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霧の町

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「座りっぱなしっていうのも案外つかれるんだな。」

列車を降りながらミョウジョウは呟いた。

「疲れるって、あんた達ずっと寝てたじゃない。」

町を出発すると同時に眠りに入った二人は、あれから一度も目を覚ます事はなかった。

「三日間も眠りっぱなしだなんて自分でも信じられないよ。」

ルシフェルはまだまだ眠そうだ。

「で、マジカルエンシェントって街はどこにあんだ?」

ミョウジョウが尋ねる。

「マジカルエンシェントに行くにはもうちょっとかかるわ。」

「え?三日も列車に乗ってまだついてないのか?」

ルシフェルは驚いた。

「だってしょうがないじゃない。私たちが乗った列車は一番安い、鈍行列車なんだから。」

快速列車に乗っていれば、とっくに町に戻っている頃だろう。

しかし、おじさんが買ってくれた切符は一番遅くて一番安い鈍行列車だった。

おじさんも引け目を感じているのか、切符代とは別に僅かな路銀も持たせてくれたので私は気にしない様にしていた。

「いくら鈍行って言っても限度があるぜ。三日だぞ、三日。」

「文句なら帰ってからおじさんに言ってよ。おじさんが鈍行列車の切符を買ったんだから。」

二人はもう、列車はうんざりと言いたげな表情を浮かべている。

しかし、三日かけてようやく着いたのはミストフォグ駅という中間の駅。

マジカルエンシェントに着くにはここから別の列車に乗り換えて、もう少し列車に乗る必要があった。

「今日はもう列車は無いようね。近くの町で宿を探しましょう。」

「宿代はどうするんだよ?お金、ないんだろ?」

ミョウジョウは飽きれた顔を浮かべている。

「それなら心配いらないわ。少しばかりの路銀もくれたから、おじさんが。」

「・・・こういう事言いたくはないんだけど。」

ルシフェルは申し訳なさそうに言った。

「どうせなら、マジカルエンシェントまですぐに行ける切符くれたらよかったのにね。あのおじさんもさ・・・。」

「・・・町はどこかしら。」

私は聞こえないふりをした。






「おう、嬢ちゃんたち。よかったら乗ってかねえかい。」

駅を出るとすぐ一人のドライバーが声を掛けてきた。

ルシフェルは男の乗ったタクシーを不思議そうにまじまじと見ている。

「あの男が乗っている鉄の塊。ありゃなんだい?」

「ああ、あんた達の世界には無いのね。あれは『クル魔』よ。」

「クルマ?」

ルシフェルとミョウジョウは声を揃えて言った。

「人や物を乗せて『マナ』を動力にして動く魔道具の一種・・・言わば馬車みたいなモノね。馬車よりもずっとラクで使い勝手がいいらしいわ。」

わたしも実物を見たのは初めてだった。

「へえ、こっちは随分と便利な世の中なんだなあ。さっきの列車といい。」

ミョウジョウは関心したように呟いた。

「え?列車も知らなかったの?」

「ん?まあな。俺たちの世界にはあんなモンは無い。」

「その割には列車にはすんなりと乗ってたじゃない。」

「舐められちゃあいけないと思ったんでな。な?」

ルシフェルを見つめニヤリと笑うミョウジョウ。

ミョウジョウの気さくな問いかけに対し、ルシフェルは聞こえないフリをしている。

気まずい沈黙が答えたのかミョウジョウの顔が赤く染まっていく・・・。

「で、どうすんだ?安くしとくぜ。」

タクシーの男が誘惑してきた。

「で、乗るのか?『クル魔』によ。いや、タクシーだったか?」

「ソル、僕たちは君に任せるよ。この旅の主役は君だからね。どうする?乗る?タクシー。」

ミョウジョウとルシフェルは爛々とした表情を浮かべている。

さて、どうしたものか・・・。





あれから一時間は歩いただろうか?

