7 / 100
第一章
1-6
しおりを挟む
食事は美味しく、演し物は華やかで興味深い。完璧には覚えきれなかった作法のことを意識すれば、動きは少々もたつくが、肌に感じる周囲の眼差しは予想よりも温かい。多少の緊張感を残しつつも、リオは初めての夜会を楽しむことができていた。
故郷でも、もう少し勉強しておけばよかったという後悔はあるけれど。リオが学ぶとすれば、当たり前のように男性側の作法だったことだろう。女性としての作法は、結局一から学ぶしかない。
(余計な知識がなかった分、まだいいのかな)
病弱であったこともあり、身近に親しめる男性がいなかったこともあり、男性側の作法と混ざって混乱するようなことはなかった。
それにしても、なし崩しであろうとも社交の場に出て改めて思い知ったのは。生け贄に差し出されて真っ先にファランディーヌに引き取られた己の幸運と――彼女がいかに、このパルミールで慕われ、愛され、頼りにされているかと言う、その事実だった。
付け焼刃の作法でおろおろする、好意的に見ても箱入り娘どころか田舎娘丸出しのリオを相手に。それでも丁重に声をかけてくる魔法使いたちの物腰は柔らかく、リオを通して背後に姿を見るファランディーヌへの、そうと解るほどの好意に満ちていた。
先代女王の懐刀と呼ばれていたらしい母の武勇伝を口の端に上らせながら、リオに語り掛ける魔法使いたちは皆優しい。
「お母様の具合はいかがですか?」
「リオネラ様もご心配なことでしょう。お元気になられた暁には、どうぞお二人で当家にもいらしてくださいね」
リオ個人への誘いも頂きつつ、母の容態を案じる言葉を、今夜だけで幾度かけられただろうか。今は遠い故郷の冬に、産みの母を真実病で失くしているリオは、姉と泣き暮らした幼い日を思い出して胸が切なくなった。
リオが纏う青いドレスは、リオの心的抵抗のことも鑑みてもらい、露出は控えめだ。唯一あからさまに剥き出しである肌色――今は傷一つない己の腕をふと見下ろし、リオはエルドラに視線を向ける。
「……エルドラ。魔法使いも、病気になるの?」
ひどい凍傷を負っていたはずのリオの手足は、つるりと白い。長寿の薬湯も、効果はこの身で知っている。言われるがままに仮病を口にしてはいたが、魔法使いならば、魔法ですぐに治せてしまうのではないかとも思っていた。
けれど、魔法使いにも、治せない病があるのなら。表情を曇らせたリオに気付いたのだろう、エルドラはその瞳に慰めるような色を浮かべて、優しくリオの背に触れた。
「傷や、疲労程度であれば、効果的な魔法はあります。一般的な風邪にも、薬湯が。ですがそうですね、稀ですが、薬湯の効かない体質であったり、回復術を相殺してしまう体質であったり……あるいは、呪いなどをきっかけに。体内の魔力のバランスを狂わせれば、長く伏せることはあります」
「そうなんだ。……命に関わることも、あったりする?」
「……先代の女王陛下の死因は、確かに。ですが、大丈夫ですよ。滅多なことではありませんし、ファランディーヌ様に限って言えばもう三百年も、風邪も引かない健康体でいらっしゃいます」
少しでも安心を得たくて、縋るような瞳でエルドラを見つめてしまっていたリオだったが。話の途中で、また新たな貴族に微笑みかけられて、続きを聞くことは適わなかった。
ぬくぬくとした優しさに包まれて、何不自由のない生活を送らせてもらっていたが。やはり今後を思えば、改めて勉強しておかなくてはならないことは多そうだ。みそっかすの末の王子であったことを差し引いても、あまりにも教養の足りない己に対して零れそうになるため息を飲み込みながら、笑顔を作る。
(魔法使いにも、危険なことがあるのなら)
きっと、完全に安全とは言い難いことをしているのだろうファランディーヌの足を、せめて引っ張ることにはならないように。
かけられる言葉に、たどたどしく返礼をするリオに向けられる眼差したちから、不穏な気配を感じないのは幸いだった。彼らの身分をそっと耳打ちしてくれるエルドラの助けもあって、リオはどうにか、初めての夜会を乗り切ることができそうな気がしてきていた。
しかし、その油断が災いを招いたのだろうか。――唐突に。不気味で無機質な空気を纏う黒服の男たちに距離を詰められて、リオは瞬いて困惑した。
故郷でも、もう少し勉強しておけばよかったという後悔はあるけれど。リオが学ぶとすれば、当たり前のように男性側の作法だったことだろう。女性としての作法は、結局一から学ぶしかない。
(余計な知識がなかった分、まだいいのかな)
病弱であったこともあり、身近に親しめる男性がいなかったこともあり、男性側の作法と混ざって混乱するようなことはなかった。
