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6 (※流血場面があります)
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空が白む頃、目を覚ました。
いつものように親分に抱き枕代わりにされて、眠っていたらしい。
意識がはっきりしてくるにつれて、親分への怒りも募ってくる。
眠ったままの親分をどんと押しのけて、私はむくり体を起こした。
かすかに残る疲労感と倦怠感、それに昨日初めて知った自分のとある体の部分の違和感を感じる。
後ろ足の間らへんのその部分に目を向け、うわ~となった。赤黒いものがこびりついてる。多分、血だろう。
せっかく昨日水場で体をきれいにしたのに、なんか汚れたというか穢れた気さえする。
まだ体は小さいのに、もう子どものままではいられないんだなと言われている気もした。私はまだ、子どものままでいたかったんだけどな。
水場で体、洗ってこよう。
それで、親分に一応かなり世話にはなったし、親分の好物でも取ってきてあげて、きっぱりお別れしよう。
昨日あんなことをしても、親分と同じ毛色に染まっていない自分の毛皮の色を見て、そう、決意した。
親分は、まだ気持ちよさそうに眠ってる。寝顔はそこそこ可愛い親分。私が戻るまで、そのまま寝てて欲しいと思う。
その方が、親分と別れる時、私が辛くないもの。
念のため、親分に巣穴の中に昨日ぶん投げられた首あてを何とか装着して、巣穴から出た。
朝早すぎるからか、まだみんな起き始めていない。
これ幸いとばかりに、私は水場へと急ぎ駆け出した。
朝早くて、体とかを洗う水場の水はううっとなる冷たさではあったけど、我慢する。
ばしゃばしゃと水場で水浴びして水場から出ると、ぶるぶるっと飛沫を飛ばす。
私も獣くさくなったなあ。
体を乾かしがてら、親分の好物を探しに行った。
親分の好物の木の実はすぐに見つかり、集落もとい巣穴に急ぐ。
集落に近づくにつれて、あれと首を傾げた。
何か、やな匂いがする。蚊取り線香とニスが入り混じったような、嫌な臭いだ。
何だろう。胸騒ぎというか、嫌な予感がする。
急がなきゃ手遅れになる。大事なものを失っちゃう。
そんなよく分からない焦燥感に駆られ、集落へともっとスピードをあげて走る。
集落が視界に入り、私はすぐさま近くの大石の上に親分へのお土産を避難した。
そして、集落への絶対に招かざる客の様子を窺いながらそろりそろり、彼らに気づかれないように集落に近づく。
そうするにつれて、嫌~な匂いがもっと濃くなってきた。鼻をつまみたい、鼻がひん曲がる匂いとは正にこのことだろう。おえっとなるものがあった。
おそらくこの元凶であろう、悪者に違いない集落に今いる人間たちに気づかれないように、私は彼らの死角になる近くの木に身を潜める。
他者の気配に鈍感な私だけど、自分の気配を消すのはまあまあなのか、奴らは全くもって私に気づいた様子はない。
「やったな。まさか、ローントラの住処を見つけられるとは」
男の一人が、にやにやしながらそんなことを仲間に語った。
ローントラ、そうだ、魔法使いのお兄さんも親分のことそう言ってた気がする。つまり、親分たちはローントラっていうモンスター名なんだろう。
「おまけに、この魔物除けも効果覿面で、まさかここまで効き目があるとはな」
「ああ。馬鹿な奴らがルミエルでやらかしたせいで、どの国に行っても正規の魔物除けは使用不可になったし、とんだとばっちりを受けたが・・・・・・。この魔物除けなら、正規の魔物除けを使用すれば罰せられる国でも、ばれやしない。今後も使いたい放題だ」
「俺たちのペット業も、廃れずに済む」
男たちの会話の内容は正直よく分かんない。
でも、虫除けならぬ魔物除けって言葉を耳にする限り、この嫌な匂いをここら辺に充満させたのは奴らに違いない。
つまり、私たちの敵だ。
今すぐ男たちに襲いかかりたいけど、ぐっと我慢する。思いの外人数が多い。動けそうな私一匹が闇雲に動いても、悪手だ。
それに、何よりも幸いなのは、集落のみんなは一応は無事みたいだと言うこと。
巣穴の外に出ていても、この匂いのせいかぐったりして動けない、そんな様子だ。外傷は今のところ見受けられない。
男たちがせっせと、そんな風で動けないみんなを捕獲しては、この嫌な匂いを強烈に放つ大きな袋の中に、入れていく。みんなの巣穴を荒らしてまで、この匂いで動けないであろうみんなを見つけてはそれを繰り返していた。
さっき、男の一人がペットって言ってた。この世界でも、モンスターを仲間とかペットにってことが、可能なのかもしれない。確かに、私たちは愛玩動物向きだし、こういっちゃなんだけど人気はありそうだ。
だからって、勝手に捕獲されて自由を奪われていい理由にはならない。
私たちにだって自分の意志はある。こういう奴らの身勝手な都合で、理不尽を被るいわれはない。
みんなの日常を、平和を、こんな形で奪われてなるものか。
でも、どうする?
どうすれば、あいつらからみんなを守れる?
こんなことなら、前世のゲームや話の中のモンスターみたいに、もっと強くなるように鍛錬すれば良かった。みんなが軽々やって見せてくれる魔法も、よく分かんない・出来ないと諦めないで、お馬鹿な頭でも理解しようと励めば良かった。そう、みんなそれぞれ、簡単な火とか水とか風とかの魔法、普通に使えちゃう系だったんだよね。
・・・・・・魔法。そうだ。
「魔法使いのお兄さん、聞こえる?」
私は、首あてに意識を集中し、小声で必死に訴えた。何回か懸命に囁く。
彼ならこの状況を打開してくれるという、不思議な予感がした。
数秒後、どこからかあくびが聞こえて、返事が来る。
「ええ、聞こえてますよ」
彼の声が首あてから響いた。
「お兄さん、助けて。今、悪い人間たちにみんなが捕まってるの。魔物除けとかいう変な匂いが充満してて、私以外みんなぐったりしてて・・・・・・。ペットにするって、みんなあいつらに連れてかれちゃうっ!」
こしょこしょと、でも、混乱する頭で頑張って今の状況を彼に説明した。
「は?」
あっけにとられたような返事が来て、数秒後舌打ちが聞こえた。
「そうですか。最近そんな輩が蔓延っていると他国で聞きましたが、まさか私の国でそんなことしようとはねぇ」
昨日出会った時と違い、彼の怖そうな声が響いてくる。
「待っててください、すぐ着替えていきます」
「お願い、早くっ! 嫌な予感がするっ!」
「分かっています」
急いでくれてる感じのお兄さんは、どうやってか分からないけど、きっとすぐここに駆け付けてくれる気がする。
そう、少しだけ安心したのも、束の間だった。
聞き慣れた雄叫びのような低い声に、はっとなる。
親分の声だ。
ばっと集落の方を見れば、いつの間にか、親分たち何匹かが男たちと争っている。そんな親分たちは、体のどこかに血が滲んで見えた。
親分たち、敢えて自分を傷つけた痛みで、この嫌な匂いの中でも動けるようにしたんだね。そんな荒療治をして、動けないみんなを、ここを守ろうとしている。そう、直感した。
私だって・・・・・・。
私は一目散に一番距離が近かった男に突撃した。
メスたちに教わった、思いっきり助走をつけて体を丸くして体をぶつける体当たりをかます。これを教わった時は、トレーナーに命令されて攻撃するモンスターの技みたいだと思い、複雑な気持ちを抱いたけど、今の私の体には効率のいい攻撃だと後に気づいた。
私にそこまで衝撃はなくても、相手には結構衝撃をくらわせられるみたいだからね。
私の体当たりに、男は予想以上に痛みを訴えて倒れていく。
やはりダメージを与えるならボディって、前世のとある漫画に書いてあったし、それに従ったわけなんだけど。
私の飛躍が足りなかったせいか、腹部よりちょっと下の部分に、クリーンヒットしちゃったみたい。男の人、両手でそこをおさえ気絶してた。
・・・・・・結果良ければすべて良し!
