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◇
進まない食事を目の前にしながら、鈴夜は顔に影を浮かべていた。無理矢理食事を胃に詰め込もうと考えるだけで、もう気分が悪くなってくる。
抱える問題はいつ解決するのだろうか。10年後も同じ悩みに苦しんでいるとは考え難いが、時間の経過は怖ろしい物も運んでくる為、早く経過して欲しいとは思わない。
今は唯、時が止まってほしいと思った。
ノックの音が響く。普段聞かないノックの仕方に、鈴夜は恐る恐る扉を見据えた。
「水無さん、お久しぶりね」
「お、大塚さん…」
入ってきたのはねいだった。制服を身に纏っていて、今日は一人らしい。鈴夜は直ぐに箸を揃えて置いた。
こんなタイミングで何の用だというのだろうか。事情聴取でもされるのだろうが、何についてか分からない。
志喜の事故の件か、飛翔の件か、それとも自分の件か。何にせよ、心が拒否を膨らませている。
「今日はひとつ、貴方に伝えにきたの」
「えっ?」
想定外の切り出しに、鈴夜は声を漏らしていた。だが、ねいから滲み出す雰囲気に、思わず息を呑む。
「……貴方を殺そうとした犯人が分かったわ」
「……え…」
鈴夜は口を押さえていた。衝撃が隠せない。どんどん鼓動が早くなってゆく。
「吃驚するだろうけど、この先聞きたい?」
ねいの前置きに、鈴夜は一気に脳を回転させた。
驚く内容だという事は、知人なのかもしれない。それだったら辛すぎる。
それに、いざ犯人が分かった所で自分はどうすればいいのだろうか。赦すのか、責めるのか、今まで通りに過ごすのか。
でも、犯人が捕まれば、もう突然の奇襲に怯える必要はなくなるだろう。いや、多分減るだけでなくなりはしないな。
ぐるぐる回る思考が最終的に選んだ答えは¨知る¨方だった。怖いが、矢張り知っておきたいと思ったのだ。
「……だ、誰ですか…」
「鈴村緑って男よ」
絶句した。淡々と発された名詞が、何度も鳴り響く。依仁の予想は、正解だったのだ。
あまり会ってはいないが、幾度か会話をした時の事を思い出した。その時には決して悪い印象はなかったが、まさか本当に犯人だったなんて。とても悲しくなる。
「……なんで、でしょうか…?」
「詳しくは分かっていないけれど、彼も事件の関係者なの。恐らくは、殺される事を恐れて殺そうとしたって所でしょう」
またも下された衝撃の内容に、鈴夜は付いてゆけなかった。
やはり自分の事件もCHS事件に関わっていたのだ。推測は間違いではなかった。
「多分、だけど」
曖昧な締めくくりから、それが緑の口から出た直接的な証言では無いと鈴夜は考えた。
「……まだ捕まってないんですか?」
悲しげに眉を顰める鈴夜を見て、ねいは分かり辛いが少しだけ目を丸くする。
「…ニュース、見ていないのね」
「……ニュース?」
鈴夜は一気に湧き上がる恐怖に、無意識にシーツを握った。
「見てみるといいわ。それでは私はこの後用事があるので失礼します。何か分かり次第報告するわ、じゃあ」
直接その目で確認しろと促される事自体が、焦らされているようでとても怖い。
ねいは軽くお辞儀すると、早足で部屋を出て行った。
鈴夜は早速ニュースを確認する為、待合室へと向かった。
目的のニュースが報道されているかは不明だ。しかしそれでも胸のざわつきが抑えられず、来てしまった。
辿り着き次第立ったままニュースを見ると、番組は凄惨な殺人事件を報道していた。
どうやら今は、このニュースがトップになっているらしい。
[――被害者の男性等は、両手首を拘束された状態で、刃物で数十ヶ所刺されており、現場は血のーー]
やってきて早々に目の当たりにした報道に、鈴夜は気分の落ち込みを感じた。
事件の報道は、小さくても胸が痛くなる。と同時に自分の時の事も思い出し、怖くなってしまうのだ。
緑のニュースを探そうと、周りに許可を取りチャンネルを変えようとしたその時だった。
◇
柚李は自宅にてニュースを眺めていた。先程から何度も何度も流れ続ける事件の報道に、溜め息しか出ない。
地域名など一部規制が掛かっている部分もあるが、大方は大胆に情報が曝されていて、直ぐに状況は把握できた。
暫くの間ニュースを眺めていたが、己が不快感を覚えている事に気付きチャンネルを変えた。
