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第二部第十三章スチムソンドクトリン
第十三章第六節(東部エスタブリッシュメント)
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六
「米国政府は日米国交の大局に顧み、これまで満洲問題に関して指導的態度に出るのは差し控え、もっぱら国際聯盟に追随して機宜の措置を執るに止めてきた」--。
出渕勝次大使の言葉通り、事変勃発からの二カ月間、アメリカ国務省はジュネーブの国際聯盟と一線を画し、また湧き立つ国内輿論を抑え込んで満洲の情勢を静観した。
ジャーナリストの清澤烈氏によれば、日頃のスチムソン国務長官の気質に照らしてここまで沈黙を保ち続けたというのは、極めて異例な振る舞いだったという。
満洲事変に際して日本へ「倫理的制裁」を課し、第二次大戦の末期には陸軍長官として二度に及ぶ原子爆弾の投下を命じた実務上の最高責任者であるこの人物に関する研究は、思いのほか少ない。
以下、消化不良のままとなっているいくつかの疑問に迫りたい。
満洲事変の二年前、旧奉天政府とソ連邦が共同運営する「東支鉄道」の経営権を巡って「露支紛争」が勃発した。
ロシア革命後のソ連邦は新国家の建設に忙しく、帝政時代の遺物に過ぎない極東へまでは容易に手がまわらなかった。張学良はその間隙に乗じて、清国と帝政ロシアの合弁事業だったこの鉄道の経営権を独り占めしようとした。
昭和四(一九二九)年七月に全線を強行回収したまではよかったが、頭に乗った学良は翌八月に国境の満洲里でソ連軍と武力衝突を起こす。ここにいたってモスクワは極東へ軍隊を派遣し、瞬く間に奉天軍をねじ伏せてしまった。
勢いに乗ったソ連軍は、さらに国境を越えて満州西北部へと進出する。
するとそこへ、前年八月に締結されたばかりの「パリ不戦条約」を振りかざし、意気揚々と登場してきたのが米国のスチムソン国務長官だった。
生粋の“東部エスタブリッシュメント”で法律家肌のスチムソン氏にとって重要なのは、現実に即して「紛争をいかに解決するか」ではなく、「条約が破られたか否か」という法律上の手続きに関わる問題だった。まるで満洲事変を議論した聯盟理事会を彷彿させる話ではないか!
そこで彼は「不戦条約」の条項を基にソ連側へ抗議書を書き上げようと、鞄に書類を詰め込んでニューヨーク郊外にある自宅へ引き籠った。
ロシア革命後の米ソ間には国交がなかったから、長官はわざわざ親ロシアの流れを汲むフランスの手を煩わせつつ露支両国へ圧力をかけた訳だ。
かくして五日が経ち、ようやく抗議書を書き上げた彼が「非難声明」を読み上げたとき、ソ連軍はすでに凍土を利用して自国領内へ戻った後だった。このケースは「パリ不戦条約」が国際紛争に持ち出された初の事案となった。
「米国政府は日米国交の大局に顧み、これまで満洲問題に関して指導的態度に出るのは差し控え、もっぱら国際聯盟に追随して機宜の措置を執るに止めてきた」--。
出渕勝次大使の言葉通り、事変勃発からの二カ月間、アメリカ国務省はジュネーブの国際聯盟と一線を画し、また湧き立つ国内輿論を抑え込んで満洲の情勢を静観した。
ジャーナリストの清澤烈氏によれば、日頃のスチムソン国務長官の気質に照らしてここまで沈黙を保ち続けたというのは、極めて異例な振る舞いだったという。
満洲事変に際して日本へ「倫理的制裁」を課し、第二次大戦の末期には陸軍長官として二度に及ぶ原子爆弾の投下を命じた実務上の最高責任者であるこの人物に関する研究は、思いのほか少ない。
以下、消化不良のままとなっているいくつかの疑問に迫りたい。
満洲事変の二年前、旧奉天政府とソ連邦が共同運営する「東支鉄道」の経営権を巡って「露支紛争」が勃発した。
ロシア革命後のソ連邦は新国家の建設に忙しく、帝政時代の遺物に過ぎない極東へまでは容易に手がまわらなかった。張学良はその間隙に乗じて、清国と帝政ロシアの合弁事業だったこの鉄道の経営権を独り占めしようとした。
昭和四(一九二九)年七月に全線を強行回収したまではよかったが、頭に乗った学良は翌八月に国境の満洲里でソ連軍と武力衝突を起こす。ここにいたってモスクワは極東へ軍隊を派遣し、瞬く間に奉天軍をねじ伏せてしまった。
勢いに乗ったソ連軍は、さらに国境を越えて満州西北部へと進出する。
するとそこへ、前年八月に締結されたばかりの「パリ不戦条約」を振りかざし、意気揚々と登場してきたのが米国のスチムソン国務長官だった。
生粋の“東部エスタブリッシュメント”で法律家肌のスチムソン氏にとって重要なのは、現実に即して「紛争をいかに解決するか」ではなく、「条約が破られたか否か」という法律上の手続きに関わる問題だった。まるで満洲事変を議論した聯盟理事会を彷彿させる話ではないか!
そこで彼は「不戦条約」の条項を基にソ連側へ抗議書を書き上げようと、鞄に書類を詰め込んでニューヨーク郊外にある自宅へ引き籠った。
ロシア革命後の米ソ間には国交がなかったから、長官はわざわざ親ロシアの流れを汲むフランスの手を煩わせつつ露支両国へ圧力をかけた訳だ。
かくして五日が経ち、ようやく抗議書を書き上げた彼が「非難声明」を読み上げたとき、ソ連軍はすでに凍土を利用して自国領内へ戻った後だった。このケースは「パリ不戦条約」が国際紛争に持ち出された初の事案となった。
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