【完結】魔法使いも夢を見る

月城砂雪

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後日談②

6-5

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 慣れない野営に、何とか慣れようとリオが必死になっている間に、もう一週間が経とうとしていた。
 リオの合流前から数えれば、もう二週間になるはずの遠征だが。負傷を引きずる様子のない魔法使いたちは、軍事行動中とは思えないくらい穏やかに見える。日替わりの護衛に囲まれながら、小さな移動を繰り返すだけのことでちょっと疲れているリオは自分が情けなかったが、リオに接する魔法使いたちは皆リオに優しかった。
 魔獣の接近を感知する度に、確実な安全圏まで陣営を移動させるのは骨が折れる作業だが。リオの存在が、彼や彼女を慎重にさせているのだと思えば不満であるはずもない。ある日護衛についてくれたテオドールに、自分はお荷物になっていないかと。恐る恐る尋ねたリオの表情がおかしかったのか、彼はからからと明るく笑った。

「そりゃあもう、全然。むしろ妃殿下のおかげで殿下の機嫌が大変よろしいので、ちょっとした引っ越しの手間が増えるくらい、我々としては大歓迎ですね」

 からかうように、妃殿下、と強調し。朗らかにウインクまでされてしまって、リオは顔を赤くする。アルトはいつも優しいので、どの辺りに貢献できているのかはよく解らないままだったけれど。
 二日目の行動で顔が知れ渡ってしまったため、今はどこに顔を出しても、仕事からは遠ざけられていた。それは今の自分の肩書を思えば仕方のないことでもあるし、あまりしつこく言い募ればそれこそ迷惑になってしまうだろう。せめて移動の際には、ただのお荷物にならないようにきびきび移動するのが関の山だ。

(今日は、ミアもいないし)

 王城で行われる行事の準備に、どうしてもミアでないと務まらないことがあるからと、彼女は取り急ぎ王都へ戻ってしまっていた。
 そこは魔法の便利なところで、転移の魔法陣を使えば半日もせずに戻ってこられるとのことだったが、ミアがいなければ気やすい話相手の一人もいない身の上だ。他の女官とはまだあまり打ち解けていないし、天幕の魔法使いたちとはなおさらだ。
 救護テントで最初に話しかけてくれた少女などは、リオと目が合う度に可哀そうなくらい取り乱すので、迂闊に外をうろつくことさえも難しい。今日も間近に迫った移動の前に身だしなみをと、女官に髪をじっくりと梳かされていたリオは、仕上げの確認のための鏡を見せられながら大きなため息を吐いてしまった。
 お気に召しませんでしたか? と。悲しそうに声をかけられて、ハッと顔を上げる。

「あっ、ううん! 丁寧に、ありがとう」

 そう微笑めば、まだ若い女官はほっとしたように笑顔を見せてくれた。危ない危ない、と。リオは気を引き締めて立ち上がる。自分の気鬱に、他の人まで巻き込んではいけない。
 魔法使いも、集団での移動となれば、魔法一つではどうにもならない。荷物を縮小したり、軽量化したり、不要なものは送り返したり、と。リオの天幕でも、手際よく分別されていくそれらの一つに手を伸ばして、よいしょと持ち上げた。

「僕も運ぶね」

 そう宣言して、止められる前に急いで天幕の外に出る。程よく乾いた涼しい風が、梳かしてもらったばかりの髪を吹き上げた。

(伸びちゃったなあ)

 切るタイミングがつかめないまま、背の中ほどまで長く伸びた髪は、日々の手入れも一仕事だ。切ってしまいたい気持ちはあるけれど――まだ、自分が男であることに引け目が拭い切れないリオは、ついつい決断を先延ばしにしていた。

(みんな、綺麗で強くて、素敵だから)

 こうして、たくさんの優秀な女性の魔法使いたちの中にいると、ますます自信がなくなってしまう。
 彼女たちは皆、リオよりも美しく見えるし、リオよりも才気煥発に見えるのだ。こんなにも華のない女装に、一体何の意味があるのだろうと卑屈に思ってしまうほど美々しい環境にあって、ますます地味な男装に戻るのは勇気がいった。

「……なんて、こんなこと思われても、みんな困るよね」

 妃殿下、と。些か気の早い敬称を口にしながら、リオに優しく丁寧に接してくれる魔法使いたちは、自分たちの存在がリオを落ち込ませているなんて知っては傷付いてしまうだろう。
 それに、こんな風に落ち込むために、無理に従軍したわけでもない。折角間近に見る機会があるのだからと、リオは覚えられるだけの魔法知識は覚えるつもりで、周囲に気を配っていた。

(方角の把握は、太陽の位置と魔道具で確認。遠隔通信は、みんなが使える基本の魔法。組合わせられる魔法と、合わせられない魔法)

 最近はずっと、その答え合わせをベッドの中でしようとするものだから、アルトに苦笑されてしまっているけれど。
 今日も同じように、あちこちに視線を巡らせたいたリオは、些か注意散漫だったかもしれない。兵士たちの天幕から出てきた女性とタイミング悪く鉢合わせて、ぶつかってしまった。

「きゃっ!」
「わっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

 荷物で両手が塞がっていたため、視界も悪かった。リオも危うく尻もちをつきそうになりながら、幸い体勢を崩す程度で転ぶことはなかったらしいその女性に声をかければ、兵士と呼ぶにはあまりに艶美なその女性はリオの姿を映した瞳を丸くした。
 驚愕の眼差しは、ここを訪れてから幾度となく向けられていたものの、今回は何だかまた一段と居心地が悪い。リオが纏う雰囲気を戸惑わせると、女性は綺麗な眦を細めて美しく笑った。

「リオネラ様」

 このようなところで何を? と。言葉を向けられて、ふと芽生えた小さな違和感に、瞳を瞬く。
 久し振りに呼ばわれた女性名がしっくりこなかったのだろうか、と。そう思いかけて――妃殿下、と。このところはずっと、そう呼ばれていたことを思い出した。

(ええと……)

 向けられる笑顔は優しいのに、どうしてだろう。気まずいような、身の置き所がないような気分になって。居たたまれなくなってきたリオは、曖昧に微笑んで場を誤魔化した。

「ごめんなさい、荷物を運んでいて……痛くありませんでしたか?」
「まあ、荷物を。子供のようなお手伝いをなさるんですね」

 ほほ、と。優雅に笑われて、リオは少したじろいでしまった。
 彼女の言葉の端々には、小さく冷たい、刺のような何かがある。
 魔法使いたちは、みんな優しかったけれど――リオには、覚えがある。病弱で、弱々しい。およそ何の役にも立ちそうにない末席の王子だった自分に向けられた、冷たい侮りと嘲りの笑い。
 この女性は、そんな風に笑っていた、いつかの誰かに似ているような気がする。そう思っている内に、対応も遅れてしまった。

「……そうだ。ではリオネラ様、こちらの荷もついでにお願いしてよろしいですか?」

 心配せずとも、とても軽いので、と。彼女が両の手の上に乗せた小箱を差し出す。とても小さな硝子瓶がぎっしりと詰まったそれは、リオが配った回復薬のミニチュアのようだ。

(縮小の魔法……)

 それは確か――併用が出来ないタイプの、魔法だったはずだ。
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