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第十二章錦州

第十二章第三十九節(躯)

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                三十九

 目の凍傷もすっかりえて現場へ復帰した洸三郎に与えられたのは、茅野の遺体収容の使命だった。
 しかもこの指令は本社直轄事項として伝達された。

 すでにひと月近く前から茅野の消息を探ってきた村田次長とは、現地で合流することになった。
 馬車夫の証言通り、婁房ろうぼう付近の山中から五人の遺体が発掘された。現地からの報告によればこのうち三体はミイラ化してほぼ完全な状態を留めているという。ただし、付近一帯は頑強な匪賊の巣窟そうくつとなっているため、遺体の搬出作業が極めて困難とのことだった。

 遺体の発見現場付近へは地元住民のほかには入れない状態だったため、軍部は地元の馬車夫に遺体をコッソリ運び出すよう取り引きを持ち掛けた。それでも匪賊の監視の目が極めて厳しく、馬車夫もすべての遺体収容まではできなかった。
 結局、馬車夫は五体のうち最も小柄な遺体だけを巧みにロバの背中へ隠し、二月三日午前十一時錦州へ帰り着いた。

 軍の検死官と生前の一行と面識のあった華人通訳が北門外にある三関廟さんかんびょうの遺体安置所へ派遣された。それに村田と洸三郎も同席を許された。

 廟内の中はがらんと寒々しいばかりだ。
 くすんだ石畳がなおさらに殺伐とした雰囲気を醸している。その中央に大きな机がポツンと置かれ、軍人の一団が取り囲んでいる。人垣の間から、毛布にくるまったかたまりが見えた。
 果たしてあれは茅野なのだろうか--。村田と洸三郎は恐る恐る近づいた。
 
 検死官が慎重に毛布をめくる。
 着衣のない亡骸なきがらは凍っていた。それは事前に「小柄」と聞かされたところから想起したより、さらに小さかった。凍土とうどに近い氷点下の地中に埋められていた間、体内の水分が奪われミイラ化したのだった。そのおかげで腐敗や損傷を免れた。

 むくろには銃剣によるものらしい無数の刺し傷や打撲の跡、引きずられたことによる擦過傷さっかしょうなどが見当たった。腕や手首には縛られた縄のあとがくっきりと残っていた。
 禿げあがった額や背中の古傷ふるきずや特徴ある足の拇指おやゆびの形、検視官が割り出した生前の背丈などから、遺体は山口馨一郎やまぐちけいいちろうのものと推定された。
 泥にまみれた顔面はくしゃくしゃになって、人相の判別はできなかったが、生前に面識のあった華人通訳も山口に違いないと証言した。

 村田と洸三郎の心境は複雑だった。茅野本人ではなかったものの、遭難した一行を率いた山口が遺体で発見された以上、茅野の生存はもはや絶望的と認めるほかなかった。内地でもすでに、岡山県琴浦ことうら町にある茅野の実家に引き込んだ春子はるこ夫人と厳父ゲンプ兼二けんじ氏が錦州へ渡航する手はずを整えていた。
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