風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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第十章昴々渓・チチハル

第十章第七節(寒中行軍)

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                 七

 “歩く兵隊”と書く歩兵にとって、何より苦しいのは戦闘よりも行軍だという。
 完全装備の兵隊は腰の革帯かわおびの前部両サイドに実弾各三十発、後ろに六十発の計百二十発を携行し、背嚢はいのうには手りゅう弾六発と食糧、下着類を詰め込む。腰にエンピを括りつけて水筒、雑脳をたすきに掛け、小銃をかつげばそれだけで重量は三十キロにおよぶ。
 これが個々人の装備で、さらに一分間に五、六百も発射する機関銃の弾丸箱や砲兵の砲弾、担架、その他の物資を手分けして運ぶのだから、総重量は四十キロにも五十キロにもなった。
 通常、歩兵の歩幅は七十五センチと定められている。重装備の兵隊たちは一歩七十五センチずつの歩みを、延々と重ねるのだった。

 重機関銃や歩兵砲は急ごしらえの馬車を組み立てて運んだ。夜間の隠密おんみつ行動とはいえ、馬にはそれが通じない。気心の知れた内地の馬と違って、チョッチョッチョッと大声でしかりながら立て続けに鞭を入れないと動かないのだ。言葉の通じない馬の不便さを、聯隊はこのとき思い知らされた。

 十七日は朝から気温が零下二十度を下回り、日中には零下三十五度まで下がった。しかも、まるできりで刺すような風が吹きつけた。風速一メートルにつき体感温度は一度下がると言われる。この日の風速は十メートル。台風とまではいかないが、「強風注意報」が出るくらいの風だと思えばよい。
 ということは、兵士たちの体感温度で零下三、四十度に及んだことになる。行軍中は大きな荷物を抱えてウンウン移動するので、防寒着の中はぐっしょり汗に濡れた。それがひとたび停まると、たちまち凍りつくのだった。

 極寒ごっかんのなかでも咽喉のどは乾く。ところが水筒の中身は凍ってしまって飲めない。飯もカチンコチンに凍っている。缶詰の中身などとても歯が立たなかった。吉林を出たときからこんな状態がずっと続いている。兵站へいたんの脆弱さがすべての兵士を苦しめた。
 馬にまたがり先頭と後方を行き来する聯隊長にも、兵隊たちが疲労し切っているのが良く分かった。何とも不憫ふびんでならなかったが、ここで行軍をやめれば作戦は失敗だ。心を鬼にして叱咤しったした。

 それほどの苦労を重ねても、兵隊が手で運べる物資の量などたかが知れている。出発地の烏諾頭站うだくとうたんには依然、山のごとく武器弾薬、食糧が残された。
 この周辺では敵の騎兵の活動も活発だった。坪井聯隊長は唯一の手段である自動車一台を駆使して、できるだけの物資を前線へ運ばせるとともに、いつ現れるとも限らない敵の騎兵に十分警戒させるため、少ない兵力から歩兵一個小隊をねん出して監視にあたらせた。
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