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# 秋

ヒトの手⑥

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 入来ちゃんと別れて、今日あったことを振り返りながら帰っていると、いつもよりも家に着くのが早く感じる。
 エントランスでエレベーターが降りてくるのを待っていると、出入り口の方から大きな音が聞こえてきた。
 何事かと様子を覗きに行ってみると、ユウキがスロープのところで、車イスごと倒れている。

「え、ユウキ!? 大丈夫?」

「ナオ? ごめん、大丈夫」

 意識はしっかりしているみたいだ。
 近くにはユウキのスマホが落ちている。
 おそらく、落としたスマホを取ろうとしたところ、バランスを崩して転倒したのではないか。

「もう、また無理に拾おうとしたんでしょ?」

 高校生の時にも、同じようなことがあった。
 財布やスマホを落とした時、上半身の力だけで無理に拾おうとしたこと。
 ユウキは運動神経抜群だったから、簡単にやってのけようとする。

「大丈夫、自力で起きられるから」

「何言ってんの、ほら抱えるよ」

「大丈夫だから!!」

 突拍子もなく、ユウキが声を荒げる。
 初めて感じるユウキの威圧感に、二歩ほど後退りをしてしまった。
 その顔つきから、相当焦燥感に苛まれているのがわかる。
 こんなに気が立っているユウキを、一度も見たことがない。

「ユウキ……どうしたの」

「ごめん。ちょっと今、いっぱいいっぱいで」

 徐々に息づかいが穏やかになっていくのを確認すると、私は再びユウキを抱えた。
 今度は抵抗することなく、素直に身を預けてくれる。
 車イスに座り直したユウキの体を見てみると、腕に擦り傷ができているのを発見した。
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