風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第一章第九節(日本人大会)

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                  九
 
 夕刊を締め切った後も、支局の中は落ち着かなかった。ハルビンでは東北軍兵士が列車に乗り込んできて、商工会の日本人副会頭ら一行を引きずりおろし、「銃殺にする」と騒いだ。吉林や間島方面の情勢も緊迫している。朝鮮軍が独断で新義州を発ったとの特電も舞い込んできた。今夜にも奉天に到着する見込みだそうだ。
 前線からも頻々ひんぴんと続報が送られてくる。通信社からの入電もあれば、記者から預かってきた原稿を持ち帰ってくる通信員の出入りも激しい。公衆電話も携帯電話もない時代、現場の記者が書いた原稿は、通信員と呼ばれる運び屋が持ち帰ってくる。遠く離れた場所で急ぎの取材をする場合など、記者は必ず通信員を帯同させた。
「この後、取材にいけるか?」
 やにわに三村が声を掛けてきた。自分がこの雑然とした第一線の一員になった気がして、胸が躍った。
「用意は万端です。どこへでも行きます」
「ウン。今夜、公会堂で大会があるんや。せっかくやさかい、どや、行ってみぃへんか」
 はやる気持ちで構えていたら、いきなり足元をすくわれた。同僚の田中が硝煙のくすぶる戦跡を駆け回っているのと対照的に、公会堂で大会の取材とは……。自分も前線の取材に出たい。喉元まで言葉が出かかった。
落胆の色を見せた洸三郎をよそに、記者たちの会話は熱を帯びる。
孟家屯もうかとん駅で日本人助役の一家が皆殺しやと」
 通信社からの一報に島崎が声を上げた。
「どれどれ、オレにも見せてや」
「シナ兵の仕業しわざか、それとも匪賊ひぞくか?」
「その違い、どこにあるん?」
「五人全員かよ。まったくヒデエことしやがる」
「孟家屯ってどこや?」
「オイ、松本――。すぐ出かけられるか?」
「写真は誰だ? 写真班、写真班……」

 洸三郎の耳から記者たちの会話が遠のいた。新天地へ来たという高揚感は一気に冷めて、自分だけが取り残されているような気がした。その心中を見透かしたように、ついさっきまで受話器を抱えていた腕まくりの男が振り向いた。
「腰据えて今回の事件に取り組みたけりゃ、行っとったほうがええゾ」
 男の声音には、あたかもすべてを知り抜いた故老ころうのような説得力があった。洸三郎はねた子どもが機嫌を直す前に見せる、半信半疑の表情を浮かべた。
「はあ――。そうですか……」
「内地から来たばかりやさかい、まだよう分からんやろうけど、今度の件はアンタが思っとるより根が深いんや。それをよう見とき」
 励まされているのか、まるめ込まれているのか、よく判らないもの言いだ。
(ものは言いようやな)
 洸三郎は心の中でつぶやき、「はあ、そんならよろしゅう頼んます」と答えた。
「さよか――。ほしたら西村、頼めるか」
 二人の会話に安心したように、三池が言った。
「大会は六時からやさかい、それまでからだ休めとき」
 腕まくりの男は西村といった。

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