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第三章ジュネーブ
第三章第二十節(常任理事国)
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二十
日本政府が声明を発したのを受け、翌二十五日の夕刻から公開会議が開かれた。
声明書を読み上げた芳澤に対し、施肇基代表はなおも「日本軍の撤兵が交渉の第一要件だ」と食い下がった。
「事態の収拾は中立的存在である聯盟の援助のもとで行われるべきであり、軍隊を駐留したままで日本と交渉するつもりはない」
民国側はあくまで聯盟に事態の処理を委ねる腹積もりでいる。
だがやはり“常任理事国”政府による公式見解は重かった。
すでに撤兵へ向けた動きも始まったとなれば、事態の収拾もほど遠くないだろう。集まった理事たちにも安堵の色が広がった。施肇基代表はさらに、「長春で日本軍が暴虐な行為を働いた」とする華字紙の報道を引用し日本側を非難したが、英国のセシル卿が立って「日本軍の撤兵がすでに開始されたとするならば、第十一条による理事会の任務は終わった」と、その発言を一蹴した。
この発言によって、理事会のムードは一気に日本有利の流れへと転じた。
日本政府の声明によって“一発逆転劇”となった聯盟理事会の形勢は、もはや覆しようもなかった。その余波はブーメランとなって民国内へ帰ってきた。南京では蒋介石と張学良の責任を問う声がかまびすしくなり、外交部長の王正廷も非難の的になる。
二十八日には政府へ抗議する学生らが暴徒と化して、王部長を襲撃する。重傷を負った外交部長は、「職務を全うできない」と即日辞任した。
それにしても、前日までややもすれば“敵対的”と言えるほど、日本へ厳しかったセシル卿が、なぜ急に態度を翻したかが話題となった。様々な憶測が乱れ飛ぶ中、聯盟事務局の杉村次長は芳澤へ、ひとつの仮説を語ってみせた。
いわく、第一次大戦中にイギリスはフィンランドの商船を徴用したが、その際の保証金が未払いのままになっていた。それが最近になって、「規約第十五条」に則りフィンランド側から理事会へ訴え出られた。
セシル卿はその際、「その件は理事会が所轄する問題ではない」と言って訴えを跳ねつけたものの、片や満州事変を巡っては施肇基に代表される小国側の主張に肩入れし過ぎた嫌いがあった。そこで英国は、多少大国の言い分にも配慮することで、バランスを取ったのだろうとのことだった。
理事会はこのあと、次の決議を採択して散会した。
「一、理事会議長が両国へ発した緊急通告に対する両国回答および取られた措置を了承する。
二、日本が『満洲において何ら領土的野心を持たない』と声明したのを確認する。
三、日本政府は自国民の生命財産の保護が確保されるに従って、軍隊を鉄道付属地内へ撤退させること。
四、民国政府は日本軍が撤退した後の日本人居留民の生命財産の安全に対する責任 を負うこと。
五、両国政府は各々、事件を拡大し事態を悪化させないためのあらゆる措置を講じること。
六、両国は通常の関係を回復し、前期約定が迅速に完了するための一切の手段を尽くすこと。
七、両国は理事会に対し、事態の進展に関する情報を適時報告すること。
八、緊急事態が起こらない限り、次回会合を十月十四日に開く。
九、もし事態が改善し議長が『会合を招集する必要なし』と判断した場合は、前期会合の招集を取り消すことがで きる」
今回の決議を称して「九月三十日決議」と呼ぶ。満洲事変において、唯一まともに採択された決議となった。この物語の中でもしばしば引用されるので、ご留意願いたい。
こうして「第一期理事会」は閉会し、日本代表部を安堵させた。芳澤もいったんパリへ戻った。
理事会の閉会を受けてワシントンではスチムソン長官が記者会見を開いた。満足げな長官は、「日本はすでに鉄道付属地帯外における兵力の撤退を開始し、警察力および張学良居城の護衛兵を除き奉天からも撤兵した」と語り、新聞もこぞってこれを報道した。