それにしても、気絶するほど痛いものなのかなあ? 私が前世読んだ漫画では、そういうことしても、男の人は膝をつくとかしばらく動けないで悶絶するって感じに思えたんだけど、私がモンスターで、威力強すぎた?
まあいいや。この調子でどんどんいこう!
小回りの利く私は、その体躯と素早さを活かし、男たちに攻撃をしていく。
途中までは良かった。絶対に私たちが優勢だった。私の痛恨の一撃を習って、動けるメスたちも容赦なく急所攻撃を仕掛けてたし。
でも、動けないみんなを人質に捕られて、形勢は瞬く間に逆転した。
姑息な奴らめ、恥を知れ。奇襲しまくった私がいうのも何だけど、人質もとらず、正々堂々勝負しろと吠えたくなる。ていうか一番は、さっさと倒れたお仲間連れて、逃げてくれりゃ良かったのに。
まだ動ける私たちと、まだ動ける男たちの間で火花が散ってる。
そんな緊張状態の中、仲間を見捨てられない私たちに、男たちは攻撃を仕掛けて来た。反撃しにくい私たちは攻撃をよけるしかない。
逃げ回る中、体力の限界とこの匂いのせいでうまく逃げられなかったメスがいた。よろけて地面に倒れたそのメスに、男の持った刃物が振り下ろされる。
駄目っ!
危ないと思いながら、その光景から目を離せず、距離もあって援護も出来ない。
そんな中、近くにいた親分が急いでメスを押すように突き飛ばす。刃物が振り下ろされた先に、親分の背中があった。
パステルカラーの黄緑色の親分の背に、刃物の先が突き刺さる。鮮血が瞬く間に親分の切られた背中から滲んできた。
優しい親分。情け深くて、義理堅い性格だって、私もみんなも知ってる。
昨日はいろいろあったけど、それはもうどうでもいい。
親分によくもっ!
毛色の違う私にすら優しいみんなにまで酷いことして、絶対に許さないっ!
お前ら全員一生呪ってやるっ!
ぞわっと怒りで毛が逆立つ。
そして、何振り構わず、親分を傷つけた奴に襲いかかろうとして、その必要がなくなった。
私が襲おうとした男は、襲う直前で口から泡を吹いて目をこれでもかとかっと開き、苦しみもがいて倒れる。他の男たちも、それぞれ症状は異なれどばたばたと地面に倒れていった。
「何とか間に合いましたね」
「魔法使いのお兄さんっ!」
倒れた悪い男を足で踏みながら、お兄さんは何やらぼそぼそ呟く。
すると、辺り一面充満していた嫌な匂いがあっという間に消えていった。
お兄さんは一緒に連れて来たらしい若い男の人たちに命令し、彼らはてきぱきと行動に移る。変な匂いのしていた大きな袋からみんなを解放し、怪我を負った子たちを治療し、倒れてる悪い奴らを拘束していってくれた。
「お兄さん、親分を助けてっ! 私が出来ることなら何でもするから」
一番重傷で危ない親分を助けてもらうべく、私は一目散に彼の足元に行き、親分の元に彼を連れて行く。
みんなそんな私の行動も見て、彼らは悪者でないと判断したのか、警戒を解いてくれたとも思う。だから、親分以外のみんなも彼らの手当てを素直に受けたのだろう。
魔法使いのお兄さんは、どこからともなく塗り薬を取り出し、親分の背中にすぐに塗ってくれた。そして、ものの見事にきれいに傷が塞がれば、彼は液体の飲み薬らしきものを、親分にゆっくり飲ませてくれる。
「親分、もう大丈夫?」
「ええ。じきに目を覚ますでしょう」
「良かったぁ」
彼のその言葉に、心底安心する。そして、ここが不思議な世界で良かったと思った。
前世だったら、間違いなく親分は死んでいたと思う。
「ありがとう、本当にありがとう」
「いいですよ、当然のことをしたまでです」
思いを込めて感謝すれば、彼は私たちが無事で良かったと言ってくれた。
怪我を負ったみんなや魔物除けにあてられてぐったりしていたみんなは、いつものように元気に回復した。男たちは全員がっちり拘束され、これから然るべき場所で裁きを受けるらしい。
唯一まだ意識を戻さない親分を、みんなに手伝ってもらって巣穴に運ぶ。巣穴で安静に寝てもらい、十分休んで欲しいと思う。
親分への別れの土産であった木の実も、すぐに大石のところから持って来て、巣穴に置いておいた。
・・・・・・親分。
「親分、ごめんね。私、親分の番にはなれないよ。だって、私と親分、似てるけど何かが違うもの。私、いつまでたっても親分と同じ毛色にならないんだもの」
私が前世の言葉で告げた言葉は、全て鳴き声へと変換される。起きていても親分には通じない。それでも親分に語りかけずには、いられなかった。
意識が戻らない眠ったままの親分に、鼻チュウをして、別れを告げた。
私から親分に鼻チュウをするのは、これがそういえば初めてだったね。
親分、保護してくれてありがとう。
他のメスと、幸せになってね。
親分の番になれなくて、ごめんなさい。
「本当にこれでいいんですね?」
集落の近くで私を待っていてくれた魔法使いのお兄さんである彼は、溜息まじりに私に確認する。
彼以外の人たちは、さっきの悪い奴らを連れて、先に帰っていた。
「うん、いいの」
私はお兄さんの体によじ登り、肩に乗る。
木登り、親分が高い場所から私を突き落としてくれた恐怖効果からか、あの後実は出来るようになったんだ。彼くらいの高さ、もう軽々とよじ登れる。
お兄さんはそんな私に呆れた眼を向けて、肩を落とした。そして、私が肩にいては重かったのか、私の体を優しく掴み、両腕で抱いてくれた。
そうして、私は彼と共に、親分たちのいる集落を後にする。
私はどうしても泣いてしまったけど、彼は黙ってそんな私を抱きしめたまま、彼の住んでいる場所に連れて行ってくれたのだった。
いつものように親分に抱き枕代わりにされて、眠っていたらしい。
意識がはっきりしてくるにつれて、親分への怒りも募ってくる。
眠ったままの親分をどんと押しのけて、私はむくり体を起こした。
かすかに残る疲労感と倦怠感、それに昨日初めて知った自分のとある体の部分の違和感を感じる。
後ろ足の間らへんのその部分に目を向け、うわ~となった。赤黒いものがこびりついてる。多分、血だろう。
せっかく昨日水場で体をきれいにしたのに、なんか汚れたというか穢れた気さえする。
まだ体は小さいのに、もう子どものままではいられないんだなと言われている気もした。私はまだ、子どものままでいたかったんだけどな。
水場で体、洗ってこよう。
それで、親分に一応かなり世話にはなったし、親分の好物でも取ってきてあげて、きっぱりお別れしよう。
昨日あんなことをしても、親分と同じ毛色に染まっていない自分の毛皮の色を見て、そう、決意した。
親分は、まだ気持ちよさそうに眠ってる。寝顔はそこそこ可愛い親分。私が戻るまで、そのまま寝てて欲しいと思う。
その方が、親分と別れる時、私が辛くないもの。
念のため、親分に巣穴の中に昨日ぶん投げられた首あてを何とか装着して、巣穴から出た。
朝早すぎるからか、まだみんな起き始めていない。
