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第二章
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「……良さそうなお相手は、すでにいらっしゃるようですが」
「え?」
「リオ様がプロポーズをされた彼なら」
心当たりがあり過ぎたリオが、レディの作法も忘れて吹き出した。
エルドラ! と。小声で叫んで身を乗り出せば、姿勢を崩したことでコルセットが胴に食い込む。ぐっと息を詰まらせたリオの背に手を添えたエルドラは、悪びれる様子もなく淡々と続けた。
「度胸のある美形で、身分は釣り合わずとも、リオ様が一度はお召しになられたお相手とあらば。候補に挙げてもよろしいかと」
「う。あの、あれは。どちらかというと、僕がお召しされた側だと思うんだけど……」
実に危ういところであったのだと、帰宅後にみっちりとエルドラに言い含められ、正しく貞操の危機というものを理解させられたリオは、反論しながらも真っ赤になってしまう。
彼が紳士であったからどうにかなっただけで、もっと品のない、即物的な相手も大勢いるのだからと。大層厳しく注意されたのに、怒った張本人がからかいに使ってくるとは質が悪い。解りにくい笑みを湛えたエルドラの瞳から目を逸らして、リオはむくれた。
「それに、あんなに綺麗で優しい人、僕とは元々釣り合わないし」
「おや」
まずまず乗り気でいらっしゃる様子、と。今度はからかいではなく、本当に驚いた顔でそう言われて、ますます恥ずかしくなったリオは真っ赤な顔で口を噤んだ。恋心については未知に過ぎるところはあれど、彼に好感を抱いていることばかりは偽りではない以上、どんな墓穴を掘ってもおかしくはないのが現状だ。
少しは怖い思いもしたが、結局何もなかったし。優しい声でリオの名を呼んでくれた彼からは、とても清い美しい気配がした。
エルドラが期待するような――密かに面白がっているだけかもしれないが――そんな、関係には。ならないと言うかなれないと言うか、とりあえずリオは真実彼と友人になりたかっただけなのだが。また会いたいと思うし、話したいと思う。
(街で、って、言ってたけど)
興行を生業とする彼らのような人々は、決まったねぐらを持たずに各地を転々とするものだ。具体的な街の名は聞かなかったし、そうそう都合よくリオが参加する夜会に招かれているわけでもない。
あの夜のことをすっかり誤解しているらしいエレノアからは、彼らが来る夜会があればお知らせするわ、と。はしゃいだ内容の手紙を受け取ったが、あの夜から一月が経過する今になっても、便りはなかった。貴族の夜会は、言ってしまえばいい商売だ。競合する同業者は無数にいることだろう。
(機会があれば、会いたい、とは。思っているけど……)
そのために、彼から預かった髪飾りはできるだけ身に付けるようにしていたが、中々どうして都合よくは巡り会えないものだ。
今夜もこっそりと髪に飾ってある銀細工に無意識に手を触れてぼんやりするリオの様子を、じっと見つめたエルドラが口を開く。
「リオ様がその気でいらっしゃるなら、私からもファランディーヌ様にお話を通しますが」
「え……?」
「魔法使いの世界は、実力第一主義。……本人に素養があるなら、身分の高い方の養子を経由すれば、不可能ではありません」
何の話か、最初は解らなかったリオは、しばらくの間を置いて話の主軸を察して。ぱっと赤くなってしまう顔をどうすることもできないまま、もう! と。拗ねた顔でそっぽを向いた。
そんな話、まだ早いよ……!」
誤解でも、あり得ないでもなく――まだ早い、なのか、と。
ささやかに掘ってしまった墓穴には気付いていない様子のリオに、今の段階で何を言うこともないけれど。どうにも解りやすく可愛い主の反応に笑みを漏らしたエルドラは、失礼いたしました、と。それ以上は核心に触れることなく、大人しく引き下がった。
