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nosce te ipsum
quinque
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通話相手にそう叫び、携帯を壁に投げつけようとして、慌てて思いとどまった。羽角から連絡が入る唯一の手段を、無くしてしまうことになるところだった。
昔、一緒に暮らしだしてから一年目ぐらいに、一度だけ何も言わずに羽角が居なくなった事がある。一日目、羽角に何かあったのではと心配をしていた。二日目、何も連絡はなく、もしかしたらと不安が少しずつ増えていった。三日目、羽角に捨てられたのだと思った。何も持っていなかった子供が、失う恐怖を知り一日中泣き続けた。四日目、泣き疲れて眠っていると、暖かい感触を感じた。羽角の姿を確認すると、今度は嬉しいのに涙が溢れてきて止まらなかった。嬉しくても涙が出るのだと知った。
その後、落ち着きを取り戻したサイラスに、羽角は用事があって出かけていた事と、もう二度と黙って家を空けないことを約束した。
手にした携帯を握り締めた。羽角が、何も告げずに姿を消すことは無いはずなのだ。そう、何度も自分に言い聞かせる。
だがもし、羽角から連絡が来なかったら、このまま姿を現さなかったらと、不安が波のように何度も押し寄せ、その度にそれを振り払う。
羽角の望みを叶えるために、ここへ来たのだ。それを可能とする状態になるまで天弥を見張り、逐一報告をするのが自分の役割だった。ふと、脳裏に天弥の姿が浮かぶ。何があっても、最終的に羽角は天弥の前に姿を現すはずだ。そう考えると、再び玄関へと向かう。
天弥の美しい姿を思い浮かべながら、皮肉な状況だと思う。男にしては少し高い綺麗な声で、耳元に囁かれた言葉が思い浮かぶ。家族に会いたくはないですか? そう耳元で囁かれ、心が動いた。自分の家族について、考えたことが無いと言えば嘘になる。自分がどこの誰なのか知りたいと願い、それが叶うかもしれないと思った矢先に、羽角が姿を消した。
玄関にあるスニーカーを手に取ると、ベランダへと向かう。
これは、自分に与えられた罰なのだろうか、そう考える。羽角に拾われ、今まで何不自由なく育ててもらった。なのに、天弥が囁く誘惑に心を動かしてしまった。天弥の姿を見れば、またそれに囚われるかもしれない。それは、羽角への裏切りなのだと、何かが告げる。だが、手掛りは天弥しかない。
意を決し、ベランダの窓を開けると外へと飛び出した。
斎は銜えていた煙草を灰皿に押し付けると、バックミラーを覗き込んだ。時刻はすでに午後の三時になろうとしている。つい先ほど、待ち望んでいた天弥からの連絡が来た。昼まで待っていたのだが連絡はなく、待ちきれずに家まで来てしまった。部屋が見えるところに車を停め、窓を見上げながら連絡が来るのを待ち続けた。
斎自身、情けないとも馬鹿みたいだとも思いはするが、天弥の事となると感情だけで動いてしまう。かろうじて理性や自制心が働きはしているが、それもいつまで持つのか自信が無い。
バックミラーに、曲がり角から姿を現した天弥が映る。斎はドアの鍵を開け、エンジンをかけた。すぐに助手席のドアが開き、天弥が乗り込んでくる。
「すみません、遅くなってしまって……」
昔、一緒に暮らしだしてから一年目ぐらいに、一度だけ何も言わずに羽角が居なくなった事がある。一日目、羽角に何かあったのではと心配をしていた。二日目、何も連絡はなく、もしかしたらと不安が少しずつ増えていった。三日目、羽角に捨てられたのだと思った。何も持っていなかった子供が、失う恐怖を知り一日中泣き続けた。四日目、泣き疲れて眠っていると、暖かい感触を感じた。羽角の姿を確認すると、今度は嬉しいのに涙が溢れてきて止まらなかった。嬉しくても涙が出るのだと知った。
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手にした携帯を握り締めた。羽角が、何も告げずに姿を消すことは無いはずなのだ。そう、何度も自分に言い聞かせる。
だがもし、羽角から連絡が来なかったら、このまま姿を現さなかったらと、不安が波のように何度も押し寄せ、その度にそれを振り払う。
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意を決し、ベランダの窓を開けると外へと飛び出した。
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