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【3】
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◇
依仁は、虚無感に苛まれながら家に戻ってきていた。
結局、何かを聞き出すどころか、言い包められて終わってしまうなんて全くの想定外だ。
自分の質問は唐突過ぎただろうかと、今になって分析に追われる。
感情が高ぶると後先構わず行動してしまうのは、自分の悪いところだと何と無く分かってはいた。しかし性格だから仕方ないと、諦めてもいた。
だが、改善を考慮するべきなのかもしれない。
それに、理由は分からないが少女は気付いていた。
―――依仁は、ポケットの拳銃を引き出しに丁寧に仕舞いこみ、朝のままの、くしゃくしゃになったベッドへと身を投げた。
◇
鈴夜は後部座席片側、淑瑠の横に座りながら、ずっと俯いていた。
先程、自分の身に起きた悲劇を鮮明に思い出し、今更恐怖に苛まれる。
あの後、持っていたスタンガンを腹部に当てられて、鈴夜は直ぐに気絶してしまった。
だが、その瞬間の、言い表せない激痛や不快感や恐怖感は、心を深く突き刺して未だに残っている。
それ以上に、勇之が自分に向けた、理解不能な感情が怖くて仕方が無かった。
けれど、勇之がその前に言った言葉が、出来事を隠さなければならないと痛いほど縛りつけてくるのだ。
故に鈴夜は、歩や淑瑠に打ち明けられなかった。
「鈴夜付いたよ、下りられる?」
「…うん…」
「大丈夫か?随分と辛そうだが…」
「…大丈夫です、ありがとうございました」
鈴夜は、恐れに震える体を無理矢理動かした。
千切れそうな緊張感の中で歩を見送り、ゆっくりと階段に足をかける。
だが、よろりとふら付き、淑瑠はその体を支えた。
「……ごめん…無理しすぎたみたい…」
「………す、鈴夜さん…?」
聞こえた声に二人して上方を見上げると、目を丸くした岳が立っていた。スーツ姿は久しぶりだ。
どうやら今、3階から下りてきた所らしい。
「ど、どうしたんですか?大丈夫ですか?」
岳は、冷や汗を浮かべ急いで近付いてくると、屈み込み、鈴夜の表情を見詰めた。
先程の恐怖と緊張により、呼吸が上がる。鼓動も激しく脈打つ。それに加え、疲労が体を重くする。
「…つ、辛いのですか?びょ、病院…」
岳の心配する顔を見ながらも、鈴夜は急に気を失ってしまった。
◇
「…鈴夜さん、そんなに悪いの…?」
待合室にて、隣の淑瑠に岳は問いかける。
他にはあまり人も居らず、殆ど、テレビのニュースの音声だけが聞こえている状態だ。
淑瑠の表情は明らかに憂鬱そうで、影がくっきりと見える。
「…分からないんだ、でも無理してたんだろうね…」
「…そっか…」
岳は、視線を床へと移動させた。
状態の悪さを何と無く知っていたが、ここまで悪いとは思ってもいなかった。
しかも、これは恐らく精神的な不調だろう。
「…私のせいかな…私が鈴夜さんを追い詰めて…」
「なんで」
淑瑠は急に零された岳の自責に、突っかかるように反応してしまっていた。そう思う理由が分からなかったのだ。
「私がたくさん心配かけたから、鈴夜さんは自分の事を考えられなかったのかもしれない…私がいっぱい…」
その瞳には涙が溜まっていた。
昔から変わらない、岳の優しさと弱さが垣間見え、淑瑠は思わず軽く頭に手を当てる。
「…違うよ、私が鈴夜の状態に気付かなかったのが悪いんだ、何もしてあげられなかったのが悪いんだ…岳は何も悪くないよ…」
淑瑠は無力さに打ちひしがれながらも、なんとか口元だけの微笑を作り上げていた。
岳はそんな淑瑠を見ながらも、自責の念が拭えず、淑瑠同様、己の無力さも呪う。
「…それより、家に帰らなくて大丈夫?」
「…まだここにいる、私も鈴夜さんの力になりたい…」
