上 下
125 / 186
七章.サロン・ルポゼと涙雨

七章 サロン・ルポゼと涙雨⑯

しおりを挟む
 体は弱っているはずなのに、文字には力がこもっている。
 スイがどれだけ愛されていたか……この手紙に表されていた。
 みなみは、店の前でしゃがみ込んでいるスイのもとへ、急いで向かった。

「スイさん!」

 構うことなく濡れているスイを呼んでみるも、体育座りのまま顔を伏せていて動かない。
 もう一回呼ぶと、そのままの体勢で静かに話し始めた。

「何でもっと施術してあげなかったんだろう」

 こもった声と雨音が相まって、僅かにしか聞こえない。
 それに反して、みなみは大きな声で返答する。

「スイさんはずっと施術してたじゃないですか!」

「もっとだよ、もっとしてあげたかったよ」

「スイさん! 思い出してください! お母様は生前何て言ってたんでしたっけ!?」

 その言葉が届いたのか、スイはむくっと顔を上げた。
 そして、思い出したように答える。

「あなたの好きなことをやりなさい」

「はい。スイさんの好きなこと、それはリフレクソロジーなはず。そしてここはサロン。好きな場所の前で、そんな悲しい姿はお母様も望んでないと思います」

「そうだね……」

 またしても何のフィルターも通さず、みなみは思ったことをそのまま言ってしまった。
 いつも反省するのに、どうして直らないのだろうか。
 スイの気持ちも考えずに、づけづけと発言してしまって……唐突に襲われる自己嫌悪が、悔し涙として表れた。
 涙を隠すのに必死になっていると、後ろから温かい体が、みなみを抱きしめた。


「スイ……さん?」

「ごめん、しばらくこのままで居させて」


 何が起こっているか、飲み込めないまま小一時間が過ぎた。
 みなみの耳元では、スイの鼻水を啜る音が鳴っている。
 みなみが頭部付近で感じている冷たさは、涙か雨かハッキリとはわからなかった。
しおりを挟む

処理中です...