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第1章 血液の渦
8/15 19:48
しおりを挟む「おやすみも言わずに切っちゃたよー。クール女子決めたつもりなのかなあ。うさぎさんはどう思う?」
ゆずこは、ベッドに横たわった手足の長いうさぎの抱き枕にそう語りかけた。
「うさぎさん、うさぎさん」
自分で作った意味のない歌を口ずさみながら、部屋のカーテンを閉める。
「どうやらあたしは『赤い部屋』の呪いをかけられてしまったようです。うさちゃん、なにか助かる方法ありませんかっ」
ゆずこはふわふわしたうさぎの右手を、ぴょん、と上げて、一人芝居を始めた。
「はい、ゆずこせんせ! いい方法があります! ……なんでしょうかうさぎさん? ——誰かに代わりに広告をスキップしてもらえばいいと思います! ……おおー! そうすれば『赤い部屋』の呪いを代行して受けてもらえるわけですね! ——はい! ゆずこせんせ、ボク偉いでし? ……うさちゃんえらいでしー!」
うさぎを抱き抱えたまま、タブレットの画面を覗く。
「なるほど、さっきまで思いつかなかったなあ。でも、スキップした人が殺されるとは限らないもんね。……あ! わかった! うさちゃん、スキップしてみるでし?」
ゆずことうさぎの目があう。ゆずこはぷるぷるとかぶりを振る。
「あたしの代わりとはいえ、かわいいうさちゃんにやってもらうなんて、やっぱり間違いかあ」
ぬいぐるみの黒い瞳が、きらきらと輝いているように見えた。
「あ! でもでも、うさちゃんには命が宿っていない。つまり、殺されようがない! ははー、あたし賢い!」
ゆずこの頭の中に、ふと莉子の怪訝な表情が浮かぶ。
「うー、でも莉子の仮説によれば、スキップしちゃうと殺人者がここに来るんだよねえ。まあ、侵入を防げば殺されることもないっしょ。何かあれば電話すればいいんだし」
ベッドから立ち上がり、部屋の内鍵をかける。窓にもロックがかかっているのを確認して、カーテンを閉める。
「うさちゃん、じゃああたしの代わりに動画をスキップしてくれるかなー? ——えーい、ゆずこちゃんの頼みとあらば仕方なーいっ。……ほんと? やったー! じゃあ早速、右手を拝借しまーす」
うさぎを抱えるような格好になって、タブレットの目の前まで移動する。残り時間はゆっくりと、しかし着実に減り続けていた。その表示の上に、「広告をスキップ」が押してくれとばかりに大きく表示されている。
「あなたは好きですか……か。どんな意味があるんだろうねえ」
ぬいぐるみの手の先を、「スキップ」の上にかざす。
——どうしよう。押した瞬間うさぎちゃんがバラバラになってしまうのかな。まあでもそんなの、映画の中だけの世界だよね……。
考えれば考えるほど、恐怖は増幅される。もしも、が現実になってしまったらどうすればいいだろう、と。しかしゆずこは、
——心配事なんて90%ぐらい現実化しないんだから、考えるだけ損だよな。
そう自らに何度も言い聞かせた。だが微細な手の震えを抑えることができなかった。
「大丈夫!」
ゆずこは鼻から腹一杯空気を吸い込んだ。そして口からゆっくり吐き出す。
「なせばなる! なるようになる、なにごとも! いきまーす!」
ぬいぐるみの手の先で、ちっとも怪しまずに、「広告をスキップ」に触れた。
動画が一旦暗転した。そして、読み込み中を表す白い円が中央に表示された。
「——あはは」
ゆずこは拍子抜けして乾いた笑い声を立てた。
「うさちゃーん! やっぱりうさちゃんやるうー! あたし、呪いから生還したぞーっ! すぐに莉子ちーに電話、電話っと」
言いながら、うさぎをベッドの上に座らせ、スマートフォンを手に取り、通話アプリを開く。
「あれ? 発信できない……ん? 圏外?」
スマートフォンの画面にアンテナの表示がない。
「これってどゆこと……」
するりと手からスマートフォンが抜け落ち、フローリングに当たって鈍い音を立てる。ゆずこはその後で、自ら右手の異変に気付いた。
小指の爪の付け根の部分に、小さな指輪をはめたような赤色の円が現れた。
