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第二章
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肌はまだ赤らみ、しっとりと湿っていて。何よりも、下着の中の惨状がひどい。恥ずかしすぎるし、今この状況で女装がバレたら気まずい気まずくないの騒ぎではない。死ぬしかない。
身体の痺れは取れたが、その代わり、下半身には爽快感と倦怠感が同居している。リオは羞恥で気絶してしまいたい気分だったが、それはそれで多方面に迷惑をかける気がして必死に耐え忍んだ。
「リオ様」
不意にアルトに呼びかけられて、びくりと身を竦ませる。リオの過剰反応に、すみません、と。詫びた彼は深刻な顔をして、改めて深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。……清い姫君を相手に、私は」
「えっ、あっ、ううん! は、恥ずかしかったけど……治して、くれたんだよね?」
そもそも、今現在は死にたい気持ちだが、つい先ほどの自分を思い出せば引くほど乗り気である。
もうこうなっては連帯責任だろうと、リオはどうにかぎこちない微笑みを作り――そして、彼の瞳の色に気付く。
(やっぱり、赤い)
宝石のような、薔薇のような、炎のような。美しい瞳は薄暗い馬車の中でも赤々と輝いている。
リオの視線で、言いたいことに気付いたのだろう。彼は苦笑し、瞳を手で隠すようにしながら、小さな声で呟いた。
「私の系譜には、魅惑の体質があり……意識しなければ発動しないはずなのですが、無意識に、あなたに術にかけてしまったようで」
心からお詫びいたします、と。そう告げるアルトの顔色は、少しだけ青ざめていて。逆に申し訳なくなってしまったリオは、いいんだよ、と。彼の手を取った。
「あのね、僕は魔力が……少ない、から。多分、かかりやすかったと思うんだ。だから、僕が、気を付けないといけなかったんだよ」
「リオ様……」
「そ、それに、その……き、気持ち良かった、し」
真っ赤になりながら、リオは言う。こんな状況で言うべき言葉ではないだろうが、正直な感想でもあった。
故郷では、使い道のない末席の王子として、ないがしろにされてきたリオだ。どんな意味でも、あんな風に情熱的に求められるのは、悪い気分ではなかった。
「……本当に、お優しい方ですね」
アルトは困ったような、呆れたような顔でそう言って。改めて床に跪き、そっとリオの手を取ると、恭しく口付けた。まるでお伽噺の騎士が、忠誠を誓うときのような仕草に、リオの心臓がどきりと跳ねる。名前を呼ばれて、リオは裏返った返事を返した。
「責任は、必ずお取りします。その言葉に、偽りはありません」
そんなことを言われても、今この状況で、この人と結婚しますと呑気に帰宅するわけにもいかない状況であるのはリオにだって解る。おろおろと目線を彷徨わせるリオの狼狽えた姿に小さく微笑んで、稀なる美貌の彼は、美しく小首を傾げた。
「ですが、今は。……ひとまず、ご自宅への道をお教えいただけますか?」
「……あ」
そう言えば、自宅の情報を何も伝えていなかった。
転送の魔方陣のほど近くに馬車を止めたまま、色々と大変なことになっていたことをようやく思い出したリオは。他の利用者が来なくてよかった……! と。間の抜けた安堵に息を吐いた。
※ ※
小鳥のような姫君だと、そう思う。
振り返り振り返り駆けて行く足元はどこか覚束なく、花の季節に歌を学ぶ、夜鳴き鳥の愛らしさを彷彿とさせた。男にあんなことをされて、危機感と言うものはないのだろうか。狼藉を働いた本人が言うことではないが、思わず苦笑してしまう。
邸宅の名を知った時は静かに驚愕したが、成程、かの名高き女傑の姫君ともあれば、どれほど大切に育まれようとも疑問はない。まして、あのような姫ならば。
とちりながら、懸命に、囀る声まで聞こえるようで。微かに微笑んだアルトの耳に――小鳥たちの断末魔と、炎の爆ぜる幻聴が生々しく響いて、赤い瞳が冷たく燃える。
『隠れるのよ』
あなたが大きくなるまでは、あなたが強くなるまでは。……そう囁いた母の真心は、踏み躙ってしまうことになったが。それでも、この手で――あの男を。
