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# 秋

グレープフルーツの香り⑨

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「ペパーミント?」

 私が戸部君に渡したオイルは、ハーブ系。
 その中でも、気持ちを冷静にしてくれたり、興奮を鎮めてくれる作用がある、ペパーミントを選んだ。
 
「これ、俺にくれるの?」

「だって戸部君、たまに集中力の欠いたようなこと言うし、すぐ興奮して前が見えなくなるでしょう? だからこれにしたの」

「俺のことを考えて、あの数ある中から選んでくれたのか」

「そうそう、適した香りがいっぱいあり過ぎて、本当どれにしようか悩んだよ。でも、これが最適だと思ってね」

「何で、俺にくれるの……?」

 子猫のようなつぶらな瞳で、こちらを見つめてくる。
 先生が、大切な人にプレゼントしてみてくださいって言った時、すぐにユウキのことを思い浮かべた。
 でもどうしてか、心の中にはモヤモヤした気持ちが残っている。
 そのモヤモヤを解決してくれたのは、隣の机で大胆に開かれていたテキストだ。
 柑橘系のエッセンシャルオイルが記載されているページに、これでもかってくらいに付箋が貼られてあった。
 『前向きに』とか『元気になる』とか。
 勝手に、それは私に向けられたものだと感じた。
 私を心から応援してくれる、力強いエールを送ってくれていると。

 そんな強い想いに、真摯に向き合いたい。
 私も、ちゃんと覚悟を持たないと。

「それは……戸部君が大切な人だから」

「え?」

 私は戸部君の声しか耳に入ってないのに、戸部君はしっかりと雑音が入っているらしい。
 人の気も知らずに、平気で聞き返してきた。
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