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三章.サロン・ルポゼで雨宿り

三章 サロン・ルポゼで雨宿り⑱

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 母の声色が少し低くなって、不安感が一瞬で募った。次は何を言われるのだろうか……スイは思わず息を飲んだ。

「ユアちゃんは学校時代、スイが堕ちながらも必死に勉強しているところを見て、近くに居たいと思った。スイはその時のユアちゃんを”支えてくれた”っていうけど、今はあの頃の恩返しみたいな感覚でいるのかもしれないって。好きという感情じゃなくてね。だから自然と距離を取ってしまうんだって」

「ユアがそんなことを?」

「ええ。そう思わせちゃったなら私のせいでもあるわね。私の病気で、あなたを追い込んでしまったもの」

「母さんのせいじゃないよ。俺がちゃんと向き合っていなかっただけだから。これからは本心で接するように意識する」

「そうね、好きならちゃんと守ってあげなさい。仕事のせいにして、ユアちゃんを不安にさせちゃダメよ」

 重みのある母からの助言をもらったスイは、少しだけ話をした後、小一時間滞在した病室を後にした。
 ここに来る時は湿っていたアスフォルトも、今ではすっかり乾いている。
 今日一度も開いていない傘をしっかりと握ったスイは、家の方向までゆっくり歩くことにした。
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