だが、その先にあった幾つもの系列で事件は扱われており、最終的に柚李はテレビを消していた。
――全く持って笑えない。
¨血の海¨その単語を聞くと、どうしてもCHS事件の事を考えてしまう。
直接は見ていないが、本やネットで見た何十枚の事件後の現場写真からのイメージなどで、何回も場面を想像して来た。
その度に脳内に現れるのが¨赤色¨なのだ。そして聞こえてくる仮想の悲鳴に、被害者の怯え恐怖する表情。
そのどれもが不快感と憎しみを柚李に齎した。大事な人を奪った加害者を絶対に赦さないと強く思わせる。
だからきっと、これで良かったんだ。これは決して無駄なんかじゃない。自業自得なのだから、加害者達に慈悲なんて抱いてはいけないんだ。
柚李は矛盾してゆきそうな思いをわざと停止し、仏壇の前にて目を閉じ手を合わせた。
◇
チャンネルを変えられるボタンを押したその時、目的としていた名が聞こえてきたのだ。
鈴夜は放心する。先程突き刺さった凄惨な報道は、緑本人が関わる物だったのだ。しかも被害者として、殺されたというのだ。
そしてもう一つ、同じ枠に並べられ共に声にされた名前に、鈴夜は衝撃が隠せなかった。
[死亡したのは、鈴村緑さん25歳と、高河勇之さん23歳で、二人の関係、詳しい事情は現在調査中です。容疑者の断定は出来ておらず―――]
放心してしまう。突然の事過ぎて、理解に苦しむ。
緑と勇之が死んだ? 誰かに無惨に殺されて?
鈴夜は蹲った。渦巻く感情が呼吸を荒らす。
直ぐそこを歩いていた医師が、同じ待合室にいた人間に呼ばれたのか手を引かれやってきた。
「君、大丈夫か?落ち着いて?」
具体的な内容もなく、ただ心は必死に恐怖を叫んでいる。様々な事が急すぎて、心を癒す暇等与えてくれなくて、もうどうしたらいいか分からない。
「鈴夜!?」
淑瑠の声が聞こえてきて、その体に触れる。だが、その顔色まで伺う事はできなかった。
「…ごめ…ん…」
鈴夜はただ声が溢れるままそう言っていた。脳内は真っ白で何も考えられない。
「だ、大丈夫だよ、大丈夫だから」
◇
美音は両手で拳を作り、依仁の胸元を何度も叩いていた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「信じない!そんなの信じない!」
「でもそれが事実なんだよ…!」
先程依仁は、淡く漂う事件の匂いに勘付き、携帯でその名を検索していた。
まさか無いだろうと思った矢先、現れた幾つもの項目と、ちらちらと見える事件内容に、依仁も驚きが隠せなかった。
そして同時に、勇之の名も並んでいた事で依仁は混乱に陥ってしまった。
互いに殺しあう姿は容易く想像できるのに、二人が共に殺される現場は微塵も描けない。
だが誰かに殺された。恐らくは被害者に。だがそれだと、少し気になることがある。
依仁は号泣し叩き続ける美音を他所に、サイトのページへと飛んでいた。
◇
暫くして呼吸が整ってきた為、近くの簡易ベッドにて少し横になる事になった。どうやら過呼吸を起こしてしまったらしい。自分の弱さにまた失望する。
淑瑠の暗い顔が見えて、また迷惑をかけたのだと悟った。だが、いつもみたいに笑えない。知ってしまった事実が、深々胸を抉り続ける。
どうして二人が殺されなければならないのか分からない。あまり話していない緑も、意地悪な勇之も死んで欲しくは無かった。
死ぬくらいなら、苛められていても良いというのは嘘になる。けれど、こんな事態を望んではいなかった。
緑にも、ちゃんとその理由を聞きたかった。
それに彼は、最後に話をした時、事件に巻き込まれる事に恐れを抱いていると発言していた。それなのに、無残に殺されたなんて。
恨みを募らせた被害者が、殺したのだろうか。それか、もしかして依仁が殺したのか。
鈴夜は急な思い付きがどうにも否定できず、気持ち悪さに胸を震わせる。
何にせよ、またCHS事件の所為で人が死んだんだ。
事件はいつまで、どれだけ人を殺せば済むんだろう。やはり、生き残りがいなくなるまでなのか。
自分も含めた生き残りがいなくなるまで。
考えていると、一旦は整った息がまた苦しくなってきた。
「鈴夜、鈴夜」
「…ごめん、ごめん…」
鈴夜は泣きながら、また呼吸を乱した。
進まない食事を目の前にしながら、鈴夜は顔に影を浮かべていた。無理矢理食事を胃に詰め込もうと考えるだけで、もう気分が悪くなってくる。
抱える問題はいつ解決するのだろうか。10年後も同じ悩みに苦しんでいるとは考え難いが、時間の経過は怖ろしい物も運んでくる為、早く経過して欲しいとは思わない。
今は唯、時が止まってほしいと思った。
ノックの音が響く。普段聞かないノックの仕方に、鈴夜は恐る恐る扉を見据えた。
「水無さん、お久しぶりね」
「お、大塚さん…」
入ってきたのはねいだった。制服を身に纏っていて、今日は一人らしい。鈴夜は直ぐに箸を揃えて置いた。
こんなタイミングで何の用だというのだろうか。事情聴取でもされるのだろうが、何についてか分からない。
志喜の事故の件か、飛翔の件か、それとも自分の件か。何にせよ、心が拒否を膨らませている。
「今日はひとつ、貴方に伝えにきたの」
「えっ?」
想定外の切り出しに、鈴夜は声を漏らしていた。だが、ねいから滲み出す雰囲気に、思わず息を呑む。
「……貴方を殺そうとした犯人が分かったわ」
「……え…」
鈴夜は口を押さえていた。衝撃が隠せない。どんどん鼓動が早くなってゆく。
「吃驚するだろうけど、この先聞きたい?」
ねいの前置きに、鈴夜は一気に脳を回転させた。
驚く内容だという事は、知人なのかもしれない。それだったら辛すぎる。
それに、いざ犯人が分かった所で自分はどうすればいいのだろうか。赦すのか、責めるのか、今まで通りに過ごすのか。
でも、犯人が捕まれば、もう突然の奇襲に怯える必要はなくなるだろう。いや、多分減るだけでなくなりはしないな。
ぐるぐる回る思考が最終的に選んだ答えは¨知る¨方だった。怖いが、矢張り知っておきたいと思ったのだ。
「……だ、誰ですか…」
「鈴村緑って男よ」
絶句した。淡々と発された名詞が、何度も鳴り響く。依仁の予想は、正解だったのだ。
あまり会ってはいないが、幾度か会話をした時の事を思い出した。その時には決して悪い印象はなかったが、まさか本当に犯人だったなんて。とても悲しくなる。
「……なんで、でしょうか…?」
「詳しくは分かっていないけれど、彼も事件の関係者なの。恐らくは、殺される事を恐れて殺そうとしたって所でしょう」
またも下された衝撃の内容に、鈴夜は付いてゆけなかった。
やはり自分の事件もCHS事件に関わっていたのだ。推測は間違いではなかった。
「多分、だけど」
曖昧な締めくくりから、それが緑の口から出た直接的な証言では無いと鈴夜は考えた。
「……まだ捕まってないんですか?」
悲しげに眉を顰める鈴夜を見て、ねいは分かり辛いが少しだけ目を丸くする。
「…ニュース、見ていないのね」
「……ニュース?」
鈴夜は一気に湧き上がる恐怖に、無意識にシーツを握った。
「見てみるといいわ。それでは私はこの後用事があるので失礼します。何か分かり次第報告するわ、じゃあ」
直接その目で確認しろと促される事自体が、焦らされているようでとても怖い。
ねいは軽くお辞儀すると、早足で部屋を出て行った。
鈴夜は早速ニュースを確認する為、待合室へと向かった。
目的のニュースが報道されているかは不明だ。しかしそれでも胸のざわつきが抑えられず、来てしまった。
辿り着き次第立ったままニュースを見ると、番組は凄惨な殺人事件を報道していた。
どうやら今は、このニュースがトップになっているらしい。
[――被害者の男性等は、両手首を拘束された状態で、刃物で数十ヶ所刺されており、現場は血のーー]
やってきて早々に目の当たりにした報道に、鈴夜は気分の落ち込みを感じた。
事件の報道は、小さくても胸が痛くなる。と同時に自分の時の事も思い出し、怖くなってしまうのだ。
緑のニュースを探そうと、周りに許可を取りチャンネルを変えようとしたその時だった。
◇
柚李は自宅にてニュースを眺めていた。先程から何度も何度も流れ続ける事件の報道に、溜め息しか出ない。
地域名など一部規制が掛かっている部分もあるが、大方は大胆に情報が曝されていて、直ぐに状況は把握できた。
暫くの間ニュースを眺めていたが、己が不快感を覚えている事に気付きチャンネルを変えた。
だが、その先にあった幾つもの系列で事件は扱われており、最終的に柚李はテレビを消していた。
――全く持って笑えない。
¨血の海¨その単語を聞くと、どうしてもCHS事件の事を考えてしまう。
直接は見ていないが、本やネットで見た何十枚の事件後の現場写真からのイメージなどで、何回も場面を想像して来た。
その度に脳内に現れるのが¨赤色¨なのだ。そして聞こえてくる仮想の悲鳴に、被害者の怯え恐怖する表情。
そのどれもが不快感と憎しみを柚李に齎した。大事な人を奪った加害者を絶対に赦さないと強く思わせる。
だからきっと、これで良かったんだ。これは決して無駄なんかじゃない。自業自得なのだから、加害者達に慈悲なんて抱いてはいけないんだ。
柚李は矛盾してゆきそうな思いをわざと停止し、仏壇の前にて目を閉じ手を合わせた。
◇
チャンネルを変えられるボタンを押したその時、目的としていた名が聞こえてきたのだ。
鈴夜は放心する。先程突き刺さった凄惨な報道は、緑本人が関わる物だったのだ。しかも被害者として、殺されたというのだ。
そしてもう一つ、同じ枠に並べられ共に声にされた名前に、鈴夜は衝撃が隠せなかった。
[死亡したのは、鈴村緑さん25歳と、高河勇之さん23歳で、二人の関係、詳しい事情は現在調査中です。容疑者の断定は出来ておらず―――]
放心してしまう。突然の事過ぎて、理解に苦しむ。
緑と勇之が死んだ? 誰かに無惨に殺されて?
鈴夜は蹲った。渦巻く感情が呼吸を荒らす。
直ぐそこを歩いていた医師が、同じ待合室にいた人間に呼ばれたのか手を引かれやってきた。
「君、大丈夫か?落ち着いて?」
具体的な内容もなく、ただ心は必死に恐怖を叫んでいる。様々な事が急すぎて、心を癒す暇等与えてくれなくて、もうどうしたらいいか分からない。
「鈴夜!?」
淑瑠の声が聞こえてきて、その体に触れる。だが、その顔色まで伺う事はできなかった。
「…ごめ…ん…」
鈴夜はただ声が溢れるままそう言っていた。脳内は真っ白で何も考えられない。
「だ、大丈夫だよ、大丈夫だから」
◇
美音は両手で拳を作り、依仁の胸元を何度も叩いていた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「信じない!そんなの信じない!」
「でもそれが事実なんだよ…!」
先程依仁は、淡く漂う事件の匂いに勘付き、携帯でその名を検索していた。
まさか無いだろうと思った矢先、現れた幾つもの項目と、ちらちらと見える事件内容に、依仁も驚きが隠せなかった。
そして同時に、勇之の名も並んでいた事で依仁は混乱に陥ってしまった。
互いに殺しあう姿は容易く想像できるのに、二人が共に殺される現場は微塵も描けない。
だが誰かに殺された。恐らくは被害者に。だがそれだと、少し気になることがある。
依仁は号泣し叩き続ける美音を他所に、サイトのページへと飛んでいた。
◇
暫くして呼吸が整ってきた為、近くの簡易ベッドにて少し横になる事になった。どうやら過呼吸を起こしてしまったらしい。自分の弱さにまた失望する。
淑瑠の暗い顔が見えて、また迷惑をかけたのだと悟った。だが、いつもみたいに笑えない。知ってしまった事実が、深々胸を抉り続ける。
どうして二人が殺されなければならないのか分からない。あまり話していない緑も、意地悪な勇之も死んで欲しくは無かった。
死ぬくらいなら、苛められていても良いというのは嘘になる。けれど、こんな事態を望んではいなかった。
緑にも、ちゃんとその理由を聞きたかった。
それに彼は、最後に話をした時、事件に巻き込まれる事に恐れを抱いていると発言していた。それなのに、無残に殺されたなんて。
恨みを募らせた被害者が、殺したのだろうか。それか、もしかして依仁が殺したのか。
鈴夜は急な思い付きがどうにも否定できず、気持ち悪さに胸を震わせる。
何にせよ、またCHS事件の所為で人が死んだんだ。
事件はいつまで、どれだけ人を殺せば済むんだろう。やはり、生き残りがいなくなるまでなのか。
自分も含めた生き残りがいなくなるまで。
考えていると、一旦は整った息がまた苦しくなってきた。
「鈴夜、鈴夜」
「…ごめん、ごめん…」
鈴夜は泣きながら、また呼吸を乱した。
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