それにしても、なし崩しであろうとも社交の場に出て改めて思い知ったのは。生け贄に差し出されて真っ先にファランディーヌに引き取られた己の幸運と――彼女がいかに、このパルミールで慕われ、愛され、頼りにされているかと言う、その事実だった。
付け焼刃の作法でおろおろする、好意的に見ても箱入り娘どころか田舎娘丸出しのリオを相手に。それでも丁重に声をかけてくる魔法使いたちの物腰は柔らかく、リオを通して背後に姿を見るファランディーヌへの、そうと解るほどの好意に満ちていた。
先代女王の懐刀と呼ばれていたらしい母の武勇伝を口の端に上らせながら、リオに語り掛ける魔法使いたちは皆優しい。
「お母様の具合はいかがですか?」
「リオネラ様もご心配なことでしょう。お元気になられた暁には、どうぞお二人で当家にもいらしてくださいね」
リオ個人への誘いも頂きつつ、母の容態を案じる言葉を、今夜だけで幾度かけられただろうか。今は遠い故郷の冬に、産みの母を真実病で失くしているリオは、姉と泣き暮らした幼い日を思い出して胸が切なくなった。
リオが纏う青いドレスは、リオの心的抵抗のことも鑑みてもらい、露出は控えめだ。唯一あからさまに剥き出しである肌色――今は傷一つない己の腕をふと見下ろし、リオはエルドラに視線を向ける。
「……エルドラ。魔法使いも、病気になるの?」
ひどい凍傷を負っていたはずのリオの手足は、つるりと白い。長寿の薬湯も、効果はこの身で知っている。言われるがままに仮病を口にしてはいたが、魔法使いならば、魔法ですぐに治せてしまうのではないかとも思っていた。
けれど、魔法使いにも、治せない病があるのなら。表情を曇らせたリオに気付いたのだろう、エルドラはその瞳に慰めるような色を浮かべて、優しくリオの背に触れた。
「傷や、疲労程度であれば、効果的な魔法はあります。一般的な風邪にも、薬湯が。ですがそうですね、稀ですが、薬湯の効かない体質であったり、回復術を相殺してしまう体質であったり……あるいは、呪いなどをきっかけに。体内の魔力のバランスを狂わせれば、長く伏せることはあります」
「そうなんだ。……命に関わることも、あったりする?」
「……先代の女王陛下の死因は、確かに。ですが、大丈夫ですよ。滅多なことではありませんし、ファランディーヌ様に限って言えばもう三百年も、風邪も引かない健康体でいらっしゃいます」
少しでも安心を得たくて、縋るような瞳でエルドラを見つめてしまっていたリオだったが。話の途中で、また新たな貴族に微笑みかけられて、続きを聞くことは適わなかった。
ぬくぬくとした優しさに包まれて、何不自由のない生活を送らせてもらっていたが。やはり今後を思えば、改めて勉強しておかなくてはならないことは多そうだ。みそっかすの末の王子であったことを差し引いても、あまりにも教養の足りない己に対して零れそうになるため息を飲み込みながら、笑顔を作る。
(魔法使いにも、危険なことがあるのなら)
きっと、完全に安全とは言い難いことをしているのだろうファランディーヌの足を、せめて引っ張ることにはならないように。
かけられる言葉に、たどたどしく返礼をするリオに向けられる眼差したちから、不穏な気配を感じないのは幸いだった。彼らの身分をそっと耳打ちしてくれるエルドラの助けもあって、リオはどうにか、初めての夜会を乗り切ることができそうな気がしてきていた。
しかし、その油断が災いを招いたのだろうか。――唐突に。不気味で無機質な空気を纏う黒服の男たちに距離を詰められて、リオは瞬いて困惑した。
60
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
誓いを君に
たがわリウ
BL
平凡なサラリーマンとして過ごしていた主人公は、ある日の帰り途中、異世界に転移する。
森で目覚めた自分を運んでくれたのは、美しい王子だった。そして衝撃的なことを告げられる。
この国では、王位継承を放棄した王子のもとに結ばれるべき相手が現れる。その相手が自分であると。
突然のことに戸惑いながらも不器用な王子の優しさに触れ、少しずつお互いのことを知り、婚約するハッピーエンド。
恋人になってからは王子に溺愛され、幸せな日々を送ります。
大人向けシーンは18話からです。
婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw
ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。
軽く説明
★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。
★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる