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見聞録
キュウテオ国編 ~特別な猫の尻尾⑨~
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リアトリスたちが、キュウテオ国を訪れて三日目。
曇天模様の空から、時々小雨が降ってくる。
そんな天候の午前中、キュウテオ国の港町と首都の観光を昨日一通り終えたリアトリスは、オスカーと共に首都の図書館に足を運んでいた。
明日の「継承試練の儀」と、その課題である「特別な猫の尻尾」に関して、調べたいことがあったからだ。リアトリスはそれらに関する書物をぱらぱらとめくり、彼女自身が読みやすそうなものを手に取る。
また、植物関連の本も、めぼしいものを数冊選び、それらを座って読める場所まで移動した。
オスカーも興味のある本を持って来て、座って読書するリアトリスの近くのテーブルの上で本を開き、テーブルの上に乗り出す格好で静かに読書し始める。
リアトリスは手始めに「継承試練の儀」関係の本から読み始めた。歴史や規則、今まで参加者が「特別な猫の尻尾」と断定し否とされたものが書かれているものまで、所々飛ばしながら読みふけっている。
難しい顔で、没頭していたからだろう。
リアトリスは植物関連の本に変更しようとするまで、気づかなかった。
「やあ」
目が合った瞬間、いつの間にかリアトリスの対面に座っていたコンラッドが、小さな声でにこやかに挨拶をする。
その隣では、不機嫌そうな面持ちの女性が、コンラッドの右腕を掴んでいた。
突然の登場に目を丸くするリアトリスに、オスカーが左前脚でメモ用紙をすっと彼女の目の前に持っていく。
『さっきから、目の前にずっといたよ』
この世界の共通語で書かれたその文字を見て、リアトリスは微妙な表情になる。
自身の読書の集中力を誇ればいいのか、周囲が見えていない間抜けさを反省した方がいいのか、リアトリスには判断しかねる。
加えて、オスカーの示すさっきがどれほどの時間か分かりかねるとはいえど、どうしてずっと目の前にいながら一向にコンラッドが話しかけてくれなかったのか、リアトリスは大きく溜息一つ。
「おはようございます。何か私に御用でしたか?」
「ああ。この後、ここにいるみんなで昼食を食べない? 彼女が君と話しがっててね」
「分かりました」
話の内容とこの状況に、リアトリスが断れるはずもない。こんな中で一人読書し続けるほどの度胸も忍耐もない彼女は、すぐに了承の返事をする他なかった。
リアトリスがこれから読もうと思っていた本は、手続きを踏んで借りられることとなり、一行は図書館を後にする。
その間、痛いほど睨むようにリアトリスに視線を送る女性を、敢えてリアトリスは極力目を合わせないよう心がけた。コンラッドとも、必要最低限しか顔すら向けない。
こんな風になるのが嫌だったと、リアトリスは心の中であーあと嘆き悲しんだ。彼女の心情を反映するかのように、外では雨足が強くなっていく。
* * *
コンラッドに連れられて到着したのは、首都のレストランだった。
中々に賑わっており、地元民だけでなく、他国から来た者たちも多い。
元々コンラッドがしていた予約にリアトリスとオスカーという予定外の追加があっても、店の者は嫌な顔一つせず、愛想のいい笑顔で個室へと案内する。
個室の席に着き、リアトリスはようやく、しかめっ面が取れない女性を紹介された。
「お気づきだろうが、彼女は私の愛しの婚約者だ」
「・・・・・・初めまして。ミネットと申します」
明るい調子のコンラッドが切り出し、渋々といったていでミネットは自己紹介する。
リアトリスとオスカーの目の前で並んで座る二人は、まさしく美男美女と称されるカップルだった。
ミネットのふわふわで柔らかそうな髪は、茶色の絵の具をクリームで薄くしたような色合いをしている。日焼けなど見受けられない白い肌。小顔で余計に際立つ大きな瞳は、黒と見紛うほどのダークブラウン。
ミネットも猫っぽい顔をしていた。リアトリスは、彼女を見ていると、前世のCMに出てきたような、白い長毛の、目がくりくりとした可愛い猫を思い出す。
「こちらこそ初めまして。私の名はリースと申します。彼はオスカーです」
仕方なくもいい方向に表情を変化したミレットに、リアトリスはおそるおそる柔らかな雰囲気に努める。
その後は沈黙が続き、部屋には重苦しい空気が流れた。防音対策が完備されているらしく、外でしとしと降っている雨音すら聞こえない。こういう状況では、その自然の恵みがもたらす音さえ欲しいと、リアトリスはついぞ思ってしまった。
「急に連れ出してしまい、失礼いたしました。けれど、どうしてもお会いして、是非お聞きしたいことがありましたの」
沈黙を解いたのは、意外にもミネットであった。じとりとした瞳を、リアトリスに向ける。
「はい。それで、私に訊ねたいこととはなんでしょうか?」
大方予想はついているが、リアトリスは素知らぬふりをする。下手に刺激して、面倒なことにしたくはなかったからだ。
「昨日、コンラッドと二人で長い間一緒にいましたね?」
「いいえ、それは些か語弊があります。オスカーも一緒にいました」
リアトリスが左隣にいるオスカーに同意を求めると、オスカーはミネットにこくり頷いて見せる。
その様子にミネットは何か言いたげな表情で、徐にピンク色の唇を動かす。
「彼から聞いた話では、あなた方を観光案内したとのことですが、本当でしょうか?」
「はい」
「それも彼自ら案内を申し出たとも聞いたのですが」
「本当です。急に案内してくださると言われて、非常に驚きました」
「では、あなたが彼に案内して欲しいと望んではいなかったのですね?」
「はい。昨日、この国に不慣れな私とオスカーが大変お世話になっておいて、こう言いたくはありませんが・・・・・・。失礼ながら、オスカーとだけでゆっくり観光したい気持ちの方が、強かったです」
ミネットの質問に淡々と答えるリアトリスが、正直な気持ちを伝えていった。
暗に昨日のコンラッドの案内が不要であったとリアトリスが仄めかせば、ミネットはあっけにとられたような顔になり、コンラッドは眉を下げて苦笑する。
真顔で述べたリアトリスは、二人が気分を害し怒ることを内心危惧したが、そうなることはなかった。
ミネットは脱力したように肩を落とし、コンラッドはそんな彼女を優しい眼差しで見つめるだけだ。
「数々の無礼な質問、お許しください。昨日皆さんが仲良く連れ立って歩いていたと耳にし、あなたがコンラッドに気があるのではないかと、勘違いしてしまいました」
「こちらこそ、最初は何も事情を知らなかったとはいえ、このように勘違いさせてしまい、申し訳ございませんでした」
真正面で謝罪しあう二人に、先ほどまでのぎすぎすした空気はもう感じられない。
「ミネットの誤解も無事解けたことだし、そろそろ注文を取らないか?」
「コンラッド、そもそもあなたが悪いのよ。明日のために心血を注いでいると思っていたのに、前もって何も言わずに昨日のようなことをするから」
「ごめん。君なら分かってくれると思って」
こうなった元凶は呑気なもので、ミネットはきっとコンラッドを睨んでいた。
リアトリスとオスカーは、そんな痴話喧嘩を注視せず、メニュー表に目を向けている。
「それに、俺には君しかいないし、彼女だって同じさ。初めから心配することなんてなかったんだよ」
コンラッドの説明の後半に疑問符を浮かべるミネットに、リアトリスが付け加えるように言葉を続けた。
「私、結婚しています」
「え?」
「数か月前に式を挙げた新婚です」
「そ、そうでしたの・・・・・・」
「はい」
きっぱりはっきり告げられた内容に、ミネットは困惑とも放心とも形容できる状態である。
