上 下
92 / 173
# 秋

クリスタル③

しおりを挟む
「そう、皆様が何気なく潰していたその老廃物こそ、クリスタルなのです。体外に排出されなかったデトックスが、足裏に溜まります。それをリフレクソロジストの指で血流に戻してあげ、また尿として外に出る。それがリフレクソロジーにおけるメカニズムの一つです」

 いつになく真剣に聞いていた授業内容は、すんなりと頭の中に入っていった。
 リフレクソロジーの原理を深く探ろうとしなかった自分が、不思議に思う。
 それくらい実技について行くのが必死で、知識の勉強を疎かにしてしまった。
 戸部君も『なるほど』と何回か頷きながら、テキストに赤マーカーで線を引いている。

「老廃物ではなくて、クリスタルを探す。そっちの方が美しく感じますよね。お客様の老廃物は、私たちにとってのクリスタル。そう思って、足裏に溜まるお疲れ物質を探していきましょう」

 先生は今日の授業を、そう言って締めくくった。
 その後の自主練から、みんながクリスタルという単語を、得意げに使い始める。
 『なんかコリコリしている』なんて時代遅れの言葉を使う人は、誰一人いなくなった。
 また一つ成長できた気がして、帰宅中もつい鼻歌まじりになる。

 イヤホンをしながら帰りの道を歩いていると、後ろから誰かに触れられたのを感じた。
 反射的にその方向を振り返ると、忘れられない美しい女性が、目の前に立っている。
 私はイヤホンを外すのを忘れて、その人の名を呼んだ。

「岸井さん?」
 
 目を細めながら頷くと、何かを話し出そうとしているのが、口の動きでわかる。
 瞬発的にイヤホンを外して、一度会話を仕切り直す。
しおりを挟む

処理中です...