【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

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第四章

4-6

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 ちょっとしたホールくらいの広さはある客間だが、逃げ回るには限度がある。この局面では遥か遠くに見える廊下側の扉に思わず視線を向けたリオの耳を、たおやかな手が塞いだ。

「? シンシア、さん」

 すうっと息を吸う歌姫の様子に、ひゃっと取り乱したアスランが慌てて耳を塞ぐ。
 その一瞬の後――部屋中に響き渡った高音に、使用人たちの半数近くが膝を突いた。

(わ!?)

 耳を塞がれていても、物凄い衝撃が脳に走るのを感じる。びりびりと肌を震わせるほどの圧を含んだその声が、何らかの魔術であるのだと。気付いた頃にぱっと耳を離されて、リオは多少よろめいて膝を折った。塞がれていたお陰でダメージは少なかったが、それでも鼓膜はまだびりびりと震えている。
 よろめくどころか地面に突っ伏していたアスランが、半泣きでがばっと顔を上げた。

「シンシアちゃん! やるなら予告してよ!」
「バレたら防がれるかもしれないじゃないですか。元々、私より強い人には効きが悪いんですから」

 さあ立って! と。凛々しく言い放った歌姫は、可憐な容姿に反して豪胆だ。
 慄きながらも立ち上がり、胸元に飾り付けたネックレスを指で確かめる。――少なくとも、リオが脱出できなければ。全てが無駄になってしまう。決意を固めながらも、背後で爆音を響かせ始めた魔法使い同士の衝突に、リオは青褪めて振り返った。

「アルトくん……!」
「大丈夫だから!」

 離れないで! と。叫んだアスランに手を引かれた目の前を、攻撃魔法と思しき熱量の塊が過る。それに驚いたリオは派手に転び、自分が手を引いたせいだと思ったらしいアスランが大丈夫!? と。取り乱した声を上げて再び手を差し伸べた。
 そんな二人を横から摘み上げて、テオドールが苦笑する。

「はいはい、アイツは大丈夫だから。一番か弱い二人は真ん中ね」

 二人を纏めて背に庇い、退出を促すテオドールの長身に覆い隠されて、アルトの姿が見えない。
 いくら彼が強くたって、あんなにたくさんの大人を相手では多勢に無勢では、と。焦ったリオは、自分がいても足手纏いなだけであることは自覚しながらも離れ難く、不安を浮かべた瞳でテオドールを見上げた。

「でも。敵が、あんなに……!」
「いいのいいの、アイツはね」

 テオドールが応じた瞬間、一際大きな爆音が響き、部屋中が真っ赤に燃え上がった。
 白い壁を舐めた炎のあまりの明るさに、目が眩んだリオの視界にちかちかと赤い光の粒が飛ぶ。半身を振り向かせたリオは、リオたちを庇うテオドールの脇から――蛇のようにのたうつ炎を周囲に従わせた、神話に語られる炎の美神のごとき美貌を見て。その迫力に、茫然としてしまう。
 とんでもなく予想外だろうこの事態の最中に在って、なお冷静さを保つテオドールが、炎に煽られながら不敵に笑った。

「――国中を探したって、片手の数もいやしない。完全体の幼形成熟なんだからさ」

 部屋中に荒れ狂う炎の勢いは壮絶で、あっつい! と。叫んだシンシアが、廊下側の扉に向かって青い魔法を放つ。出口までを一直線に貫いた冷気の魔法に確保された道を示し、先に行って! と。アスランが叫んだ。

「みんなは……!?」
「順番に何とかするから! とにかく行って!」

 ぎゃー! と。取り乱した叫びを上げながらでも、立派に流れ弾を防いでいるアスランの気を逸らす訳にもいかず。アルトの援護に回るテオドールや他のメンバーに声をかけられるわけもなく、とにかく戦力でもなければ一番の弱点でもある己が安全圏に脱するのが最優先だと、まだ迷いはあれども納得したリオが走り出す。
 直線距離としては、十分に短い道のりではあったが――あれほど激昂していたレーヴィンに、一欠片も、アルトと戦う気がなかったのは予想外だった。早々に見切りをつけた彼は使用人に場を任せると、その判断と変わり身の早さに誰もが気付けずにいる内に、炎の中を強引に突っ切って真っ直ぐにリオに駆け寄った。

「返せ……!」

 伸ばされた手が、リオの首にかけられた金鎖に伸びる。咄嗟に回避はしたものの、足元を乱して倒れ込んだリオは、冷気の道を外れて炎の中に尻もちをついた。

「リオ!」

 叫んだアルトが、リオの周りの炎を避けてくれる。だが、相手にする敵の数が多い彼の気を散らすわけにもいかない。大丈夫! と。叫び返せば、馬鹿にされたように思ったらしいレーヴィンが憤怒に染められた表情でリオに歩み寄る。炎に炙られた豪奢な衣服は焼け焦げて所々に穴が開き、肌にも火傷を負っているが、血走った眼をした彼は意にも介さない。
 返せ、と。そう繰り返されて。簒奪者のその言葉に怒りを覚えたリオは、眦を決して彼を睨み付けた。

「渡さない!」
「な……っ!」
「返すべきなのは、あなただ!」

 リオは知る由もなかったが――過たず、彼の地雷を踏み抜いた、その言葉に。男の顔色がどす黒く変わる。
 返してあげなさい、と。かつて、優しく笑った。母を思い出したレーヴィンは、頭に上った血の命じるままに手を振りかぶった。

「このっ……阿婆擦れが!」

 攻撃をされれば、防ぐ手立てを持たないリオは、それでも顔を背けることなく男を見つめ返す。
 振りかぶられたその手が、危うく、振り下ろされんとしたその時。唐突に――木っ端微塵に、ドアが爆散した。

「ぎゃっ!?」

 悲鳴を上げたリオの目前にドアの破片が飛び散り、リオに全神経を集中させていたと思しきレーヴィンが、破片諸共無防備に吹き飛ばされる。誰にとっても、完全に予想外だったのだろう。受け身一つ取れずに床に叩き付けられた彼は、そのまま動かなくなった。
 割と最近に、似たような光景を目にしたような覚えがあったリオはしばし茫然と瞬いたものの。間もなく、消し飛んだドアの影から姿を現した端麗な少年の姿に、瞳を丸く見開く。

「エルド……」
「――空耳ですか?」

 呼び掛けようとした声が、途中で止まる。
 炎に満たされた部屋の温度さえ下げそうな、冷たい声を耳にして。リオの背には、熱さによるものとは別の種類の汗が伝った。
 エルドラの、蝋燭のような橙色の瞳が、部屋中に満ちる炎を映して赤々と燃える。その目は完全に座っていて、その小さな体からは陽炎のように揺らめく怒りのオーラが溢れていた。

「私の、お嬢様に。……阿婆擦れ、と?」

 物凄く、怒っている。
 彼のそんな顔を、これまでにも見たことがないリオは尻もちをついたまま、ヒュッと息を飲み込んだ。
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