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第三章
3-12
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そして今、天幕の外に出て。そこも一座の借り切りの物置き場であると言う、広場の木箱に背を預けたリオは。早くも暮れ始めた陽にオレンジの色が付き始めるのを眺めながら、はあと熱っぽいため息をついてぼうっとしていた。
「……すごかった……」
結局最後まで置物のようになってしまったが、紛うことなき特等席で見せてもらったその歌劇は、リオがこれまでの人生で目にしたものの中で最も華美で壮麗で。期待した以上のその内容に、頭がハレーションを起こしたリオは今、外気で物理的に頭を冷やしている。
(考えてみれば、そうだよね)
侯爵家や、公爵家。謂わばこの国の最上の地位に属する貴族が参加するような夜会に、ゲストとしてお呼びの声がかかるほどになった彼等なのだ。その水準がどれ程のものか、理解しているつもりではあったのだが。彼や彼女の言わばホームグラウンドであるこの天幕での上演は、また一つ飛び抜けて素晴らしかった。いつでも席が足りなくなるのも納得だ。
話題性を高め、貴族の耳に評判を入れるために。わざと座席は少なめに設定しているのだと教えてくれたのはテオドールだったが、席を増やせば増やしただけ、たちまち予約で埋まってしまうことだろう。そう思えた。
「あ! こんな所にいたー!」
ふと、バタバタと慌てたような足音が聞こえ、物語の余韻に浸っていたリオは顔を上げる。視線の先で、可愛らしい金髪の少年が、よかったぁ、と。そう口にして、へなへなとその場に脱力した。
大袈裟なそのリアクションに少し笑って、リオが手を差し伸べれば、素直にその手を取って立ち上がった少年が頬を膨らませる。
「だめだよ。本当に、一人は危ないんだよ!」
君に何かあったら僕も殺されちゃうよ、と。どこかで聞いたことのあるようなセリフに、親近感を感じたリオはまた小さく笑ってから謝罪を口にした。
「ごめんね。すごく素敵な劇だったから、のぼせちゃったみたいで。涼んでたんだ」
「えー、それは嬉しいけど。でも、どこか行くなら誰でもいいから声かけてね」
「みんな忙しそうだったから。……僕も手伝いたかったんだけど、いいからどこかに座っててくれって言われちゃって」
そうリオが苦笑すれば、そりゃそうだよ! と。物凄く力強く肯定されてしまった。そんなに役に立ちそうになく見えるだろうか。
リオは密かに落ち込んだが、実際手伝いができそうなことと言えば、軽い荷物運びか衣装の整頓くらいかなと自分でも目測のつくリオには返す言葉もない。
だが少年は、そのような意図を込めて言ったわけではないらしい。座って座って、と。木箱にさっと布をかけると、自らは剥き出しの木箱にひょいと座ってから、リオの腰を布の上に下ろさせた。
「だってさ、君は僕らからすれば本当のお姫様だよ? しかもアルトの! 粗末に扱ったりしたら罰が当たるでしょ、物理的にも」
「え、ええと。その、決して姫ではないんだけど……あと、アルトくんのって?」
男だとは解ってもらえたと思うのだが、ハッキリ王子とも名乗れないリオがごにょごにょ言いつつ首を傾げれば。少年は驚いたような、呆れたような顔で目を丸くする。
「えーっ? 囁かれてたじゃん、愛。あれで伝わってなもごっ」
「あわわわわわわ」
咄嗟に少年の口を塞いでしまったリオは、真っ赤な顔で絵に描いたような狼狽をしてしまった。
そんな態度を取れば、リオの本心は筒抜けだ。分かったから離してくれとでも言いたげに、もごもご気まずそうに身を捩る少年の様子に、まだ狼狽したままのリオはおずおずと手を離した。
「ご、ごめんね。えっと……」
「アスランだよ! そっか、自己紹介もしてなかったね」
よろしくね、と。にっこりと笑う顔は、やっぱり懐っこくて可愛らしい。ほんのりと和んだリオが緊張を解けば、アスランは宙に浮かせた足をブラブラさせながら身を乗り出した。
少し背の低い少年は、頑張らなければリオの耳に届かない。秘密の会話をするように、口元に手を添えるその仕草の可愛らしい幼さを笑いながら、リオは少し身を屈めて彼の言葉に耳を傾けた。
「いやもう、僕たちもビックリって言うか。あの王子様にも血が流れていたんだなって」
「血?」
それはまあ、流れているのではないだろうか?