これ幸いとばかりに、私は水場へと急ぎ駆け出した。
朝早くて、体とかを洗う水場の水はううっとなる冷たさではあったけど、我慢する。
ばしゃばしゃと水場で水浴びして水場から出ると、ぶるぶるっと飛沫を飛ばす。
私も獣くさくなったなあ。
体を乾かしがてら、親分の好物を探しに行った。
親分の好物の木の実はすぐに見つかり、集落もとい巣穴に急ぐ。
集落に近づくにつれて、あれと首を傾げた。
何か、やな匂いがする。蚊取り線香とニスが入り混じったような、嫌な臭いだ。
何だろう。胸騒ぎというか、嫌な予感がする。
急がなきゃ手遅れになる。大事なものを失っちゃう。
そんなよく分からない焦燥感に駆られ、集落へともっとスピードをあげて走る。
集落が視界に入り、私はすぐさま近くの大石の上に親分へのお土産を避難した。
そして、集落への絶対に招かざる客の様子を窺いながらそろりそろり、彼らに気づかれないように集落に近づく。
そうするにつれて、嫌~な匂いがもっと濃くなってきた。鼻をつまみたい、鼻がひん曲がる匂いとは正にこのことだろう。おえっとなるものがあった。
おそらくこの元凶であろう、悪者に違いない集落に今いる人間たちに気づかれないように、私は彼らの死角になる近くの木に身を潜める。
他者の気配に鈍感な私だけど、自分の気配を消すのはまあまあなのか、奴らは全くもって私に気づいた様子はない。
「やったな。まさか、ローントラの住処を見つけられるとは」
男の一人が、にやにやしながらそんなことを仲間に語った。
ローントラ、そうだ、魔法使いのお兄さんも親分のことそう言ってた気がする。つまり、親分たちはローントラっていうモンスター名なんだろう。
「おまけに、この魔物除けも効果覿面で、まさかここまで効き目があるとはな」
「ああ。馬鹿な奴らがルミエルでやらかしたせいで、どの国に行っても正規の魔物除けは使用不可になったし、とんだとばっちりを受けたが・・・・・・。この魔物除けなら、正規の魔物除けを使用すれば罰せられる国でも、ばれやしない。今後も使いたい放題だ」
「俺たちのペット業も、廃れずに済む」
男たちの会話の内容は正直よく分かんない。
でも、虫除けならぬ魔物除けって言葉を耳にする限り、この嫌な匂いをここら辺に充満させたのは奴らに違いない。
つまり、私たちの敵だ。
今すぐ男たちに襲いかかりたいけど、ぐっと我慢する。思いの外人数が多い。動けそうな私一匹が闇雲に動いても、悪手だ。
それに、何よりも幸いなのは、集落のみんなは一応は無事みたいだと言うこと。
巣穴の外に出ていても、この匂いのせいかぐったりして動けない、そんな様子だ。外傷は今のところ見受けられない。
男たちがせっせと、そんな風で動けないみんなを捕獲しては、この嫌な匂いを強烈に放つ大きな袋の中に、入れていく。みんなの巣穴を荒らしてまで、この匂いで動けないであろうみんなを見つけてはそれを繰り返していた。
さっき、男の一人がペットって言ってた。この世界でも、モンスターを仲間とかペットにってことが、可能なのかもしれない。確かに、私たちは愛玩動物向きだし、こういっちゃなんだけど人気はありそうだ。
だからって、勝手に捕獲されて自由を奪われていい理由にはならない。
私たちにだって自分の意志はある。こういう奴らの身勝手な都合で、理不尽を被るいわれはない。
みんなの日常を、平和を、こんな形で奪われてなるものか。
でも、どうする?
どうすれば、あいつらからみんなを守れる?
