上 下
110 / 173
# 秋

文化祭⑩

しおりを挟む
 またしても数秒、時が止まった。
 あの時と同じ目? 今度こそ本気で理解ができない。
 戸部君は何を頼りに判断しているのか、攻撃的に聞いてしまった。

「どういうこと? 私がどんな目をしてるっていうの」

「なんだか大きな壁を見つめるような、険しくて悲しい目をしているんだよ。花火大会の時と同じ目だ。だから、もしかしたら今日ステージで踊っていたのは、林田勇気なのかもしれないって思ったんだ」

 攻撃的だったはずなのに、戸部君の返答に何も返すことができなかった。
 言われた通り、私とユウキの間には壁がある。
 岸井さんという大きな壁が。
 その壁を見つめている時の目が、戸部君には伝わっていたってことか。


「俺は……そんな悲しい目にさせないけどな」


 俯き気味に変わった戸部君が、弱々しい声を出した。
 何が言いたいのか飲み込めない私は、もう一度言ってもらうように聞き返す。

「どういう意味?」

「だから、俺ならそんな悲しい目にさせないって言ったの。壁を感じさせることもないし、泣かせることもない。だって……」

「だって?」

「だって俺、ナオちゃんのことが好きだから!」
 
 その声で、カラスが二羽ほど飛び立った。
 静かな商店街に、戸部君の想いが響き渡る。
 私の胸を揺さぶる、大きな想い。
 ストレートにぶつけられた言葉を、どう返せばいいのか。
 当たり前のように即答はできない。
 
「ごめん、ナオちゃん。つい勢いで言っちゃった。困らせる気はなかったんだけど……俺、本気なんだ!」

 刺さるような目つきに、吸い込まれそうになる。
 戸部君の本気の想いが、私を覆いつくしてしまいそうだ。
 何も言えないままの見つめ合いが続くと、戸部君が痺れを切らした。

「いつでもいいから、ナオちゃんの答えを聞かせてほしい」

 最後にそう言うと、駅とは違う方向に歩き出した。
 その背中を見つめながら、私はベンチを動くことはしない。
 
 握っている缶コーヒーは、まだ温度を保っている。
しおりを挟む

処理中です...