ラヴィ

山根利広

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七年前 四

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 その日も中路シュウサクの出欠欄に「○」が書き込まれた。


 マリナは、一時間目が始まる前から塞ぎこんだ表情だった。ユキはその顔を覗き込んで、

「マリナ、大丈夫? 具合悪そうだよ?」

「いいの、なんともない」

 それ以上なんとも言わないマリナに、ユキは彼女を追及しないことにした。マリナが心配していることは、なんとなく諒解しているつもりだったからだ。

「よし、始めるぞ。教科書の四十五ページを……」

 登壇した教師を前に、生徒たちはめいめいノートと教科書を取り出し、開いた。マリナも同じようにした。その音が、彼女の耳にはやけにうるさく感じられた。チョークが黒板を叩く音。ページを捲る音。発表者が椅子をずらして立ち上がる音。その全てが。

「——少年の思いは飛躍しやすい」

 ぼそぼそと、声が聞こえた。マリナは幾度となくその内気な声を耳にしたことがあった。

 空白になったはずの机の方に、自ずから見開かれた目が向いていく。そこには教科書を両手で開いているシュウサクの姿があった。

「そんな……」

 マリナは震えながら、椅子ごと後退りした。シュウサクはそれを見てニッと口角を吊り上げ、

「ぼくは生まれるということが、まさしく受身である訳をふと諒解した——」

 そうマリナに向かって告げた。マリナは過呼吸状態に陥る。胃液がせり上がってくるのが感じられる。

 ——わたしの体操服とボールペンを奪って卑猥な行為をして自殺したのは、この男。

 ついに吐き気を抑えられなくなったマリナはその場で黄色い液体を吐いた。ねばねばした胃液が口を押さえた手から滴る。

「おい、遠井! どうしたんだ、いきなり」

 教師も驚いた様子でマリナのテーブルに駆け寄る。

 マリナは目を上げてシュウサクの席を見やる。


 そこには、誰もいなかった。


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