事態がこのまま収束すれば、十月の理事会は不要になる。残りの任期を以前のように平穏に過ごせればいい……。芳澤はそんな期待を抱いてパリへ帰る列車に揺れていた。
日本政府が声明を発したのを受け、翌二十五日の夕刻から公開会議が開かれた。
声明書を読み上げた芳澤に対し、施肇基代表はなおも「日本軍の撤兵が交渉の第一要件だ」と食い下がった。
「事態の収拾は中立的存在である聯盟の援助のもとで行われるべきであり、軍隊を駐留したままで日本と交渉するつもりはない」
民国側はあくまで聯盟に事態の処理を委ねる腹積もりでいる。
だがやはり“常任理事国”政府による公式見解は重かった。
すでに撤兵へ向けた動きも始まったとなれば、事態の収拾もほど遠くないだろう。集まった理事たちにも安堵の色が広がった。施肇基代表はさらに、「長春で日本軍が暴虐な行為を働いた」とする華字紙の報道を引用し日本側を非難したが、英国のセシル卿が立って「日本軍の撤兵がすでに開始されたとするならば、第十一条による理事会の任務は終わった」と、その発言を一蹴した。
この発言によって、理事会のムードは一気に日本有利の流れへと転じた。
日本政府の声明によって“一発逆転劇”となった聯盟理事会の形勢は、もはや覆しようもなかった。その余波はブーメランとなって民国内へ帰ってきた。南京では蒋介石と張学良の責任を問う声がかまびすしくなり、外交部長の王正廷も非難の的になる。
二十八日には政府へ抗議する学生らが暴徒と化して、王部長を襲撃する。重傷を負った外交部長は、「職務を全うできない」と即日辞任した。
それにしても、前日までややもすれば“敵対的”と言えるほど、日本へ厳しかったセシル卿が、なぜ急に態度を翻したかが話題となった。様々な憶測が乱れ飛ぶ中、聯盟事務局の杉村次長は芳澤へ、ひとつの仮説を語ってみせた。
いわく、第一次大戦中にイギリスはフィンランドの商船を徴用したが、その際の保証金が未払いのままになっていた。それが最近になって、「規約第十五条」に則りフィンランド側から理事会へ訴え出られた。
セシル卿はその際、「その件は理事会が所轄する問題ではない」と言って訴えを跳ねつけたものの、片や満州事変を巡っては施肇基に代表される小国側の主張に肩入れし過ぎた嫌いがあった。そこで英国は、多少大国の言い分にも配慮することで、バランスを取ったのだろうとのことだった。
理事会はこのあと、次の決議を採択して散会した。
「一、理事会議長が両国へ発した緊急通告に対する両国回答および取られた措置を了承する。
二、日本が『満洲において何ら領土的野心を持たない』と声明したのを確認する。
三、日本政府は自国民の生命財産の保護が確保されるに従って、軍隊を鉄道付属地内へ撤退させること。
四、民国政府は日本軍が撤退した後の日本人居留民の生命財産の安全に対する責任 を負うこと。
五、両国政府は各々、事件を拡大し事態を悪化させないためのあらゆる措置を講じること。
六、両国は通常の関係を回復し、前期約定が迅速に完了するための一切の手段を尽くすこと。
七、両国は理事会に対し、事態の進展に関する情報を適時報告すること。
八、緊急事態が起こらない限り、次回会合を十月十四日に開く。
九、もし事態が改善し議長が『会合を招集する必要なし』と判断した場合は、前期会合の招集を取り消すことがで きる」
今回の決議を称して「九月三十日決議」と呼ぶ。満洲事変において、唯一まともに採択された決議となった。この物語の中でもしばしば引用されるので、ご留意願いたい。
こうして「第一期理事会」は閉会し、日本代表部を安堵させた。芳澤もいったんパリへ戻った。
理事会の閉会を受けてワシントンではスチムソン長官が記者会見を開いた。満足げな長官は、「日本はすでに鉄道付属地帯外における兵力の撤退を開始し、警察力および張学良居城の護衛兵を除き奉天からも撤兵した」と語り、新聞もこぞってこれを報道した。
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