激情に、手のひらから溢れた炎を、薄暗い馬車に翳す。青い瞳の少女が笑っていたこの場所は、あんなにも暖かだったのに。今は炎に照らされながら、凍てつくほどに凍えていた。
身体の痺れは取れたが、その代わり、下半身には爽快感と倦怠感が同居している。リオは羞恥で気絶してしまいたい気分だったが、それはそれで多方面に迷惑をかける気がして必死に耐え忍んだ。
「リオ様」
不意にアルトに呼びかけられて、びくりと身を竦ませる。リオの過剰反応に、すみません、と。詫びた彼は深刻な顔をして、改めて深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。……清い姫君を相手に、私は」
「えっ、あっ、ううん! は、恥ずかしかったけど……治して、くれたんだよね?」
そもそも、今現在は死にたい気持ちだが、つい先ほどの自分を思い出せば引くほど乗り気である。
もうこうなっては連帯責任だろうと、リオはどうにかぎこちない微笑みを作り――そして、彼の瞳の色に気付く。
(やっぱり、赤い)
宝石のような、薔薇のような、炎のような。美しい瞳は薄暗い馬車の中でも赤々と輝いている。
リオの視線で、言いたいことに気付いたのだろう。彼は苦笑し、瞳を手で隠すようにしながら、小さな声で呟いた。
「私の系譜には、魅惑の体質があり……意識しなければ発動しないはずなのですが、無意識に、あなたに術にかけてしまったようで」
心からお詫びいたします、と。そう告げるアルトの顔色は、少しだけ青ざめていて。逆に申し訳なくなってしまったリオは、いいんだよ、と。彼の手を取った。
「あのね、僕は魔力が……少ない、から。多分、かかりやすかったと思うんだ。だから、僕が、気を付けないといけなかったんだよ」
「リオ様……」
「そ、それに、その……き、気持ち良かった、し」
真っ赤になりながら、リオは言う。こんな状況で言うべき言葉ではないだろうが、正直な感想でもあった。
故郷では、使い道のない末席の王子として、ないがしろにされてきたリオだ。どんな意味でも、あんな風に情熱的に求められるのは、悪い気分ではなかった。
「……本当に、お優しい方ですね」
アルトは困ったような、呆れたような顔でそう言って。改めて床に跪き、そっとリオの手を取ると、恭しく口付けた。まるでお伽噺の騎士が、忠誠を誓うときのような仕草に、リオの心臓がどきりと跳ねる。名前を呼ばれて、リオは裏返った返事を返した。
「責任は、必ずお取りします。その言葉に、偽りはありません」
そんなことを言われても、今この状況で、この人と結婚しますと呑気に帰宅するわけにもいかない状況であるのはリオにだって解る。おろおろと目線を彷徨わせるリオの狼狽えた姿に小さく微笑んで、稀なる美貌の彼は、美しく小首を傾げた。
「ですが、今は。……ひとまず、ご自宅への道をお教えいただけますか?」
「……あ」
そう言えば、自宅の情報を何も伝えていなかった。
転送の魔方陣のほど近くに馬車を止めたまま、色々と大変なことになっていたことをようやく思い出したリオは。他の利用者が来なくてよかった……! と。間の抜けた安堵に息を吐いた。
※ ※
小鳥のような姫君だと、そう思う。
振り返り振り返り駆けて行く足元はどこか覚束なく、花の季節に歌を学ぶ、夜鳴き鳥の愛らしさを彷彿とさせた。男にあんなことをされて、危機感と言うものはないのだろうか。狼藉を働いた本人が言うことではないが、思わず苦笑してしまう。
邸宅の名を知った時は静かに驚愕したが、成程、かの名高き女傑の姫君ともあれば、どれほど大切に育まれようとも疑問はない。まして、あのような姫ならば。
とちりながら、懸命に、囀る声まで聞こえるようで。微かに微笑んだアルトの耳に――小鳥たちの断末魔と、炎の爆ぜる幻聴が生々しく響いて、赤い瞳が冷たく燃える。
『隠れるのよ』
あなたが大きくなるまでは、あなたが強くなるまでは。……そう囁いた母の真心は、踏み躙ってしまうことになったが。それでも、この手で――あの男を。
激情に、手のひらから溢れた炎を、薄暗い馬車に翳す。青い瞳の少女が笑っていたこの場所は、あんなにも暖かだったのに。今は炎に照らされながら、凍てつくほどに凍えていた。
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