追及を免れたリオは肩の力を抜いたが、気分まで緩めるわけにはいかない。気を取り直して、今夜の演し物であるカルテットに耳を傾けた。とても綺麗な魔法使いたちによる、流麗な演奏だったが。アルトの舞踏のような、胸を燃やすほどの切実さはない。
一通り鑑賞し、挨拶を済ませた所で。ふう、と。失礼にも退屈のため息をついてしまったことに気付いたリオは慌てて口を押さえたが、耳聡い侍従は聞き逃してくれない。やはり今夜はここでお暇しましょう、と。決断も早い彼はそう口にして、リオの背を促した。
「でも……今晩は、公爵様の招待なんでしょう? こんなに早くは、失礼になるんじゃ」
「直々に出迎えられたわけでもないので、そこまでのお気遣いは不要です。顔を出しただけで、義理は果たせたとお考え下さい」
今夜の主催である公爵は、多忙を理由に会場には顔を出さず、代理人が場を仕切っていた。あまり褒められたことではないのか、エルドラの声はいつもよりもどこか冷淡な気配を含んでいる。
招待客の何人かは、奥の間に通されていることから、招待客の選別をしているらしいことはリオにも解った。侮られた、と。そう思えば、エルドラはもしかすると少し怒っているのかもしれないが、リオとしては正直妥当な所だと思う。未熟な自分がいくら言葉を重ねたところで、公爵の益になるようなことを話せる自信はない。
「馬車を回します。明るいところでしばしお待ちください」
颯爽と背を向けるエルドラからは、幼い容貌もその妨げにはならない頼り甲斐と、美しい誇り高さを感じる。先にもらったエレノアの手紙にも――実は、エルドラを紹介して欲しいらしいことが遠回しに書いてあって。当事者以外の立場の色恋沙汰にも疎いリオは、少しドキドキしていた。
(幼形成熟、って。やっぱりすごいんだろうな)
人間の常識の中にはいなかった存在に、リオはついつい年下の少年に対するような態度を取ってしまうものの。パルミールにおいて、彼らは格別の存在感を有しているようだ。誰から招待を受けても、リオと同じくらいの注目をエルドラも集めていることを踏まえて見ても、それは明らかな事実だった。
「え?」
「リオ様がプロポーズをされた彼なら」
心当たりがあり過ぎたリオが、レディの作法も忘れて吹き出した。
エルドラ! と。小声で叫んで身を乗り出せば、姿勢を崩したことでコルセットが胴に食い込む。ぐっと息を詰まらせたリオの背に手を添えたエルドラは、悪びれる様子もなく淡々と続けた。
「度胸のある美形で、身分は釣り合わずとも、リオ様が一度はお召しになられたお相手とあらば。候補に挙げてもよろしいかと」
「う。あの、あれは。どちらかというと、僕がお召しされた側だと思うんだけど……」
実に危ういところであったのだと、帰宅後にみっちりとエルドラに言い含められ、正しく貞操の危機というものを理解させられたリオは、反論しながらも真っ赤になってしまう。
彼が紳士であったからどうにかなっただけで、もっと品のない、即物的な相手も大勢いるのだからと。大層厳しく注意されたのに、怒った張本人がからかいに使ってくるとは質が悪い。解りにくい笑みを湛えたエルドラの瞳から目を逸らして、リオはむくれた。
「それに、あんなに綺麗で優しい人、僕とは元々釣り合わないし」
「おや」
まずまず乗り気でいらっしゃる様子、と。今度はからかいではなく、本当に驚いた顔でそう言われて、ますます恥ずかしくなったリオは真っ赤な顔で口を噤んだ。恋心については未知に過ぎるところはあれど、彼に好感を抱いていることばかりは偽りではない以上、どんな墓穴を掘ってもおかしくはないのが現状だ。
少しは怖い思いもしたが、結局何もなかったし。優しい声でリオの名を呼んでくれた彼からは、とても清い美しい気配がした。
エルドラが期待するような――密かに面白がっているだけかもしれないが――そんな、関係には。ならないと言うかなれないと言うか、とりあえずリオは真実彼と友人になりたかっただけなのだが。また会いたいと思うし、話したいと思う。
