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七年前 八
しおりを挟むマリナはぼうっとしていた。ぼうっとしているが故に、邪念がそこにわずかでも這い寄って来れば、それに意識を奪われてしまいそうだった。
なにをするでもなかった。静かに消えてしまいたかった。マリナは部屋の窓を開ける。ここから落ちても死にはしないだろう、などと考える。
「いや、死んでしまうよりいい方法があるはず」
彼女はそう独りごちた。本棚に歩み寄る。そこに並べられた本の中に、まだ「人間の記憶と体細胞について——人間機械論的一考察」があった。
彼女はそれを引っ張り出して、なにか邪悪なものでも見るように、蔑むような目を本に向けた。表紙を捲る。目次が出てくる。
ページの上の端をつまむ。ゆっくりと下に下ろす。ページがぴんと張って、やがて耐えきれなくなり破れる。ピリ、と音を立てながら緩やかに破れるページ。完全にそれを剥ぎ取ると、マリナは床にページを放った。
「ふ、ふふふ」
彼女は腹の底から込み上げる笑いをおし殺す。おかしいような、それでいてどこか美しいような行為に思えた。次のページも端をつまみ、花びらを剥ぎ取るように丁寧に破く。
次から次へ床にページが舞い落ちる。やがて全てのページが欠落し、マリナは満足したように本を床に置いた。
「さあ、これはどうしようかな……」
マリナはあれこれ考えた。燃やす。土に埋める。袋に入れて保管する。いや、一番いい方法は……
マリナはそこで目覚めた。また夢を見ていたのだ。時刻は朝の七時。睡眠薬にはやはりそれなりの効果があるらしかった。
部屋に異常がないか、ベッドの上から確認する。特に変わったことはないな、と思った矢先、床に落ちていた紙片が目に入った。
……人間の全ての体細胞が、ある一定の期間、すなわち七年間でゆっくり、しかしきっかり新しい体細胞に作り替えられてしまい、もとの細胞から脱却してしまう、という結果に基づき……
ふと本棚を見遣る。あの本がなかった。
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