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第七章嫩江(ノンコウ)
第七章第十節(斥候班)
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十
明けて三日の正午頃、列車が洮南へと近づくにつれて「いよいよ奥地へきた」との感を深くした。鉄道が敷かれているにもかかわらず、「人跡未踏」の文字が浮かんできた。
第一列車が沿線の要所である泰来へ着いたのは、午後四時三十分のことだった。
訳もわからないまま下車を命ぜられたが、丸二日間列車に揺られてきただけに兵隊たちは船乗りが陸へ上がったような安どを覚えた。
これに続いて第二列車は午後七時に到着し、第三列車が揃ったときには午後八時を回っていた。今夜はここで一泊する。いったん下車して飯を炊いた。二日分を炊いて半分だけを食べた。久しぶりに暖かい飯が食べられたので、みんな元気を取り戻した。残りの飯を飯盒へ残し、明日に備えた。目的地の江橋はここからさらに五十キロ北にある。
泰来には飛行場があって、奉天から飛んできた参謀がここで合流した。階級は中佐だが気の置けない人らしく、すぐにその人を囲んで兵隊の人垣ができた。山形なまりの話し口が郷愁を誘った。参謀は満蒙の未来を熱く語ったが、千次に話の中身はほとんど分からなかった。それでも何だか自分までが満蒙の将来に一役買っているような気がして、妙に勇気が沸いてきた。
午後九時、小薗江大隊長が各中隊から将校を呼び集めた。工兵隊と機関銃隊から数名を引き抜き、千次の分隊を含む歩兵小隊をいくつか加えて四十人の先発隊を組んだ。
その先発隊が江橋へ着いたのは、そろそろ日付も変わろうかという頃。そこはだだっ広い荒野に赤レンガの駅舎がぽつねんとあるほか何もなかった。
小薗江少佐はすかさず先発隊に斥候を命じ、自ら先頭に立った。四十人の斥候では偵察にならない。むしろ視察団とか派遣団と称したほうが適切かもしれない。それほど、警戒が甘かったとも言える。
斥候班が江橋駅から線路伝いに二キロほど行くと、橋の欄干が闇に浮かんできた。将校が「第一鉄道橋だ」と言った。偵察機からの情報では、橋脚が破壊されているとのことだった。詳しい状況はわからないが、ともかく渡ってみることにした。
長さ約四百メートルほどの第一鉄道橋は、ちょうど真ん中らへんで全体がひしゃげていた。線路はグンと沈み込んでいる。距離にして二〇メートルほどであろうか。確かに橋脚は破壊されており、列車では通れないが徒歩でなら十分に渡れそうだった。
斥候班はさらに三キロほど進んだ。双眼鏡を覗き込んだ将校が「百メートルほど先で線路が切れている」と言った。すると不意にタタタタタという音がしてヒュウヒュウヒュウと耳元が鳴った。
「敵襲っ!」
明けて三日の正午頃、列車が洮南へと近づくにつれて「いよいよ奥地へきた」との感を深くした。鉄道が敷かれているにもかかわらず、「人跡未踏」の文字が浮かんできた。
第一列車が沿線の要所である泰来へ着いたのは、午後四時三十分のことだった。
訳もわからないまま下車を命ぜられたが、丸二日間列車に揺られてきただけに兵隊たちは船乗りが陸へ上がったような安どを覚えた。
これに続いて第二列車は午後七時に到着し、第三列車が揃ったときには午後八時を回っていた。今夜はここで一泊する。いったん下車して飯を炊いた。二日分を炊いて半分だけを食べた。久しぶりに暖かい飯が食べられたので、みんな元気を取り戻した。残りの飯を飯盒へ残し、明日に備えた。目的地の江橋はここからさらに五十キロ北にある。
泰来には飛行場があって、奉天から飛んできた参謀がここで合流した。階級は中佐だが気の置けない人らしく、すぐにその人を囲んで兵隊の人垣ができた。山形なまりの話し口が郷愁を誘った。参謀は満蒙の未来を熱く語ったが、千次に話の中身はほとんど分からなかった。それでも何だか自分までが満蒙の将来に一役買っているような気がして、妙に勇気が沸いてきた。
午後九時、小薗江大隊長が各中隊から将校を呼び集めた。工兵隊と機関銃隊から数名を引き抜き、千次の分隊を含む歩兵小隊をいくつか加えて四十人の先発隊を組んだ。
その先発隊が江橋へ着いたのは、そろそろ日付も変わろうかという頃。そこはだだっ広い荒野に赤レンガの駅舎がぽつねんとあるほか何もなかった。
小薗江少佐はすかさず先発隊に斥候を命じ、自ら先頭に立った。四十人の斥候では偵察にならない。むしろ視察団とか派遣団と称したほうが適切かもしれない。それほど、警戒が甘かったとも言える。
斥候班が江橋駅から線路伝いに二キロほど行くと、橋の欄干が闇に浮かんできた。将校が「第一鉄道橋だ」と言った。偵察機からの情報では、橋脚が破壊されているとのことだった。詳しい状況はわからないが、ともかく渡ってみることにした。
長さ約四百メートルほどの第一鉄道橋は、ちょうど真ん中らへんで全体がひしゃげていた。線路はグンと沈み込んでいる。距離にして二〇メートルほどであろうか。確かに橋脚は破壊されており、列車では通れないが徒歩でなら十分に渡れそうだった。
斥候班はさらに三キロほど進んだ。双眼鏡を覗き込んだ将校が「百メートルほど先で線路が切れている」と言った。すると不意にタタタタタという音がしてヒュウヒュウヒュウと耳元が鳴った。
「敵襲っ!」
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