風紋(Sand Ripples)~あの頃だってそうだった~

宗像紫雲

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 夏の盛りを過ぎた頃の夕暮れ、ガラガラと表戸が開く音がした。
「ただいま」--。

「あっ、パパだ!」
 最近イヤイヤを覚えて恒子の手を煩わせることが多くなったはじめが、玄関へ飛び出した。
「なぁ~んだ、おじちゃまか……」
 当てが外れてつまらなそうに、はじめはしおしおと居間へ戻ってきた。帰ってきたのは“パパ”ではなく、居候いそうろうの志村だった。

「暑いのにご苦労様ね……。お食事はどうなさいますの?」
「あっ、お気遣いなく。外で済ませてきました」
 未亡人は気丈にも居候をねぎらった。あの日以来、家の中はすっかり明かりが消えてしまったように沈んだ。以前なら快活に子どもたちと遊んでくれた志村もどことなくよそよそしくなり、できるだけ家人の目につかないようこそこそ帰ってきては、逃げるように三階の居候部屋へ籠るのだった。

「パパはまだよ」--。
 そう肇に言い聞かすと、恒子は何事もなかったかのようにテキパキと家事をこなした。
 翌日の午後、恒子は肇の手を引いて公園へ散歩に出かけた帰り、ちょっと寄り道をしようとした。いつもなら喜んでついてくる肇が、この日に限って早く家へ帰ろうと頑張った。
「パパ、お家へかえっている」
「まだよ。パパは遠いところへ行っているの。いい子にしてたら、おみやげいっぱい買って帰ってくるわ」
「ううん--。パパ帰ってる--、パパ帰ってる--」
 そう言って恒子の手を引っ張り、駄々をこねた。
「そんな聞き分けのないことしていると、パパが戻ってきたときウンと叱ってもらいますからね」
 恒子は崩れ落ちそうになる心をようやくこらえて子どもをたしなめた。それでも肇は駄々をこね続けた。

 それからしばらくして家族は内地へ引き上げた。
 渡邉洸三郎の遺骨は祖父の郷里である水戸の菩提寺に埋められた。恒子は幼子おさなごを抱えたまま、内地の親類に身を寄せた。
「パパね……、向こうに置いてきたの--」

 肇は“パパ”のいない日々を、そう言い聞かせて紛らした。
「ボクが大きくなったらね……、お船にのんのして、汽車ポッポにのんのして、帰ってくるの……」
 そんな風にパパの面影を独り決めしながら、肩車のパパを、お相撲のパパをいつまでも思い浮かべていた。
                                風紋 了
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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.14 花雨

作品登録しときますね♪ゆっくり読ませてもらいます♪

2021.08.14 宗像紫雲

よろしくお願いいたします。

解除

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