平凡大学生と一日彼女

コンドル

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平凡大学生と一日彼女

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 身体を突き刺すような暑さの夏、大学生の加藤は、昼にベットから身を起こす。
彼女に振られて3カ月、傷心を理由に自堕落な生活を送っている。このままではいけないと感じながらもついついこんな生活を送っていた。

「ん~、あちぃなぁ…」

 そんな悪態を垂れ流しながら煙草に火をつけようとしたその瞬間、インターホンが鳴った。

「はぁ、なんだよ、めんどくさい…」

 宗教勧誘やセールスなら怒鳴ってやろう、そんな気持ちで少し身なりを整え玄関のドアを開けると。

「こんにちは! 加藤さん!」

「は…い…?」

 なんだこの子は、誰なんだ。でも…可愛い。

「どうしました?」 

 その女は、きょとんとした声で聞いてくる。

「いや…、誰ですか…? 部屋間違えてませんか…?」

 俺は彼女に目を合わせることができなくなっていた。すると、彼女はハッとした表情を浮かべ、

「そうですよね!まずは自己紹介から!私の名前は海未!加藤さんの一日彼女になりにきました!」

「はいはいはい?一日彼女…?あなた大丈夫ですか?」

「いやいや!私は、加藤さんの一日彼女なんです!あと23時間40分私は、あなたの彼女なんですよ?デート行きましょ! さぁ!」

 手をひかれるがままに俺はうだる様な暑さの中彼女に連れ出された。

「デートといったら~、映画!映画見に行きましょ!」

「あー…う、うん、じゃあ行きますか…」

 加藤は、半分やけくそだ。これが美人局でもいい。こんなかわいい子が一日だけでも彼女なんて、俺は勝ち組じゃないか?そう思いながら映画館へ向かった。

「あのー、何見たいですか?」

「あ! この映画がいい! 青春ラブストーリーなんだよ!」

「あ、あぁ じゃあそうしますか…」

まったく趣味じゃない映画を見るのは少々癪だった。しかし、これがカップルという関係なのだと3カ月前のことを思い出し、胸がキュウとした。

 
彼女が彼女じゃなくなるまであと20時間


 2時間の映画はあっという間だった。映画の最中は気にならなかったがどうやら彼女は泣いていたようだ。

「大丈夫ですか…?」

「うん…? うん… ただ彼女が可哀想で… 私まで悲しくなっちゃった」

 感受性が豊かなのか、その寂しそうな横顔に少しばかり胸が熱くなるのを感じた。

「次、行こ! タピオカ飲みたい!  あとーカラオケ! あとさ、敬語やめてよ!」

「あ、は…うん。 じゃあ行こうか。」

 なぜかは分からない、けれども顔が熱い。夏の暑さではない熱さが加藤の顔面を覆う。
そんなこんなで加藤は、前の彼女と行った海の見える洋食屋へと彼女を連れていく。


彼女が彼女じゃなくなるまであと16時間


「おいしいね! こんなもの食べたことない!」

「そうだね、それにしても君はこの暑さで元気だね。 まるでロボットだよ。」

「何言ってるの!」 海未は笑った。 そんな彼女の笑顔に応える程、加藤にも余裕ができてきた。
店を出て加藤は、「家はどこ?」と海未に問う。

「明日で私とお別れだよ? 一緒に帰ろ!」

「え!?  いや…え!」   

「何考えてんの! エッチ!」

 確かにそうだ。今日会ったばかりだ、下心丸出しであることを恥じた。
家に着いた。

「へー! いい家じゃん!」

「ははっ、そうだろ?」

「このゲームは?」 海未が拾い上げたのはテレビゲーム。

「あぁ、勝負するか?」 加藤は自信満々だった。

「じゃあ勝負だ!」

 そのまま3時間が経過した。

「そろそろ寝よっか。」

「う…ん…」 海未は眠そうに目をこする。

「俺は下で寝るから、海未はベットで寝て」

「添い寝して…」

「いいの…か?」加藤は唾をごくりと飲んだ、いや、ダメだここは紳士、あくまで紳士。我慢だ我慢。そう自分に言い聞かせシングルベットに二人で寝る。


 彼女が彼女じゃなくなるまであと10時間


朝だ。 不思議とこの日は9時に起きることができた。こんな健康的な生活は久しぶりだ。海未のおかげなのか。

「…て… …きて… 起きて!」

「ん、んあぁ」

「おはよ! 今日は、最後に海に行こ。」

「そうだな! 行こうか!」


彼女が彼女じゃなくなるまであと4時間

 加藤の地元は漁師町。すごく古い漁師町で、人魚伝説や海坊主伝説などの妖怪話の発祥とされるような街だ。自分の家から2時間かけてここまで来たのには、海と聞いて海未に生まれた町の海を見せてやりたかった。しかし加藤には気がかりなことがあった。「一日彼女とは」「彼女は何者なんだ」何度も聞こうとしたが聞けなかった。
海についた。

「わー! 綺麗ね!」

「そうだね! うりゃ!」

「やったな!」

 本当のカップルの様にはしゃぎ続け、いよいよお別れの時となった。

「なぁ、一日彼女ってなんだよ、もっと一緒にいてくれよ。 俺、海未のことがす…」

 彼女は、言葉を阻むように「ダメ!」と語気を強めて言った。

「私は、一日彼女なの、加藤君とは、一日しかいられないの、でも… 私はずっと加藤君を見てる。ずっと、ずっと。」
 彼女は泣いていた。そして事の顛末を話してくれた。信じられないような話だったが、彼女は人魚姫だ。
ちょうど15年前、加藤はこの海未と立ってる浜辺で瀕死状態だった亀を助けたことがある。彼女は、その時の恩返しをしようとして、いつしか加藤に恋をしていたのだ。
 そして今日、一日だけ人間の姿に戻れるこの日に加藤に会いに来たのだ。

「そうだったのか。そんな前のこと…」

「そう、だから、私はもう会えないの、ごめんね。  でも楽しかった。 加藤君大好き。」

「俺も大好き。」

 「目を閉じて」海未の言葉に促されるままに加藤は目を閉じる。
 唇の当たる感覚と共に潮風がフワッと加藤の体を通り抜ける。自然と涙が零れる。
目の前に、海未はもういない。
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