風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第七章嫩江(ノンコウ)

第七章第四節(督戦隊)

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                 四

 関東軍はまたたく間に満鉄沿線の主要都市を掌中しょうちゅうおさめたが、広大な満州を少数の兵力で制圧するには限界がある。このため事変の当初から、軍の主導で各地に親日的な人物を首班しゅはんとする新政権を樹立する裏工作を進めてきた。

 その結果、九月二十六日に吉林きつりん省の熙冾きは参謀長が旧奉天政府からの独立を宣言し、奉天では治安維持を目的とした遼寧りょうねい地方治安維持委員会が組織され、清朝の重臣だった袁金鎧えんきんがいが委員長に就任した。袁は張学良ちょうがくりょうの奉天復帰を警戒して省の独立には慎重だったが、「行政権」と「徴税権」を旧政権から切り離した。

 黒龍江こくりゅうこう省では十月一日、洮遼鎮守使とうりょうちんじゅし張海鵬ちょうかいほうが自ら辺境保安指令へんきょうほあんしれいを名乗って独立を宣言し、張学良と絶縁した。
 張海鵬は七日、黒龍江省政府へ政権の引渡しを要求したが、黒省側はこれを跳ね除けた。このため彼は武力で政権を奪取だっしゅすることとして、二個りょを引き連れて省都チチハルへの進撃を開始した。張の軍勢には黒省側から寝返ねがえった屯墾軍とんこんぐん二個れんなども加わり、その勢力は約一万五千にふくれ上がった。対する黒龍江省側は約二万五千の兵力をようしたが、元来がんらい黒省軍の士気は低く統制は取れていないと噂された。

 十二日の関東軍偵察機の報告によって、洮南とうなん駅周辺には張海鵬軍側の貨車約百輌が集結し、その他洮昴とうこう線沿線の各駅にも無数の貨車が停まっているのが確認された。関東軍は張海鵬の行動を注視したが、十五日には彼の軍と黒龍江こくりゅうこう省政府の間に協定が成立し、張海鵬はチチハルへ無血入城する見通しとなった。

 ところが水面下では、黒省軍の馬占山ばせんざん将軍とロシアが秘密交渉を重ねており、赤軍せきぐんの援助が得られるとの見込みが付いた馬占山は、一転して張海鵬との妥協案を反故ほごにして、徹底抗戦へと転じた。そして先ず江橋こうきょうを守備するため約二千の兵を送り、司令官の張殿九ちょうでんきゅうに何としても敵の北上を阻止するよう厳命した。
 かくして嫩江ノンコウを挟んで張海鵬と馬占山の決戦がはじまった。

 戦闘の序盤は張海鵬ちょうかいほう軍有利に運んだ。馬占山は「一兵たりとも退却すれば銃殺に処する」との布告を出すと同時に督戦隊とくせんたいも置いて、頑強がんきょうに抵抗した。
 自軍の兵士が勝手に退却したり降伏、敵前逃亡しないよう後ろから監視する督戦隊は、その名の通り逃げ出す味方を後ろから撃ち殺す部隊である。
 日本軍には縁のない制度だが、何も知らない農民などを無理やり兵隊に引っ張ってくるソ連労農赤軍ろうのうせきぐんや国民党軍などは、必ずといって良いほど戦場に督戦隊を配置した。
 満洲事変の六年後に起こる南京攻略戦でも、くさりにつながれたままトーチカの中で戦死している国民党軍の守備隊兵士の姿が多数発見された。彼らは攻めてくる日本軍から逃亡しないよう足かせをはめられ、トーチカの出入り口を施錠せじょうした上で鎖でぐるぐる巻きにするという念の入りようだった。
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