと王太子の仲は非常に悪い。王太子には、運命の相手であるという聖女が隣にいるからだ。
その上、自分を敬うことができないのなら婚約破棄をすると言ってきた。ところがアンジェラは王太子の態度を気にした様子がない。むしろ王太子の言葉を喜んで受け入れた。なぜならアンジェラには心に秘めた初恋の相手がいるからだ。
実はアンジェラには未来に行った記憶があって……。
初恋の相手を射止めるために淑女もとい悪役令嬢として奮闘するヒロインと、いつの間にかヒロインの心を射止めてしまっていた巻き込まれヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:22451675)をお借りしています。
こちらは、『婚約者から悪役令嬢と呼ばれた自称天使に、いつの間にか外堀を埋められた。』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/891918330)のヒロイン視点の物語です。
告白相手を間違えた令嬢に待っていたのは、暴君皇帝からの寵愛でした。
槙村まき
恋愛
イヴェール伯爵令嬢ラシェルは、婚約前の最後の思い出として、ずっと憧れていた騎士団長に告白をすることにした。
ところが、間違えて暴君と恐れられている皇帝に告白をしてしまった。
怯えるラシェルに、皇帝は口角を上げると、告白を受け入れてくれて――。
告白相手を間違えたことから始まる恋愛ストーリー。
全24話です。
2月5日木曜日の昼頃に完結します。
※小説家になろうに掲載している作品を改題の上、連載しています。
【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから
よどら文鳥
恋愛
私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。
五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。
私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。
だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。
「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」
この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。
あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。
婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。
両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。
だが、それでも私の心の中には……。
※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。
※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
公爵令嬢は愛に生きたい
拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。
一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる