Criminal marrygoraund

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【2】

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 鈴夜は薬の説明を聞いて、また憂鬱になっていた。
 前回は睡眠薬を受け取ったのだが、今回は安定剤を処方した、との事だ。その中でも抗不安剤に当たるものらしい。

 ただ、安定剤は不眠患者によく処方される薬でもあり、心配する必要は無いとも説明に加えられた。
 それと共に、食事ごとに飲むと指定の薬品も受け取った。

 自分が可笑しくなっている自覚のあった鈴夜は、薬袋の中の現実感に、深い溜め息を吐いた。 


 柚李の用事先は明灯の家だった。今日は用件も無かったが、前々から会おうとの話になっており来ていた。

 会話は殆ど生まれず、落ち着いた雰囲気の中で珈琲を啜る。柚李のはミルク入りで、明灯はブラックだ。
 目を伏せる明灯は、やけに静かで表情に覇気が無い。元々乏しいのは乏しいが、今日はいつもよりも顔色が悪く見えた。

「明灯さん、何かありましたか?」
「ううん、何も」

 明灯は柚李の視線に気付き、にっこりと微笑んだ。いつもの笑顔だ。

「…高河さんの事ですか?」
「…ううん」

 だが、その笑顔の中に、無理が潜んでいるのが柚李には分かった。きっと事件後で忙しくしていて、疲れているのだろう。

「…約束、取り止めれば良かったですね。私帰りましょうか」

 今日の約束も、柚李から取り付けたものだった。独り身だとどうも寂しくなり、話し相手が欲しくなるのだ。

「…いや、いいよ、大丈夫、ごめんね口数少なくて」

 明灯は小さな理由を洞察したのか、何気なく言い当てて見せた。柚李は、ちっぽけな理由に付き合わせてしまった事に、淡い罪悪感を落とす。

「いいえ、考慮できなくてすみません」
「ううん、私も居てくれると嬉しいから」

 何気なく表現された明灯の本音を、柚李は微笑み受け容れた。純粋な嬉しさが包み込む。

「……お代わりいただきます」

 場を切り替えようとポットに手をかけたが、中身が無いのに気付いた。明灯も柚李の様子から直ぐに悟る。

「新しいの作ってくるね」
「お願いします」

 部屋に一人残されて、柚李は小さく溜め息を零した。仏壇に添えられた花を見詰めながら。


 美音と淑瑠は、淑瑠の入れたココアと共に、デザートを食べながら話し込んでいた。

「お仕事復帰されたんですね、だから鈴夜さんに会えなくなってしまったと…」
「そうなんだよ、全然姿が見れて無くて。いや会ったのは会ったんだけど、あまり話せて無くて…」
「それは寂しいですねぇ」
「…そうだねぇ」

 復帰してもう半月ほどになるが、その間鈴夜に会えた日は数えるほどしかない。毎日会っていた頃とは打って変わって、会えない日の方が多くなってしまった。

「……会えないのは寂しいですよね…」

 急に変化を見せた雰囲気に、淑瑠は一瞬困惑する。だが美音の浮かべた笑顔に変化は無かった為、直ぐに平静に戻った。

「…死ぬなら、一緒に死にたいですよね…」

 しかし、変化は気の所為ではなかったらしい。美音が困り笑いを浮かべながら、そんな事を言ったのだ。

「……どうかした?」
「まぁちょっと、でも大丈夫ですよ」
「………そう」

 恐らく大事な人でも亡くしたのだろう、と淑瑠は推測した。
 樹野同様、緑の事は殆ど知らず、美音が妹だという事も知らなかったため、事実に行き着くことは無いのだ。

「…自分を追い詰めないでね…?」
「…はい、有り難う御座います」

 若干15歳の少女の負っているであろう傷に、淑瑠は悲しげな瞳を向けた。


 鈴夜は病院を出た所で静止してしまっていた。不意にとある事が気になってしまったのだ。
 振り切って帰宅しようとも考えたが、どうしても振り切れず、迷った末に反対方向へと足を向けた。
 ―――病院の裏側、最期に岳の居た部屋がある。

 鈴夜は現場に来た瞬間、口を塞いでいた。実際目の当たりにしていなかった為、岳の死を俄かに疑っていた部分があったが、それは脆く崩れ去る。

 現場に、乾いた血跡が広がっていたのだ。それも広範囲に及んでいた。
 清掃はされていたが、拭いきれない跡が残っていた。
 鈴夜は込み上げた吐き気に耐え、踵を返した。 


 台所から皿の落ちる音が聞こえてきて、柚李は軽く疑問符を浮かべた。だが直後から音は無くなり、静けさだけが流れだす。静かになればなるほど、段々と不安が大きくなる。

「…あ、明灯さん?どうしました…?」

 ゆっくりと扉を開くと、明灯は蹲り、首元に手を当て呼吸を乱していた。喘鳴音が酷い。
 机に置いてあった皿が滑り落ちたのか、テーブルクロスごと何枚か落ちて割れている。
 柚李が駆け寄ると直ぐに、明灯の声がぽつりぽつりと聞こえてきた。

「…部屋…に…吸入…器が…」
「部屋!?部屋ですかどこの!?」
「…突き当た…り、パソコンの、前…」

 放置する事に抵抗を持ちながらも、柚李は直ぐに指定の部屋へと駆け出した。


 帰宅して早々、鈴夜はまたカッターナイフを握っていた。傷つける範囲は広がってゆき、今では手首から関節辺りまでを、何本もの傷が覆っている。

 疾走して帰宅した事も重なり、呼吸の整わないまま強く強く切り裂いてゆく。傷の上に雫が落ちて、薄まった血が机上に落ちた。
 ぽたぽたと落ち、繋がってゆく血を見ながら、鈴夜は苦痛に表情を歪めた。


 柚李は、見慣れぬ部屋に躊躇無く飛び込んだ。部屋には、綺麗に纏められたたくさんの書類や数々のダンボール、病気や薬物や事件などを扱う本から分厚いアルバムなど、色々な物が規則正しく置かれている。

 規則正しい配列のお陰で、パソコンを直ぐに見つけることが出来た。しかし、パソコンが一台だけでは無かった事に躊躇う。
 だが、パソコンの回りも綺麗に保たれており、吸入器らしき物はすぐに見つかった。
 柚李は手に取ると、すぐさま明灯の元へと戻った。

「明灯さん!これですね!」

 手渡すと即刻、明灯は吸入器を使用し薬品を吸い込んだ。だが即効ではない為、少しの間苦しそうにしていた。

「………ありがとう、ごめん…」

 落ち着いてくると直ぐに、明灯は柚李を見て微笑んだ。明灯の顔色はまだ悪かったが、柚李は溢れ出す安堵感に満たされてしまった。

「………良かった」
「………情けないとこ見せたね」

 明灯はゆっくりと立ち上がる。その姿も芯があり、不安定さは見当たらない。本当に一時だけだったようだ。

「…そんな事ないです、ご病気なのですか?」

 明灯は割った皿を片付ける為か、ビニール袋を手に取った。

「ううん、ただの喘息。忙しかったりすると出ちゃって」
「…そうですか、大変だったのですね」

 普段と変わらない様子で拾い出した明灯を見て、柚李も共に屈み手伝おうとしたのだが、明灯が手振りだけで止めた。


 鈴夜は医師の説明通りに、抗不安剤を服用していた。すると、不思議な事に靄々した気持ちがゆっくりと消えて行き、代わりに眠気が襲って来た。
 鈴夜は食事を取る事も忘れて、ベッドに身を預けた。
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