Vegetables

Vegetables―スピンオフ―

St. Valentine's Day １０

「千章、そろそろ起きろよ」

　律の声と軽く頬を叩かれる刺激に薄っすらと瞼をもちあげた。目の前には片肘をついたまま横になった律の顔がある。

　小さな窓から差し込む光は完全に夜が明けたことを示していた。

「あ、律、おまえ仕事は？」

　休みのおれと違って律はもともと今日も仕事だ。一気に目が覚めて飛び起きる。昨夜は１日くらいとか言ってたけどやっぱり幸子さんだけじゃ大変なんじゃないだろうか。

　同じように上体を起こした律が意味ありげな顔でベッドの脇に落ちていた衣服を投げてよこす。

　チェックアウトの時間が迫っていたこともあって、おれたちは急いで着替えを済ませ部屋を後にした。




***************




　律の運転する車がおれの家へと到着する。

　助手席のドアを開け片足を地面に下ろした瞬間、ちょうど対向車線から見慣れた軽自動車が入ってきた。

　美晴だ――。

　軽自動車は庭先の駐車場に収まり、美晴が降りてきた。

　お互いに朝帰りでなんか気恥ずかしい――。けど恥ずかしいとか思ってるのは多分おれだけだろうな。

　美晴はいつもと変わらない様子で、こっちに視線を寄こす。

　おれのほうへと歩み寄る美晴に、なぜか律が運転席から降りてきた。美晴はというと笑顔で会釈をしながら――。

「千章がいつもお世話になってます」

　――って、えぇ！？　なんだよ、その挨拶は。子どもじゃないんだから……。

「美晴さん？　ちょっと頼みがあるんだけど――」

　律が同じように会釈を返しながら美晴に向き合ってる。なんなんだ、一体。おれは全く状況が掴めずただ呆然と２人を見比べていた。

　何か、と問いかける美晴に律は――。

「こいつに女の格好させてもらいたいんだけど？」

　そういっておれの背中を美晴にむけて押し出した。

　何、何言ってるんだ？

　さすがの美晴も呆気に取られたのか、返答が遅れている。

「律、何言ってっ――」

「了解しました！」

　律に対して抗議の声を上げたおれを遮って、美晴が最高の笑顔で了承する。そのままおれの腕を引いて玄関へと向かった。

「千章、ここで待ってるから早くしろよ」

　追い討ちをかけるような律の声。

　なんなんだよ、ホントに――！！

「ほら、千章さっさと来なさいよ」

「……――！！」