岳は深く俯き、瞳から雫を零していた。
◇
鈴夜は夜中、目覚めていた。見慣れた薄暗い天井を見て、状況を分析し小さく息を吐く。
横を見ると、静かに寝息を立てて眠る、淑瑠と岳の姿があった。
きっと泊り込みで、付いていてくれたのだろう。
勇之との一件を思い出し、涙が滲んだ。
だが、二人が何時目覚めるか分からない今、流す訳には行かず、必死に嗚咽を飲み込む。
自分がこんなにも脆い人間だなんて知らなかった。こんなに弱くて泣き虫で、怖がりな人間だとは知らなかった。
そんな中でも、勇之の言葉が真っ直ぐに突き刺さり、無理矢理な決意を促す。
この件は、これから一生隠し通すんだと、自分の弱さを晒してしまわないよう繕うんだと、誰にも心配をかけないように生きるんだと。
不必要だと、面倒な奴だと、思われないために。
◇
岳は、自分に助けを求める鈴夜の夢を見て、唐突に目覚めていた。あたりはまだ暗い。
心配事が謙虚に現れた夢に、己の弱さを感じ、小さく溜め息を零した。
目の前を見詰めると、鈴夜が岳を凝視していた。
確り目線が合ってしまい、反射的に目を逸らす。この時鈴夜も目を逸らした為、二人して逸れた状態になった。
だが、小さな小さな鈴夜の囁きに、岳の視線は戻される。
「…岳さん、心配かけてごめんね、吃驚させたよね…」
「…い、いえ、大丈夫ですか…?」
「うん、大丈夫だよ」
昨夜の状態と打って変わって、にっこりと微笑んだ鈴夜を見て、岳は目を丸くする。
同時に、横にいた淑瑠も目覚めた。
「鈴夜!良かった!大丈夫?」
目覚めて早々勢いよく立ち上がり、上体を鈴夜へと近づける。
「うん、大丈夫、ちょっと無理しすぎたみたいだよ」
だが淑瑠も、岳が抱いた物と同じ違和感に硬直していた。
「…二人ともどうしたの?何か変なものでも付いてる?」
黙り込む淑瑠と岳に確信される前にと、鈴夜はわざと声を作り上げていた。
考える隙を与えないように。
「……ううん、大丈夫なら良かったよ」
依仁は、虚無感に苛まれながら家に戻ってきていた。
結局、何かを聞き出すどころか、言い包められて終わってしまうなんて全くの想定外だ。
自分の質問は唐突過ぎただろうかと、今になって分析に追われる。
感情が高ぶると後先構わず行動してしまうのは、自分の悪いところだと何と無く分かってはいた。しかし性格だから仕方ないと、諦めてもいた。
だが、改善を考慮するべきなのかもしれない。
それに、理由は分からないが少女は気付いていた。
―――依仁は、ポケットの拳銃を引き出しに丁寧に仕舞いこみ、朝のままの、くしゃくしゃになったベッドへと身を投げた。
◇
鈴夜は後部座席片側、淑瑠の横に座りながら、ずっと俯いていた。
先程、自分の身に起きた悲劇を鮮明に思い出し、今更恐怖に苛まれる。
あの後、持っていたスタンガンを腹部に当てられて、鈴夜は直ぐに気絶してしまった。
だが、その瞬間の、言い表せない激痛や不快感や恐怖感は、心を深く突き刺して未だに残っている。
それ以上に、勇之が自分に向けた、理解不能な感情が怖くて仕方が無かった。
けれど、勇之がその前に言った言葉が、出来事を隠さなければならないと痛いほど縛りつけてくるのだ。
故に鈴夜は、歩や淑瑠に打ち明けられなかった。
「鈴夜付いたよ、下りられる?」
「…うん…」
「大丈夫か?随分と辛そうだが…」
「…大丈夫です、ありがとうございました」
鈴夜は、恐れに震える体を無理矢理動かした。
千切れそうな緊張感の中で歩を見送り、ゆっくりと階段に足をかける。
だが、よろりとふら付き、淑瑠はその体を支えた。
「……ごめん…無理しすぎたみたい…」
「………す、鈴夜さん…?」
聞こえた声に二人して上方を見上げると、目を丸くした岳が立っていた。スーツ姿は久しぶりだ。
どうやら今、3階から下りてきた所らしい。