こんなことなら、前世のゲームや話の中のモンスターみたいに、もっと強くなるように鍛錬すれば良かった。みんなが軽々やって見せてくれる魔法も、よく分かんない・出来ないと諦めないで、お馬鹿な頭でも理解しようと励めば良かった。そう、みんなそれぞれ、簡単な火とか水とか風とかの魔法、普通に使えちゃう系だったんだよね。
・・・・・・魔法。そうだ。
「魔法使いのお兄さん、聞こえる?」
私は、首あてに意識を集中し、小声で必死に訴えた。何回か懸命に囁く。
彼ならこの状況を打開してくれるという、不思議な予感がした。
数秒後、どこからかあくびが聞こえて、返事が来る。
「ええ、聞こえてますよ」
彼の声が首あてから響いた。
「お兄さん、助けて。今、悪い人間たちにみんなが捕まってるの。魔物除けとかいう変な匂いが充満してて、私以外みんなぐったりしてて・・・・・・。ペットにするって、みんなあいつらに連れてかれちゃうっ!」
こしょこしょと、でも、混乱する頭で頑張って今の状況を彼に説明した。
「は?」
あっけにとられたような返事が来て、数秒後舌打ちが聞こえた。
「そうですか。最近そんな輩が蔓延っていると他国で聞きましたが、まさか私の国でそんなことしようとはねぇ」
昨日出会った時と違い、彼の怖そうな声が響いてくる。
「待っててください、すぐ着替えていきます」
「お願い、早くっ! 嫌な予感がするっ!」
「分かっています」
急いでくれてる感じのお兄さんは、どうやってか分からないけど、きっとすぐここに駆け付けてくれる気がする。
そう、少しだけ安心したのも、束の間だった。
聞き慣れた雄叫びのような低い声に、はっとなる。
親分の声だ。
ばっと集落の方を見れば、いつの間にか、親分たち何匹かが男たちと争っている。そんな親分たちは、体のどこかに血が滲んで見えた。
親分たち、敢えて自分を傷つけた痛みで、この嫌な匂いの中でも動けるようにしたんだね。そんな荒療治をして、動けないみんなを、ここを守ろうとしている。そう、直感した。
私だって・・・・・・。
私は一目散に一番距離が近かった男に突撃した。
メスたちに教わった、思いっきり助走をつけて体を丸くして体をぶつける体当たりをかます。これを教わった時は、トレーナーに命令されて攻撃するモンスターの技みたいだと思い、複雑な気持ちを抱いたけど、今の私の体には効率のいい攻撃だと後に気づいた。
私にそこまで衝撃はなくても、相手には結構衝撃をくらわせられるみたいだからね。
私の体当たりに、男は予想以上に痛みを訴えて倒れていく。
やはりダメージを与えるならボディって、前世のとある漫画に書いてあったし、それに従ったわけなんだけど。
私の飛躍が足りなかったせいか、腹部よりちょっと下の部分に、クリーンヒットしちゃったみたい。男の人、両手でそこをおさえ気絶してた。
・・・・・・結果良ければすべて良し!
それにしても、気絶するほど痛いものなのかなあ? 私が前世読んだ漫画では、そういうことしても、男の人は膝をつくとかしばらく動けないで悶絶するって感じに思えたんだけど、私がモンスターで、威力強すぎた?
まあいいや。この調子でどんどんいこう!
小回りの利く私は、その体躯と素早さを活かし、男たちに攻撃をしていく。
途中までは良かった。絶対に私たちが優勢だった。私の痛恨の一撃を習って、動けるメスたちも容赦なく急所攻撃を仕掛けてたし。
でも、動けないみんなを人質に捕られて、形勢は瞬く間に逆転した。
姑息な奴らめ、恥を知れ。奇襲しまくった私がいうのも何だけど、人質もとらず、正々堂々勝負しろと吠えたくなる。ていうか一番は、さっさと倒れたお仲間連れて、逃げてくれりゃ良かったのに。
まだ動ける私たちと、まだ動ける男たちの間で火花が散ってる。
そんな緊張状態の中、仲間を見捨てられない私たちに、男たちは攻撃を仕掛けて来た。反撃しにくい私たちは攻撃をよけるしかない。
逃げ回る中、体力の限界とこの匂いのせいでうまく逃げられなかったメスがいた。よろけて地面に倒れたそのメスに、男の持った刃物が振り下ろされる。
駄目っ!
危ないと思いながら、その光景から目を離せず、距離もあって援護も出来ない。
そんな中、近くにいた親分が急いでメスを押すように突き飛ばす。刃物が振り下ろされた先に、親分の背中があった。
パステルカラーの黄緑色の親分の背に、刃物の先が突き刺さる。鮮血が瞬く間に親分の切られた背中から滲んできた。
優しい親分。情け深くて、義理堅い性格だって、私もみんなも知ってる。
昨日はいろいろあったけど、それはもうどうでもいい。
親分によくもっ!
毛色の違う私にすら優しいみんなにまで酷いことして、絶対に許さないっ!