そんなミネットをコンラッドが労わるように慰め、リアトリスとオスカーは二人を邪魔してはいけないと、再びメニュー表を食い入るように見つめていた。
曇天模様の空から、時々小雨が降ってくる。
そんな天候の午前中、キュウテオ国の港町と首都の観光を昨日一通り終えたリアトリスは、オスカーと共に首都の図書館に足を運んでいた。
明日の「継承試練の儀」と、その課題である「特別な猫の尻尾」に関して、調べたいことがあったからだ。リアトリスはそれらに関する書物をぱらぱらとめくり、彼女自身が読みやすそうなものを手に取る。
また、植物関連の本も、めぼしいものを数冊選び、それらを座って読める場所まで移動した。
オスカーも興味のある本を持って来て、座って読書するリアトリスの近くのテーブルの上で本を開き、テーブルの上に乗り出す格好で静かに読書し始める。
リアトリスは手始めに「継承試練の儀」関係の本から読み始めた。歴史や規則、今まで参加者が「特別な猫の尻尾」と断定し否とされたものが書かれているものまで、所々飛ばしながら読みふけっている。
難しい顔で、没頭していたからだろう。
リアトリスは植物関連の本に変更しようとするまで、気づかなかった。
「やあ」
目が合った瞬間、いつの間にかリアトリスの対面に座っていたコンラッドが、小さな声でにこやかに挨拶をする。
その隣では、不機嫌そうな面持ちの女性が、コンラッドの右腕を掴んでいた。
突然の登場に目を丸くするリアトリスに、オスカーが左前脚でメモ用紙をすっと彼女の目の前に持っていく。
『さっきから、目の前にずっといたよ』
この世界の共通語で書かれたその文字を見て、リアトリスは微妙な表情になる。
自身の読書の集中力を誇ればいいのか、周囲が見えていない間抜けさを反省した方がいいのか、リアトリスには判断しかねる。
加えて、オスカーの示すさっきがどれほどの時間か分かりかねるとはいえど、どうしてずっと目の前にいながら一向にコンラッドが話しかけてくれなかったのか、リアトリスは大きく溜息一つ。
「おはようございます。何か私に御用でしたか?」
「ああ。この後、ここにいるみんなで昼食を食べない? 彼女が君と話しがっててね」
「分かりました」
話の内容とこの状況に、リアトリスが断れるはずもない。こんな中で一人読書し続けるほどの度胸も忍耐もない彼女は、すぐに了承の返事をする他なかった。
リアトリスがこれから読もうと思っていた本は、手続きを踏んで借りられることとなり、一行は図書館を後にする。
その間、痛いほど睨むようにリアトリスに視線を送る女性を、敢えてリアトリスは極力目を合わせないよう心がけた。コンラッドとも、必要最低限しか顔すら向けない。
こんな風になるのが嫌だったと、リアトリスは心の中であーあと嘆き悲しんだ。彼女の心情を反映するかのように、外では雨足が強くなっていく。
* * *
コンラッドに連れられて到着したのは、首都のレストランだった。
中々に賑わっており、地元民だけでなく、他国から来た者たちも多い。
元々コンラッドがしていた予約にリアトリスとオスカーという予定外の追加があっても、店の者は嫌な顔一つせず、愛想のいい笑顔で個室へと案内する。
個室の席に着き、リアトリスはようやく、しかめっ面が取れない女性を紹介された。
「お気づきだろうが、彼女は私の愛しの婚約者だ」
「・・・・・・初めまして。ミネットと申します」
明るい調子のコンラッドが切り出し、渋々といったていでミネットは自己紹介する。
リアトリスとオスカーの目の前で並んで座る二人は、まさしく美男美女と称されるカップルだった。
ミネットのふわふわで柔らかそうな髪は、茶色の絵の具をクリームで薄くしたような色合いをしている。日焼けなど見受けられない白い肌。小顔で余計に際立つ大きな瞳は、黒と見紛うほどのダークブラウン。
ミネットも猫っぽい顔をしていた。リアトリスは、彼女を見ていると、前世のCMに出てきたような、白い長毛の、目がくりくりとした可愛い猫を思い出す。
