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2章 倦怠期の夫婦 ~ロコモコ丼~

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「いい匂い……」

 ひろ美の前にある、ロコモコ丼。ひろ美に合った、特別な丼ご飯だ。

 サオは木製のスプーンを手渡す。コップ一杯の水も合わせて渡した。さあと手を叩き、「召し上がれ」の言葉と共に微笑む。

 サオの微笑みに、母性に似た何かを感じた。年下なのに……と心で思いながらも、ひろ美はサオの目を見ながら「いただきます」をする。

 何から口にしようか。迷ってしまうが、迷い箸ならぬ、迷いスプーンはマナー違反だろう。これだと思ったものから掬った。一口目は、ハンバーグと米。いきなり主役を口にした。

 肉厚ジューシー、パンチのあるタレとマッチしていて、米が口の中でウキウキしている。晴彦から告白された洋食屋で食べたハンバーグとは違う味だけど、それでもどうしてか……懐かしい。

「ロコモコ丼のモコという言葉は、混ぜるといった意味があります。丼の中で混ぜちゃって、全ての食材を一緒に食べても大丈夫ですよ」
「へーそういう意味なんですか。じゃあロコは?」
「ロコはローカルという意味です。ハワイ英語ですね」
「あー、ハワイのソウルフードですものね」

 サオに言われた通り、丼の中で食材をかき混ぜる。普段は最後の方に目玉焼きの黄身を潰すけど、今回は無慈悲に潰して混ぜた。それが、この丼ご飯を爽快に食べる手段なのだろう。

 晴彦を思い出して怒り、嘆き、時には味を深く楽しんで笑い……サオと話しながら、この珠玉の一杯を心まで楽しむ。

 アボガドも久しぶりに食べた。森のバターと呼ばれるアボガドが、ひろ美は大好きだったのを思い出した。どうして久しく食べていないのかを考えたら、晴彦が嫌いだったからという結論に至った。別に晴彦のことを気にせず食しても良かったのに、無意識に気を使っていたのか。

 全ての食材とソースが絶妙に絡み合っている。ベーコンともマッチしていた。何にでも米と合う。

「ロコモコ丼なんて、全く食べてこなかったから……ハンバーグを米の上にのせるだけで、こんなに美味しいなんて……あ、もちろん他の食材も美味しいですけど」

 安易な発言に取られてしまわないように、慌てて訂正する。サオは「大丈夫です」と笑った。

 味も見た目も完璧なハンバーグ……ふと、晴彦が作った下手くそなハンバーグを思い出して、思い出し笑いをしてしまった。

「どうしたんですか?」
「いや、このハンバーグに比べたら、あの人が作ったハンバーグは偽物だったなって、思い出したら笑えてきちゃって」

 サオは「ハンバーグ、作ってもらったことがあるんですね」と聞いた。

「はい。付き合いたての時は、よく一緒に料理していたんです。あの人、私と付き合うまで外食ばかりだったから、もう下手で下手で」

 ひろ美は一度スプーンを置いて、懐かしむように笑いながら話した。
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