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四章.サロン・ルポゼは定休日

四章 サロン・ルポゼは定休日⑰

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「ところで、今年のセラピストコンペティション、君も出場するのかい?」

「いえ、今年は出るつもりありません」

「そうか、去年は君に上手く出し抜かれたからな。今年はウチのスタッフが必ず取らせてもらうよ。とはいえ、君が出場しないなら面白みに欠けるがね」

 セラピストコンペティション……全く聞いたことがない単語が出てくると、一気に置いて行かれたような気分になってしまう。
 セラピストの大会なのか……みなみはわからない中でも、何となくイメージをしている。
 それよりも、とにかく樋爪といる空間から、抜け出したいと考えていた。
 なにか支配されているような、実権を握られているような……説明しにくいオーラを樋爪は身に纏っていて、居心地が悪いのだ。

「みなみ君、君が出場したらどうだ? コンペティションは資格試験の後に開かれる。つまり、君にも出場資格があるということだ。大きなスキルアップにも繋がるぞ。それにね……今年はウチから、ユア君を出場させようと思っている。どうだ? 面白いだろう!?」

「え?」

 スイが、みなみの隣で、微かに呟いた。
 同時にユアという人が誰なのかが、みなみにはあっさり見当がついた。
 スイの彼女は、この店長の下で働いているということか……間違いなくそういうことだろうと、みなみは確信している。
 この神妙な空気を最初に打ち消したのは、状況を把握していない二階堂だった。

「ごめんごめん! 野菜おすそ分けしようとしたんだけどさ、全部使っちゃったの忘れてた!」

「大丈夫ですよ二階堂さん」

「いや~ごめんね……ってあれ、もしかして樋爪さん?」

「はい、お無沙汰しています。ルルシュ渋谷本店、店長の樋爪です。急な配送トラブルということで、こちらとしてもとても迷惑でして」

 二階堂が断ち切ってくれた嫌な空気が、またしても漂ってくる。
 それを察したスイも、ゆっくりと出口の扉まで後退りし始めた。
 みなみもスイの真似をしながら、音を立てないように努める。
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