【完結】嘘も恋も、甘くて苦い毒だった

綾取

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揺れる心

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 レオンハルトは、学園の中庭を歩きながらふと足を止めた。
視線の先、緑の中に浮かぶ淡い姿、エリシア。
 意識していたつもりはなかった。だが、同じ学園にいると知ってからというもの、気づけば目で追ってしまっている自分がいた。
「……どんな風に、成長した?」
小さく漏れた独り言に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。
美しくなった。けれど、それだけじゃない。
幼い頃の面影は確かに残っている。でも今の彼女が、どんな女性になったのか……自分にはわからない。
 本当に、信じていい相手なのか。
過去の記憶が、胸の奥からじわりと浮かび上がる。
 かつて信じていた親友。そして、その恋人だった女性。
清楚で優しいふりをしていた彼女は、裏では別の顔を持っていた。
 親友を裏切る形で自分に言い寄ってきた、その事実がすべてを壊した。
「エリシアも、もしあんなふうになっていたら⋯」
そんな時、不意に耳に飛び込んできた、女生徒たちのひそひそ声。
「エリシアって、婚約者がいるのにユリウスと仲が良すぎない?」
「ね、ちょっと節度がないっていうか……浮ついてる感じがするよね」
レオンハルトは無意識に眉をひそめた。
 エリシアが、そんなことをするだろうか? いや、自分は彼女を知らない。ただ一度、幼い日に出会っただけだ。
 ふと、視界の端に彼女の姿が映った。
ユリウスと並んで歩く彼女。微笑み合い、肩を寄せるような距離感。
まるで親しい恋人のようだった。
(噂は、本当なのか?)
冷たい風が頬を撫でた。胸の奥がひやりとする。
 目を逸らすように踵を返し、その場を去る。
彼の心に、小さな棘が刺さったことに、まだ気づいていなかった。

 少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていたのはメリッサ。
 レオンハルトの目線の先を追い、唇をゆがめて笑う。
(やっぱり、エリシアのことが気になってるのね)
 ただの幼なじみ、ただの許嫁。それだけなら噂など意味をなさない。
けれど、彼がほんの少しでも揺れているのなら——仕掛ける価値がある。
「ふふ……まだ、楽しめそうね」
メリッサは、冷たい微笑をそのままに、静かにその場を後にした。

その日の午後。
 無意識のまま、レオンハルトは学園の庭を歩いていた。
冷えた空気が、思考を鈍らせるように頬を撫でる。
自分は、何にこんなにも動揺しているのか。
「おーい、また難しい顔してるな」
軽やかな声に振り向けば、金茶色の髪をくしゃくしゃにかき上げながらセドリックが現れた。
にやりと笑って近づいてくる。
「お前がそんな顔して歩いてると、世界が終わるかと思ったぞ」
「くだらない」
レオンハルトはため息をつき、近くのベンチに腰を下ろす。
セドリックは当然のように隣へ腰かけ、肩を組む勢いで身を寄せた。
「なあ、最近ちょっと様子おかしくないか?」
「そんなことはない」
「嘘。さっき、誰か見てただろ?」
その一言に、レオンハルトは視線を逸らす。
セドリックは茶化すように笑いながらも、その瞳は冴えていた。
「言わないなら、俺が言おうか? まだ、引きずってんだろ。あの女のこと」
レオンハルトの表情がわずかに揺れる。
「お前が慎重になる理由はわかる。疑ってかかるのも、仕方ないさ。でもな……」
セドリックは、真剣な目でレオンハルトを見る。
「お前、自分が本当に信じたいものを見失ってないか?」
その言葉は、思いのほか鋭く胸に刺さった。
何も言い返せず、レオンハルトは空を仰ぐ。
(本当は……彼女がどんな人間になったのか、自分の目で確かめたかっただけかもしれない)
 だが、その想いを振り払うように、彼は立ち上がった。
「くだらない話に付き合わせたな」
「へいへい、また逃げるのかよ」
セドリックの冗談めいた言葉の奥に、どこか寂しさが滲んでいた。
 レオンハルトはそれに応えず、ゆっくりと歩き出す。
 その背中には、確かな迷いが宿っていた。
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