まさか血が流れていない魔法使いもいるのだろうかと、明後日の方向にきょとんとしたリオの顔を見つめて、アスランはやれやれと首を横に振りながらため息をついた。
「実は、僕たちも、まさか君が普通に協力してくれるなんて思ってなかったから。ビックリしたんだよね。『色仕掛け、成功したんだ?』なんて話し掛けたテディなんて地獄を見たから」
あのとき先に話しかけなくてマジよかった……と。青い顔で身震いをするアスランが、本当に心底怯えているように見えて、リオは笑い声を漏らしてしまった。あの優しいアルトが、そんな怖い顔をするとは思えなかったけれど。
色仕掛け、という単語に。あの夜のことを思い出しかけたリオは、いけないいけない、と。煩悩を払いつつ、首を傾げて問いかけた。
「アスランくんも、どこか貴族の生まれだったりするの?」
「え? 僕?」
まさかぁ、と。おかしそうに笑う彼は、明るく朗らかで可愛らしい。彼の明るい金の髪を見ていると、何だか気持ちまで明るくなって行くようで。リオは失礼ながら、元気な仔犬に懐かれたような気がして嬉しくなった。
「僕は元々、ここらへんに住んでた平民なんだよね。お貴族様なんて、やっぱそんなにいないって言うか……シンシアちゃんが子爵令嬢って言ってたかな? それくらいかなぁ」
「そうだったんだ。……じゃあ、どうして、皆はアルトくんの味方をしてくれているの?」
一座の皆は、アルトと同じように、公爵に陥れられた貴族たちなのかと思っていたのだけれど。どうやらそうとは限らないらしい。
悪意や敵意に巻き込まれていないのなら、いくらでも静かに生きていける選択肢があるだろうに。それでも危険を恐れずに、彼の味方をしてくれる理由とは何だろうか。
「……すごかった……」
結局最後まで置物のようになってしまったが、紛うことなき特等席で見せてもらったその歌劇は、リオがこれまでの人生で目にしたものの中で最も華美で壮麗で。期待した以上のその内容に、頭がハレーションを起こしたリオは今、外気で物理的に頭を冷やしている。
(考えてみれば、そうだよね)
侯爵家や、公爵家。謂わばこの国の最上の地位に属する貴族が参加するような夜会に、ゲストとしてお呼びの声がかかるほどになった彼等なのだ。その水準がどれ程のものか、理解しているつもりではあったのだが。彼や彼女の言わばホームグラウンドであるこの天幕での上演は、また一つ飛び抜けて素晴らしかった。いつでも席が足りなくなるのも納得だ。
話題性を高め、貴族の耳に評判を入れるために。わざと座席は少なめに設定しているのだと教えてくれたのはテオドールだったが、席を増やせば増やしただけ、たちまち予約で埋まってしまうことだろう。そう思えた。
「あ! こんな所にいたー!」
ふと、バタバタと慌てたような足音が聞こえ、物語の余韻に浸っていたリオは顔を上げる。視線の先で、可愛らしい金髪の少年が、よかったぁ、と。そう口にして、へなへなとその場に脱力した。
大袈裟なそのリアクションに少し笑って、リオが手を差し伸べれば、素直にその手を取って立ち上がった少年が頬を膨らませる。
「だめだよ。本当に、一人は危ないんだよ!」
君に何かあったら僕も殺されちゃうよ、と。どこかで聞いたことのあるようなセリフに、親近感を感じたリオはまた小さく笑ってから謝罪を口にした。
「ごめんね。すごく素敵な劇だったから、のぼせちゃったみたいで。涼んでたんだ」
「えー、それは嬉しいけど。でも、どこか行くなら誰でもいいから声かけてね」
「みんな忙しそうだったから。……僕も手伝いたかったんだけど、いいからどこかに座っててくれって言われちゃって」
そうリオが苦笑すれば、そりゃそうだよ! と。物凄く力強く肯定されてしまった。そんなに役に立ちそうになく見えるだろうか。
