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1章 秘密の恋 ~豚の生姜焼き丼~

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 その愛おしい芽衣の姿を見て、不自由な恋に涙を流してしまいそうになる。こめかみに力を入れて、何とか耐えた。しょうがない、これが二人の選んだ道だから。

 芽衣が振舞ってくれた生姜焼きを食べた後、ベッドの上で抱きしめ合いながら話を続けた。

 芸能の仕事が大変だとか、出会った頃に比べるとだいぶ痩せたとか、毎日寝る前に缶ビールを一本飲んでしまっているとか、ほとんど芽衣の話を木田が聞いていた。

 付き合いたての頃にしていたような、何気ない会話。ずっとこの時間が続けばいいのに……気がつくと意識が遠のいてしまっていて、芽衣の髪のニオイを感じながら眠ってしまった。

 ……部屋の中にある、冷蔵庫が勝手に音を出す。その音で、木田は目を覚ました。本当にこの部屋、実家みたいだな。眠気眼で、電気を点けた。

 あれ……? 芽衣がいない?

 テーブルの上に置いてあった食べ終わりの食器も、綺麗に洗われている。何も言わずに帰った? まさか、そんなことが……。

 時計を見てみる。夜の十時。感覚的に絶望に近い。慌ててスマホを見てみる。何の連絡も入っていなかった。

 せめて置手紙とかでもいいから、帰る前に言ってほしかった。木田はすぐにメッセージを送る。「もう帰ったの?」と。

 すぐに既読はつかない。一階に降りて、淡い緑色の作務衣を着たおじさんに聞いてみる。

「あの、二〇一号室の部屋の女性、見ませんでした?」

 おじさんは不思議そうな顔をして、「ついさっき出て行きました」と答えた。

「あ、ありがとうございます! あ、タクシー呼んでいただけますか?」

 木田も急いで後を追う。終電がもうすぐなくなるかもしれない。タクシーで駅まで行って、新宿までの電車に飛び乗った。

 芽衣がいないのなら、旅館に泊まる必要はない。それに……芽衣が遠くの方に行ってしまう気がして、気が気でなかった。だから、芽衣ともう一度話がしたかったのだ。

 中央線快速に乗って、芽衣に送ったメッセージを見返す。まだ既読はつかない。もう一度メッセージを送る。『寝ちゃってごめん。怒った?』と、さっきとほとんど同じ文面で送った。

 電車の中で、落ち着かない木田。すると、木田のスマホにニュース速報が飛び込んだ。

『うぶパレットのセンター芽衣。人気ロックバンド、ネバーラインのボーカル田町と熱愛か』

 え……開いた口が塞がらない。嘘だ、そんなわけない。どうせまた、根も葉もないデマが拡散されているだけ。信じ難い気持ちとは裏腹に、気になってその記事を見たくなった。

 ニュースのトップ画面に、芽衣の姿があった。それは週刊誌に隠し撮りされている写真。田町と思われる男と、手を繋いで歩いているところが掲載されている。

 耳鳴りが激しくなってきた。ストレスって、こんなに早く体に現れるのか。
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