「ハアハア・・・おかしいわね。30分も歩けば着くって聞いたのに・・・。荷物も重いし・・・。」

タクシードライバーから聞いた最寄り町、フォギータウンにはまだ着きそうもない。

「だから素直にタクシーに乗せてもらえば良かったんだよ!・・・ハアハア。こんな夜中に山道を歩くなんて・・・。」

ルシフェルは息も絶え絶えに怒っている。

「だってタクシー高いんだもん。節約よ、節約。旅には何があるかわからないんだから。」

「ハア・・・君は、あれだな。ハアハア・・・薬草持ってても勿体無いからって、使うのに躊躇するタイプだろ?」

「ハアハア・・・そんな事言われても、そんな場面に遭遇したことないからわかんないわよ・・・。」

「物の例えだよ・・・。」

「・・・どうせ例えるならもっとあり得そうな例えしてよね。ハアハア・・・。」

「あり得そうな例えをしたつもりだったんだけどね・・・。ハアハア、もういいや・・・。くそっ霧まで出てきた。ハア。」

ルシフェルの言う通り、気付けば辺りは霧に包まれていた。

「おい、ソル・・・。」

それまで黙っていたミョウジョウが話しかけてきた。

「ハアハア・・・なあに?」

「お前、屁ェこいたろ?なんだか臭いぞ?」

言われてみると確かに少し臭い。でも、この匂いは霧に紛れて漂ってきている様だ。

それに・・・。

「・・・あのさ、そういう冗談、まずルシフェルに言わない?」

「え?なんで?」

ミョウジョウは理解できないと言った顔をしている。

その顔を浮かべたいのは私の方だ。

「なんでって、私は女だからよ。普通、男に聞くんじゃないの?こういうのって。」

「そうなのか?」

「相場はそういうもんよ。ハア。」

「そういわれても俺、相場なんてわかんねえしな・・・。」

ミョウジョウはいたって真面目に言っているようだ。

なんと間の抜けた奴なのだろう?魔物の様な見た目とはおよそ似つかわしくない言動だ。

ひょっとするとミョウジョウは、あまり警戒する必要はないのかも知れない・・・。

「この匂いはきっと、魔法樹から発せられてるんだろう・・・ハアハア。」

そう言ったのはルシフェルだ。

「魔法樹?」

私は聞き返した。

「ほら、辺りの霧をよく目を凝らして見てみな。」

ルシフェルの言う通り霧の奥深くを注意深く見てみると、辺り一面には古ぼけた魔法樹が立ち並んでいた。

「あら本当。よく分かったわね。ハアハア。」

「僕は父さんと世界を周っていたからね。この匂いはよく嗅いだものさ、ハアハア。懐かしいよ。」

「おい、ソル、ルシフェル。・・・町が見えてきたようだ。」

ミョウジョウが指をさす方向を見ると、かすかに灯りが見えていた。

「ヤッター!ああー疲れた・・・ハアハア。」

すでに限界を迎えていた私の足は棒の様になっていた。

「町まで競争だ!ビリだった奴が今日の宿代おごるんだぞ。」

ミョウジョウは依然元気のようだ。

「いや私しか持ってないでしょ。お金。何言ってんのよ。」

「・・・。」

「待て、あれを見てみろ。」

ミョウジョウが何かに気付いた。

「がはは、泥だらけのガキがあんな所で寝てやがる。子供は元気が一番だな、ルシフェル。」

ミョウジョウが指をさす方向を見てみると、確かに子供が横たわっていた。

「いや、あれは子供が怪我して倒れているんだ。助けるぞ二人とも。」

ルシフェルのその一声で私たちはその子供の元へと駆けつけた。

「大丈夫?」

その子供の体には何かに襲われた様な生々しい傷跡があった。

「うう・・・。」

私の問いかけに男の子はそう声を漏らすとゆっくりと眠ったようだった。

「一体なにが?」

ルシフェルは戸惑っている。

「見た目ほどは傷は深くはなさそうね。とりあえず、町まで運びましょう。」

私たちは男の子を抱きかかえ、不思議な夜霧がかかる町、フォギータウンへと足を踏み入れる事にした。
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