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5章 未熟な愛 ~豚キムチ丼~

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「また……遅いわね」

 スマホの画面を点けると、時刻は二十三時だった。この時間まで帰ってこなかった日は、一週間前にもあった。あの時は肉豆腐を作ったけど、今回作ったのは豚キムチ炒めだ。

 昇輔の好物を作ったのもあって、輪をかけてショックだった。ついさっき麻由に言われた言葉を思い返す。

 まだ完全に……昇輔は心を決めていない。紗雪だけが、昇輔とずっと一緒にいたいと思っている。紗雪は溜息をつきながら、天気予報が流れているテレビを消した。

 そのまま、キッチンの前に立つ。フライパンの上にアルミホイルを被せていた。そのアルミホイルを取って、ガスの火を点ける。

 一人で食べることにしよう……昇輔を待つのも疲れた。

 温め直している間に、保温状態にしていた炊飯器の中からご飯をよそう。するとリビングの扉が開いた。

「もしかしてこのニオイ、豚キムチか?」

 紗雪は驚きで「わぁ!」と声を出した。考え事に集中していたので、昇輔が帰ってきたことに気がつかなかったのだ。

 紗雪は平常心に戻して、「おかえり」を言う。そして「ええ、豚キムチ炒めよ」と答えた。

 昇輔はここ最近見せなかった、綻んだ顔を見せながら「ずっと食べたかったんだよ」と笑ってネクタイを取った。いつものように、ソファーに服を脱ぎ捨てて、風呂場に入る。

 豚キムチ炒めが作られていたのが余程嬉しかったのか、大きな鼻歌が風呂場から聞こえてきた。

「もう……だらしないんだから」

 紗雪は気がつくと、昇輔への疑念を忘れていた。その時に、やっぱり昇輔のあのペースからは抜け出せないと一人で笑いそうになった。

 どんなに疑っても、心配になっても、昇輔は昇輔。これはもう仕方がない。フライパンに火をかけていることを思い出した紗雪は、服の片づけを一旦やめてキッチンに行く。

 火を止めてまた畳む作業に戻ろうとしたその時、何故か台所に置かれていた昇輔のスマホが光ったのに気づいた。

「あれ、どうしてこんなところに?」

 メッセージがチラッと目に入る。見知らぬ女性からだ。アカウント名はローマ字だったからすぐにはわからなかったけど、冷静に読むとエリナ……という名前だった。

「誰よ、エリナって……」

 ロックを解除しないと全ての文面が読めない。けど、トップ画面に途中までのメッセージが映っている。

『昇輔さんにプレゼントしたあのパンツ、やっぱり似合って……』

 までは読めた。紗雪はちょうど、ソファーの上に雑に脱ぎ捨てられているスポーツメーカーのパンツに目を移す。

 そして、怒りに身を任せて、風呂場に駆け込んだ。
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