「え」
円は指の内部にめりこむように肉を締め込む。加圧に耐えられなくなった皮膚が裂け、爪が歪んでゆっくりと剥がれる。
腫れ上がるような激痛に、ゆずこは喉の奥から搾り出すようなうめきを漏らす。左手で右手を押さえ、痛みを和らげようとするが、どうにもならない。円は骨まで到達し、さらに強い力で骨を切断しようとする。
「い、いっいい、いっ……」
歯を食いしばり、今度は右手を押さえるのではなく外側に向かって振る。骨と神経に食い込んだ円はさらに狭まり、完全に小指を切断する。振っていた右手から小指の先端1センチがぽろりと落ちて床に転がった。転がり、持ち主を失った指は、悶えるようにひくひく震えている。小指の関節から一定の間隔をおいて、冷水機が水を噴くような細く弱い水勢の血潮が落ちていく。焼いた鉄鋏を当てられているかのような信じがたい痛覚が、一気にゆずこの体温を上昇させる。痛みに感覚の全てを奪われたゆずこは、かろうじてこう考えた。
——赤い部屋が、殺しに来た。
その時、左手にもチクっと刺すような痛みがあった。見れば、今度は中指の第二関節に赤い円が現れている。それが暗に示すものは、じゅうぶん想像がついた。
「逃げ……っ」
ゆずこは出血に伴った熱で眩暈を催しながら、よろよろと部屋のドアノブに手をかけた。鍵がかかっている。
円が肉を締めつけはじめる。血の滴る右手で内鍵をつまむ。カチッという音がした。するとそのまま、内鍵のつまみが床に落ちた。混乱したままノブを強く引っ張る。さほどの力でもないがノブも外れて、その反動でゆずこは尻餅をついた。
指の関節にめり込んだ円は右手と同じように指の中に侵食し、関節部の骨をするすると切っていく。ゆずこは皮肉にも見えない殺人者による所業を見ているしかできない。電気が走るような痛みがあって、指先が手から離れていく。
「いや、いやあーっ!」
ゆずこは口角から泡を散らしながら、力の限り絶叫した。誰に届けるでもない悲鳴が、部屋の中だけに響いた。
激痛を堪えて立ち上がり、ドアに体当たりする。だがまるでドア自体が頑丈なつくりになっているかのように、びくともしない。
と、突然足に痛覚が走り、ゆずこは再び転んだ。ショートパンツから剥き出しになった右足の、足首より少し上の箇所に、赤い線が認められた。
「いやっ、いやっ!」
血色の悪い顔を、横に振る。だが、赤い線は決して容赦しない。ミサンガのように巻かれた円状の線は、脚の硬い皮膚に食い込む。肉切り用のワイヤーぐらいの強さをもって、ぎり、と肉を裂く。
ゆずこの両目はだんだん意味を成さないパーツになっていった。斜め上にひん剥いて、今にも気絶しそうなかたちになっていた。
足の円が、腱を切断し、骨まで到達する。少しゆるやかな間合いで太い骨の上を硬い線がすべる。
「ああ、あっ、ああっいっ」
足がフローリングに落ちると、指とは比べものにならないぐらいの血糊が大胆にふき出す。止血する術もなく、茶色にコーティングされた木目の上に鮮血が広がっていく。
突然、ゆずこの意識にインスピレーションが舞い降りる。
——タブレット!
それだけが、唯一事態を変えることのできる鍵であるように思えた。部屋の中を這うようにして、机の上に置かれたタブレットを取ろうとする。だがそれは、片足を失ったゆずこには容易ではなかった。立ち上がれないのだ。ベッドに血だらけになった片手をついて、机の上に手を伸ばす。腕の関節を捻って床に転げる。もういちど、動作を繰り返す。再びフローリングに崩れる。そしてもう一度。転がったゆずこのそばに、タブレットがあった。
その時、ゆずこはタブレットに映ったものを見てしまった。双の目がいっぱいに開かれ、つり上がった眼球がせり出す。
——これは……。
次第に意識が正常に保てなくなり、半ば強制的に全ての感覚が飛ばされた。
呼吸が深くなり、強烈な悪寒に冒される。大量失血したゆずこの肉体は、目を上に向けたまま、16年の生涯を終えた。
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