(街で、って、言ってたけど)
興行を生業とする彼らのような人々は、決まったねぐらを持たずに各地を転々とするものだ。具体的な街の名は聞かなかったし、そうそう都合よくリオが参加する夜会に招かれているわけでもない。
あの夜のことをすっかり誤解しているらしいエレノアからは、彼らが来る夜会があればお知らせするわ、と。はしゃいだ内容の手紙を受け取ったが、あの夜から一月が経過する今になっても、便りはなかった。貴族の夜会は、言ってしまえばいい商売だ。競合する同業者は無数にいることだろう。
(機会があれば、会いたい、とは。思っているけど……)
そのために、彼から預かった髪飾りはできるだけ身に付けるようにしていたが、中々どうして都合よくは巡り会えないものだ。
今夜もこっそりと髪に飾ってある銀細工に無意識に手を触れてぼんやりするリオの様子を、じっと見つめたエルドラが口を開く。
「リオ様がその気でいらっしゃるなら、私からもファランディーヌ様にお話を通しますが」
「え……?」
「魔法使いの世界は、実力第一主義。……本人に素養があるなら、身分の高い方の養子を経由すれば、不可能ではありません」
何の話か、最初は解らなかったリオは、しばらくの間を置いて話の主軸を察して。ぱっと赤くなってしまう顔をどうすることもできないまま、もう! と。拗ねた顔でそっぽを向いた。
そんな話、まだ早いよ……!」
誤解でも、あり得ないでもなく――まだ早い、なのか、と。
ささやかに掘ってしまった墓穴には気付いていない様子のリオに、今の段階で何を言うこともないけれど。どうにも解りやすく可愛い主の反応に笑みを漏らしたエルドラは、失礼いたしました、と。それ以上は核心に触れることなく、大人しく引き下がった。
追及を免れたリオは肩の力を抜いたが、気分まで緩めるわけにはいかない。気を取り直して、今夜の演し物であるカルテットに耳を傾けた。とても綺麗な魔法使いたちによる、流麗な演奏だったが。アルトの舞踏のような、胸を燃やすほどの切実さはない。
一通り鑑賞し、挨拶を済ませた所で。ふう、と。失礼にも退屈のため息をついてしまったことに気付いたリオは慌てて口を押さえたが、耳聡い侍従は聞き逃してくれない。やはり今夜はここでお暇しましょう、と。決断も早い彼はそう口にして、リオの背を促した。
「でも……今晩は、公爵様の招待なんでしょう? こんなに早くは、失礼になるんじゃ」
「直々に出迎えられたわけでもないので、そこまでのお気遣いは不要です。顔を出しただけで、義理は果たせたとお考え下さい」
今夜の主催である公爵は、多忙を理由に会場には顔を出さず、代理人が場を仕切っていた。あまり褒められたことではないのか、エルドラの声はいつもよりもどこか冷淡な気配を含んでいる。
招待客の何人かは、奥の間に通されていることから、招待客の選別をしているらしいことはリオにも解った。侮られた、と。そう思えば、エルドラはもしかすると少し怒っているのかもしれないが、リオとしては正直妥当な所だと思う。未熟な自分がいくら言葉を重ねたところで、公爵の益になるようなことを話せる自信はない。
「馬車を回します。明るいところでしばしお待ちください」
颯爽と背を向けるエルドラからは、幼い容貌もその妨げにはならない頼り甲斐と、美しい誇り高さを感じる。先にもらったエレノアの手紙にも――実は、エルドラを紹介して欲しいらしいことが遠回しに書いてあって。当事者以外の立場の色恋沙汰にも疎いリオは、少しドキドキしていた。
(幼形成熟、って。やっぱりすごいんだろうな)
人間の常識の中にはいなかった存在に、リオはついつい年下の少年に対するような態度を取ってしまうものの。パルミールにおいて、彼らは格別の存在感を有しているようだ。誰から招待を受けても、リオと同じくらいの注目をエルドラも集めていることを踏まえて見ても、それは明らかな事実だった。
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