【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

文字の大きさ
28 / 100
第二章

2-13

しおりを挟む
 外出用にローブも羽織ったリオは、連れて行かれた先にある見慣れた木製のドアを見て瞬く。外に出るものだとばかり思っていたが、ここは自邸の、ファランディーヌの私室だ。
 もう戻って来ているのだろうか、と。首を傾げつつ、エルドラに促されてドアを開き――前髪を吹き上げた夜風に、外? と。青い瞳を瞬く。

(修道院……?)

 かつて人と魔法使いの国を隔てたという、古の女神を祀る場所である証のシンボルを掲げた建物。質素な畑が遠くまで広がり、傍らには寂しげな色をした大きな湖があった。
 パタン、と。扉が閉じる音に振り向けば、エルドラが温室の戸を後ろ手に閉めている。薄い玻璃で覆われたその寂れた温室の中には土の色が見えるばかりで、とてもアスタリスの邸宅と関連があるようには見えなかった。
 物珍しさに目と顔を動かせば、空では闇夜にけたたましい声で鳴く怪鳥が。湖の影では鰐とも鮫ともつかぬ怪魚が、鋭い牙を光らせながら警邏している。平穏な静けさに隠された、何やら物々しい雰囲気に、リオはごくりと息を飲んだ。

「リオ様。こちらからお入りください」

 温室があったのは、修道院の側面だ。正門から入るつもりはないらしいエルドラが、中庭に続く木戸を示す。口数の少ないエルドラは、いつもにまして警戒心を尖らせた様子だ。

(ファランディーヌに……何か)

 ぞわ、と。夜気の冷たさのせいだけではない寒気が、リオの背中を這い上がる。右も左も解らないリオに、優しくしてくれた。温かな家に迎え入れてくれた、ファランディーヌ。まだ彼女を母と呼べたことはなかったが、とうに失ってしまった母と同様に、リオは彼女を慕っていた。
 そんな彼女の身に危険が迫っているというなら、一刻も早く駆け付けなければならない。そう思う一方で、何故エルドラがここにリオを連れてきたのかも知らずにいるリオは、彼を信じて足を進めることしかできない。こちらです、と。小さな手に導かれるままに木戸を押し開ければ、ふわりと花のような香りがした。
 どこかで、嗅いだことがあるような、と。気を惹かれたリオは立ち止まったが、周囲にそれと解る花はない。寒々しい夜闇に一度身体を震わせて、先を急ごうとしたリオの身体が、ふわりと暖かな温度に包まれる。
 何事かと、息を飲んだのも一瞬で――ふふ、と。闇の中に零れた笑い声に、リオを抱き締めた腕の主のことを知る。

「ファランディーヌ……?」
「いらっしゃい、リオ」

 無事でよかった、と。こちらの台詞は先に奪われてしまったが。細い月明かりにも眩い、その優しく温かな微笑みに。リオはほっと、身体の力を抜いた。



 修道院の中に入れば、外の不穏な気配が嘘のように暖かな空気に優しく迎え入れられる。導かれた一室は質素な小部屋のようでいて、すきま風も通さない堅牢な造りをしている。
 どこからともなく現れたシスターたちが、優しい笑顔でリオたちを歓迎すると、白い手で熱いお茶を淹れてくれる。微力ながら手伝おうとしたリオの手を抑え、悪戯に片目など瞑りながら、くすくす、と。甘く笑う彼女たちは、どこか清らかさとは縁遠い甘美な気配を纏っていて、リオは何やらどぎまぎしてしまった。
 魔性のシスターたちが淹れてくれたお茶は、慣れ親しんだ種よりも些かスパイシーで、どこか女性的で不思議な香りがした。小部屋に用意された飾り気のないテーブルクロスも椅子も、触れてみればそれなりの逸品であることがすぐに解る。不思議な居心地の良さに包まれながら、三人は久し振りに同じテーブルについた。

「エルドラから話は聞いたわ。苦労をかけてしまってごめんなさい。……あなたが無事で、本当によかった」

 怖かったでしょう、と。手を握り締められて、リオは慌てて首を横に振った。さらわれかけたその時は怖かったけれど、結果としては何事もなかったのだから。
 ファランディーヌが、ふと顔を上げる。シスターたちが出て行ったばかりの扉から、誰かが部屋に入ってきたようだ。がたん、と。慌てて立ち上がるエルドラの様子に、リオも立ち上がらなければいけないような気がして腰を浮かせたものの。自分の身体がそのまま、予想を超えて上まで浮き上がって、リオは目を白黒させた。
 胴に添えられた白い手が、リオを猫の子のように抱き上げている。

「あらあ、可愛い」
「ロクサーヌ、下ろしてやれ」

 驚いているだろう、と。告げるのも、リオを抱き上げたのも、どちらも――素晴らしい長身の、美女たちだ。
 ファランディーヌも長身の美女だが、こちらの二人はなお大きい。小柄な方とは言え、平均身長に少し足りないくらいの自覚でいたリオを、まるで子供扱いで抱えてよしよしと頭など撫でてくる。

「今になって妹ができるなんて思わなかったわ。ふふ、嬉しい」
「弟だろう。……今になってと言うのは同感だが、これで家の心配をしなくていいのはありがたい」

 ようこそ、弟君、と。丁寧な一礼をして、リオを抱き上げる手からリオを奪い取った美女が、そっと床に下ろしてくれる。
 淡く色付いた花のような瞳に覚えのあったリオが驚きに丸まった瞳を瞬けば、凛々しい面差しをふっと微笑ませた美女が、膝を突いてリオの手を取った。

「王国随一の女将軍、ファランディーヌ・アスタリスが一子、ヴァネッサ。……お前の姉になる、よろしく頼む」
「私はヴァネッサの妹、ロクサーヌ。姉妹揃って、女王陛下付きの宮廷魔導士なのよ。縁組の釣り書きに箔を付けてあげるわね」

 リオをつい先ほどまで抱き上げていた若草色の瞳の美女には、からかい混じりにそんなことを言われ、親しみ深くウインクなどされてしまったが、どうにも答えようがない。せめて、女王陛下? と。耳に止まった単語を繰り返せば、ファランディーヌが笑う声がした。

「ほら、みんな。今は座って頂戴、話ができないわ」
「そうですね、リオ様はこちらに。私は一時、席を外して……」
「あら、あなたもよ、エルドラ」

 いえ、ご家族だけで、と。気を利かせたエルドラが慌てて退出しようとするのを引き留めて、ファランディーヌが微笑む。

「あなたももう、私の家族でしょう?」

 そんな風に、優しく告げられたエルドラの端麗な顔が、ふわりと微かに上気した。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

誓いを君に

たがわリウ
BL
平凡なサラリーマンとして過ごしていた主人公は、ある日の帰り途中、異世界に転移する。 森で目覚めた自分を運んでくれたのは、美しい王子だった。そして衝撃的なことを告げられる。 この国では、王位継承を放棄した王子のもとに結ばれるべき相手が現れる。その相手が自分であると。 突然のことに戸惑いながらも不器用な王子の優しさに触れ、少しずつお互いのことを知り、婚約するハッピーエンド。 恋人になってからは王子に溺愛され、幸せな日々を送ります。 大人向けシーンは18話からです。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

処理中です...