お前ら全員一生呪ってやるっ!
ぞわっと怒りで毛が逆立つ。
そして、何振り構わず、親分を傷つけた奴に襲いかかろうとして、その必要がなくなった。
私が襲おうとした男は、襲う直前で口から泡を吹いて目をこれでもかとかっと開き、苦しみもがいて倒れる。他の男たちも、それぞれ症状は異なれどばたばたと地面に倒れていった。
「何とか間に合いましたね」
「魔法使いのお兄さんっ!」
倒れた悪い男を足で踏みながら、お兄さんは何やらぼそぼそ呟く。
すると、辺り一面充満していた嫌な匂いがあっという間に消えていった。
お兄さんは一緒に連れて来たらしい若い男の人たちに命令し、彼らはてきぱきと行動に移る。変な匂いのしていた大きな袋からみんなを解放し、怪我を負った子たちを治療し、倒れてる悪い奴らを拘束していってくれた。
「お兄さん、親分を助けてっ! 私が出来ることなら何でもするから」
一番重傷で危ない親分を助けてもらうべく、私は一目散に彼の足元に行き、親分の元に彼を連れて行く。
みんなそんな私の行動も見て、彼らは悪者でないと判断したのか、警戒を解いてくれたとも思う。だから、親分以外のみんなも彼らの手当てを素直に受けたのだろう。
魔法使いのお兄さんは、どこからともなく塗り薬を取り出し、親分の背中にすぐに塗ってくれた。そして、ものの見事にきれいに傷が塞がれば、彼は液体の飲み薬らしきものを、親分にゆっくり飲ませてくれる。
「親分、もう大丈夫?」
「ええ。じきに目を覚ますでしょう」
「良かったぁ」
彼のその言葉に、心底安心する。そして、ここが不思議な世界で良かったと思った。
前世だったら、間違いなく親分は死んでいたと思う。
「ありがとう、本当にありがとう」
「いいですよ、当然のことをしたまでです」
思いを込めて感謝すれば、彼は私たちが無事で良かったと言ってくれた。
怪我を負ったみんなや魔物除けにあてられてぐったりしていたみんなは、いつものように元気に回復した。男たちは全員がっちり拘束され、これから然るべき場所で裁きを受けるらしい。
唯一まだ意識を戻さない親分を、みんなに手伝ってもらって巣穴に運ぶ。巣穴で安静に寝てもらい、十分休んで欲しいと思う。
親分への別れの土産であった木の実も、すぐに大石のところから持って来て、巣穴に置いておいた。
・・・・・・親分。
「親分、ごめんね。私、親分の番にはなれないよ。だって、私と親分、似てるけど何かが違うもの。私、いつまでたっても親分と同じ毛色にならないんだもの」
私が前世の言葉で告げた言葉は、全て鳴き声へと変換される。起きていても親分には通じない。それでも親分に語りかけずには、いられなかった。
意識が戻らない眠ったままの親分に、鼻チュウをして、別れを告げた。
私から親分に鼻チュウをするのは、これがそういえば初めてだったね。
親分、保護してくれてありがとう。
他のメスと、幸せになってね。
親分の番になれなくて、ごめんなさい。
「本当にこれでいいんですね?」
集落の近くで私を待っていてくれた魔法使いのお兄さんである彼は、溜息まじりに私に確認する。
彼以外の人たちは、さっきの悪い奴らを連れて、先に帰っていた。
「うん、いいの」
私はお兄さんの体によじ登り、肩に乗る。
木登り、親分が高い場所から私を突き落としてくれた恐怖効果からか、あの後実は出来るようになったんだ。彼くらいの高さ、もう軽々とよじ登れる。
お兄さんはそんな私に呆れた眼を向けて、肩を落とした。そして、私が肩にいては重かったのか、私の体を優しく掴み、両腕で抱いてくれた。
そうして、私は彼と共に、親分たちのいる集落を後にする。
私はどうしても泣いてしまったけど、彼は黙ってそんな私を抱きしめたまま、彼の住んでいる場所に連れて行ってくれたのだった。
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