「ど、どうしたんですか?大丈夫ですか?」
岳は、冷や汗を浮かべ急いで近付いてくると、屈み込み、鈴夜の表情を見詰めた。
先程の恐怖と緊張により、呼吸が上がる。鼓動も激しく脈打つ。それに加え、疲労が体を重くする。
「…つ、辛いのですか?びょ、病院…」
岳の心配する顔を見ながらも、鈴夜は急に気を失ってしまった。
◇
「…鈴夜さん、そんなに悪いの…?」
待合室にて、隣の淑瑠に岳は問いかける。
他にはあまり人も居らず、殆ど、テレビのニュースの音声だけが聞こえている状態だ。
淑瑠の表情は明らかに憂鬱そうで、影がくっきりと見える。
「…分からないんだ、でも無理してたんだろうね…」
「…そっか…」
岳は、視線を床へと移動させた。
状態の悪さを何と無く知っていたが、ここまで悪いとは思ってもいなかった。
しかも、これは恐らく精神的な不調だろう。
「…私のせいかな…私が鈴夜さんを追い詰めて…」
「なんで」
淑瑠は急に零された岳の自責に、突っかかるように反応してしまっていた。そう思う理由が分からなかったのだ。
「私がたくさん心配かけたから、鈴夜さんは自分の事を考えられなかったのかもしれない…私がいっぱい…」
その瞳には涙が溜まっていた。
昔から変わらない、岳の優しさと弱さが垣間見え、淑瑠は思わず軽く頭に手を当てる。
「…違うよ、私が鈴夜の状態に気付かなかったのが悪いんだ、何もしてあげられなかったのが悪いんだ…岳は何も悪くないよ…」
淑瑠は無力さに打ちひしがれながらも、なんとか口元だけの微笑を作り上げていた。
岳はそんな淑瑠を見ながらも、自責の念が拭えず、淑瑠同様、己の無力さも呪う。
「…それより、家に帰らなくて大丈夫?」
「…まだここにいる、私も鈴夜さんの力になりたい…」
岳は深く俯き、瞳から雫を零していた。
◇
鈴夜は夜中、目覚めていた。見慣れた薄暗い天井を見て、状況を分析し小さく息を吐く。
横を見ると、静かに寝息を立てて眠る、淑瑠と岳の姿があった。
きっと泊り込みで、付いていてくれたのだろう。
勇之との一件を思い出し、涙が滲んだ。
だが、二人が何時目覚めるか分からない今、流す訳には行かず、必死に嗚咽を飲み込む。
自分がこんなにも脆い人間だなんて知らなかった。こんなに弱くて泣き虫で、怖がりな人間だとは知らなかった。
そんな中でも、勇之の言葉が真っ直ぐに突き刺さり、無理矢理な決意を促す。
この件は、これから一生隠し通すんだと、自分の弱さを晒してしまわないよう繕うんだと、誰にも心配をかけないように生きるんだと。
不必要だと、面倒な奴だと、思われないために。
◇
岳は、自分に助けを求める鈴夜の夢を見て、唐突に目覚めていた。あたりはまだ暗い。
心配事が謙虚に現れた夢に、己の弱さを感じ、小さく溜め息を零した。
目の前を見詰めると、鈴夜が岳を凝視していた。
確り目線が合ってしまい、反射的に目を逸らす。この時鈴夜も目を逸らした為、二人して逸れた状態になった。
だが、小さな小さな鈴夜の囁きに、岳の視線は戻される。
「…岳さん、心配かけてごめんね、吃驚させたよね…」
「…い、いえ、大丈夫ですか…?」
「うん、大丈夫だよ」
昨夜の状態と打って変わって、にっこりと微笑んだ鈴夜を見て、岳は目を丸くする。
同時に、横にいた淑瑠も目覚めた。
「鈴夜!良かった!大丈夫?」
目覚めて早々勢いよく立ち上がり、上体を鈴夜へと近づける。
「うん、大丈夫、ちょっと無理しすぎたみたいだよ」
だが淑瑠も、岳が抱いた物と同じ違和感に硬直していた。
「…二人ともどうしたの?何か変なものでも付いてる?」
黙り込む淑瑠と岳に確信される前にと、鈴夜はわざと声を作り上げていた。
考える隙を与えないように。
「……ううん、大丈夫なら良かったよ」
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