リオは密かに落ち込んだが、実際手伝いができそうなことと言えば、軽い荷物運びか衣装の整頓くらいかなと自分でも目測のつくリオには返す言葉もない。
だが少年は、そのような意図を込めて言ったわけではないらしい。座って座って、と。木箱にさっと布をかけると、自らは剥き出しの木箱にひょいと座ってから、リオの腰を布の上に下ろさせた。
「だってさ、君は僕らからすれば本当のお姫様だよ? しかもアルトの! 粗末に扱ったりしたら罰が当たるでしょ、物理的にも」
「え、ええと。その、決して姫ではないんだけど……あと、アルトくんのって?」
男だとは解ってもらえたと思うのだが、ハッキリ王子とも名乗れないリオがごにょごにょ言いつつ首を傾げれば。少年は驚いたような、呆れたような顔で目を丸くする。
「えーっ? 囁かれてたじゃん、愛。あれで伝わってなもごっ」
「あわわわわわわ」
咄嗟に少年の口を塞いでしまったリオは、真っ赤な顔で絵に描いたような狼狽をしてしまった。
そんな態度を取れば、リオの本心は筒抜けだ。分かったから離してくれとでも言いたげに、もごもご気まずそうに身を捩る少年の様子に、まだ狼狽したままのリオはおずおずと手を離した。
「ご、ごめんね。えっと……」
「アスランだよ! そっか、自己紹介もしてなかったね」
よろしくね、と。にっこりと笑う顔は、やっぱり懐っこくて可愛らしい。ほんのりと和んだリオが緊張を解けば、アスランは宙に浮かせた足をブラブラさせながら身を乗り出した。
少し背の低い少年は、頑張らなければリオの耳に届かない。秘密の会話をするように、口元に手を添えるその仕草の可愛らしい幼さを笑いながら、リオは少し身を屈めて彼の言葉に耳を傾けた。
「いやもう、僕たちもビックリって言うか。あの王子様にも血が流れていたんだなって」
「血?」
それはまあ、流れているのではないだろうか?
まさか血が流れていない魔法使いもいるのだろうかと、明後日の方向にきょとんとしたリオの顔を見つめて、アスランはやれやれと首を横に振りながらため息をついた。
「実は、僕たちも、まさか君が普通に協力してくれるなんて思ってなかったから。ビックリしたんだよね。『色仕掛け、成功したんだ?』なんて話し掛けたテディなんて地獄を見たから」
あのとき先に話しかけなくてマジよかった……と。青い顔で身震いをするアスランが、本当に心底怯えているように見えて、リオは笑い声を漏らしてしまった。あの優しいアルトが、そんな怖い顔をするとは思えなかったけれど。
色仕掛け、という単語に。あの夜のことを思い出しかけたリオは、いけないいけない、と。煩悩を払いつつ、首を傾げて問いかけた。
「アスランくんも、どこか貴族の生まれだったりするの?」
「え? 僕?」
まさかぁ、と。おかしそうに笑う彼は、明るく朗らかで可愛らしい。彼の明るい金の髪を見ていると、何だか気持ちまで明るくなって行くようで。リオは失礼ながら、元気な仔犬に懐かれたような気がして嬉しくなった。
「僕は元々、ここらへんに住んでた平民なんだよね。お貴族様なんて、やっぱそんなにいないって言うか……シンシアちゃんが子爵令嬢って言ってたかな? それくらいかなぁ」
「そうだったんだ。……じゃあ、どうして、皆はアルトくんの味方をしてくれているの?」
一座の皆は、アルトと同じように、公爵に陥れられた貴族たちなのかと思っていたのだけれど。どうやらそうとは限らないらしい。
悪意や敵意に巻き込まれていないのなら、いくらでも静かに生きていける選択肢があるだろうに。それでも危険を恐れずに、彼の味方をしてくれる理由とは何だろうか。
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