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Vegetables―スピンオフ―
Starting happiness 10
しおりを挟む何を言うでもなく、元来た道を戻る。
居酒屋じゃない――2人になれる場所へ向かうために。
あれ?
前方からの人影に道を譲ろうと端へとずれ、その人影に見覚えがあることに気付く。
「こんなとこにいた!」
やや上がった息で文句をつけた美晴を驚いて見つめた。
「いなくなったと思ったら、いつまで経っても戻ってこないし――」
だからって主役が抜けてきたらまずいんじゃないか?
「ごめん、美晴。おれらそろそろ帰るな」
素直に謝るおれを呆れたように見つめ、ポケットから何かを差し出してきた。
「――ったく……はい、コレあげる」
咄嗟に受け取った物体を街灯に向けて確認すると、それは式をあげたホテルの名が入ったカードサイズの小さな封筒。
なんだろうと首を傾げつつ美晴を見返すと、小さく笑い返され……。
「それ、カードキーよ」
「キー?」
訳が分からずポカンとしたおれはさぞかし間抜けだったんだろう。美晴が馬鹿にしたように腰に手をあてている。
なんなんだ? ちゃんと説明しろよ。
「オプションサービスでね、あそこの宿泊がついてたのよ。別に泊まるのはあたしらじゃなくてもいいから、千章にあげるわ」
今日の出演料ね?
――いたずらっぽく口に指を当てた美晴にニヤリとされ、思わず顔に熱がこもる。
「な……な……そんなん――」
泊まるとかさすがに……。
「千章にあげたんだから好きにしたらいいわ」
うろたえるおれを軽くスルーして言い放った美晴は、返事を待つことなく背を向け……数歩進んだ後、来たときのように軽快に駆け出した。
よくあんな靴で走れるよな――ってそうじゃなくて……っ!
おれはいきなりの状況にどうしていいかわからずに手に持った封筒を複雑に見つめた。
なんとなしに封筒を開け、中身を取り出す。
繊細な模様が施された、おそらくは結婚式のオプションとして専用に作られたのであろうカードキーと、そして淡いゴールドで縁取られた同じサイズのメッセージカード。
――Coming together is a beginning ; keeping together is progress ; working together is success.――
印刷されたカードは当たり前に皆に封入されているものなんだろう――。
横から伸びた律の指が薄い桜色のカードを取る。サッと目を通してすぐにまたカードをおれへと差し戻した。
反対向きにして――。
――Miharu & Tamaki――
「――あ……」
カードの裏面に付け足された、手書きの署名に思わず声がこぼれた。
美晴と環の結婚式――余興として着せられたウェディングドレスはもしかすると……。
もちろん真意は聞いてみないと分からないことだけど、聞くことは決してないから――だから勝手に解釈するしかなくて……。
それなら今日は美晴たちの出発点であり、おれたちも――っていうのも有りじゃないかな?
そう思ったのはおれだけじゃなかったらしい。
「千章」
真剣な表情の律がおれのまえに立って手を差し伸べた。
「千章の未来を俺にくれるか?」
ソレはゆっくりと言葉を選びながら渡され、すーっと俺の中に吸い込まれる。
少し緊張したような律が堪らなく愛おしくて、自然と笑みがこぼれ落ちた。
「もうとっくに渡したつもりだったけど――」
伸ばされた律の手のひらに自分の手を重ね、伸び上がってその唇を啄ばむ。
「律と一緒にいる未来を誓うよ」
突然のことにうまい言葉が見つからなかったけど、律の顔を見るとちゃんと伝わったことがわかった。
改めて口にしたらすげぇ恥ずかしい――。
暗がりにもきっと真っ赤になった顔はばれてるだろうけどおれは目を反らさなかった。
おれの好きな少し目を細めた律の顔がそっと下り、肯定するかのようにおれの唇に重なった。
唇が離れ、どちらからともなく笑いがおきる。
「行くか?」
律の指が小さなカードをつついた。
「せっかくの労働報酬だしな」
照れくさくてわざとらしくつっけんどんに答える。
きっとこの未来は最高に幸せになるんだ――。
――出会いは始まりであり、寄り添うことは前進であり、共に歩むことは実りである――
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