「こちらこそ初めまして。私の名はリースと申します。彼はオスカーです」
仕方なくもいい方向に表情を変化したミレットに、リアトリスはおそるおそる柔らかな雰囲気に努める。
その後は沈黙が続き、部屋には重苦しい空気が流れた。防音対策が完備されているらしく、外でしとしと降っている雨音すら聞こえない。こういう状況では、その自然の恵みがもたらす音さえ欲しいと、リアトリスはついぞ思ってしまった。
「急に連れ出してしまい、失礼いたしました。けれど、どうしてもお会いして、是非お聞きしたいことがありましたの」
沈黙を解いたのは、意外にもミネットであった。じとりとした瞳を、リアトリスに向ける。
「はい。それで、私に訊ねたいこととはなんでしょうか?」
大方予想はついているが、リアトリスは素知らぬふりをする。下手に刺激して、面倒なことにしたくはなかったからだ。
「昨日、コンラッドと二人で長い間一緒にいましたね?」
「いいえ、それは些か語弊があります。オスカーも一緒にいました」
リアトリスが左隣にいるオスカーに同意を求めると、オスカーはミネットにこくり頷いて見せる。
その様子にミネットは何か言いたげな表情で、徐にピンク色の唇を動かす。
「彼から聞いた話では、あなた方を観光案内したとのことですが、本当でしょうか?」
「はい」
「それも彼自ら案内を申し出たとも聞いたのですが」
「本当です。急に案内してくださると言われて、非常に驚きました」
「では、あなたが彼に案内して欲しいと望んではいなかったのですね?」
「はい。昨日、この国に不慣れな私とオスカーが大変お世話になっておいて、こう言いたくはありませんが・・・・・・。失礼ながら、オスカーとだけでゆっくり観光したい気持ちの方が、強かったです」
ミネットの質問に淡々と答えるリアトリスが、正直な気持ちを伝えていった。
暗に昨日のコンラッドの案内が不要であったとリアトリスが仄めかせば、ミネットはあっけにとられたような顔になり、コンラッドは眉を下げて苦笑する。
真顔で述べたリアトリスは、二人が気分を害し怒ることを内心危惧したが、そうなることはなかった。
ミネットは脱力したように肩を落とし、コンラッドはそんな彼女を優しい眼差しで見つめるだけだ。
「数々の無礼な質問、お許しください。昨日皆さんが仲良く連れ立って歩いていたと耳にし、あなたがコンラッドに気があるのではないかと、勘違いしてしまいました」
「こちらこそ、最初は何も事情を知らなかったとはいえ、このように勘違いさせてしまい、申し訳ございませんでした」
真正面で謝罪しあう二人に、先ほどまでのぎすぎすした空気はもう感じられない。
「ミネットの誤解も無事解けたことだし、そろそろ注文を取らないか?」
「コンラッド、そもそもあなたが悪いのよ。明日のために心血を注いでいると思っていたのに、前もって何も言わずに昨日のようなことをするから」
「ごめん。君なら分かってくれると思って」
こうなった元凶は呑気なもので、ミネットはきっとコンラッドを睨んでいた。
リアトリスとオスカーは、そんな痴話喧嘩を注視せず、メニュー表に目を向けている。
「それに、俺には君しかいないし、彼女だって同じさ。初めから心配することなんてなかったんだよ」
コンラッドの説明の後半に疑問符を浮かべるミネットに、リアトリスが付け加えるように言葉を続けた。
「私、結婚しています」
「え?」
「数か月前に式を挙げた新婚です」
「そ、そうでしたの・・・・・・」
「はい」
きっぱりはっきり告げられた内容に、ミネットは困惑とも放心とも形容できる状態である。
そんなミネットをコンラッドが労わるように慰め、リアトリスとオスカーは二人を邪魔してはいけないと、再びメニュー表を食い入るように見つめていた。
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