オカルティック・アンダーワールド:ベート

アキラカ

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1.裏世界怪異譚

第7話 エンティティ

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「凄い・・・」

 ふひとは目の前で、大きく口を開け食らいついてきたエンティティの牙を、寿々すずの背中から発せられた七色の光。つまり寿々が持つ天使の羽がまるで大きな盾のようにして二人を包み込んでいるその光景に度肝を抜かれていた。

 エンティティは弾かれた衝撃で後方へ飛ばされると、攻撃が効かない事に奇声を上げながら憤怒しているように何度も周辺を低い機会音を発し瞬間移動を繰り返していた。

「史!大丈夫か?」

 寿々は自身でも驚きながら、覆いかぶさっていた史を見上げ無事を確認する。

「俺は大丈夫です・・。って言うか羽、痛くはないんですか?」

「ああ全然。・・俺も詳しい事は分からないけれど、羽は多分俺を守るための波動なんだと思う」

 そう言うと覆っていた形状からスッと形を戻し、背中の後ろで対になって合わさると蒸発するように消えていった。

「俺は羽を広げれば少しだけ防御はできるみたいだけど、でも物理的な攻撃は出来ない・・・」

「ならばそっちは任せてください!」

 史はそう言うと立ち上がり、今度は左手を前に突き出し高速で瞬間移動を繰り返すエンティティに向けて意識を集中し狙いを定めた。

「・・チョロチョロと・・・」

 そして呪力が及ぶ範囲に飛び込んで来た瞬間、細い首を鷲掴みにするようなイメージで虚空をぐいっと物凄い握力で掴んだ。

「ギィィィ!!!」

 と締め上げられた部分から潰された虫の断末魔のような音を発するエンティティは、史の念力によって動きを制止させられたのだった。
 史は何を考えたのか、そのまま捉えたエンティティをほぼ閉じかけていた柱に開けられた時空の歪みの穴に向かって思いっきり投げつけた。

 ドン!!というまるで爆発音のような大きな音を出してエンティティはクラッシュしたゲームのグリッチのような光彩をチラつかせ、1,2回伸びたり縮んだりした後、

「ギギギ・・・」

 という音を発してその場から動かなくなった。
 寿々は転がってまるで毛糸のようにクシャッと縮こまったその黒いワイヤーの塊を、恐る恐る眺めた。

「うわぁ・・・。これって本当に何なんだろう。魂は感じないから生き物・・ではないよな」

「寿々さん、今の衝撃で柱の穴が開きましたからすぐに下に行きますよ!」

 史は先に柱へと近づくと寿々を大声で呼んだ。

「ああ、わかった!」

 寿々もこの空間はもちろん敵の正体が気になったものの、史の言う通り今の内に下りないといけないと思い、急いで柱へ駆け寄った。
 そして先にその空間へ足を踏み入れてはみたのだが・・。

「少し高いとか言ってたけれど・・何メートルくらい落ちるんだろうか・・」

 と考えたら何だか急に怖くなってきてしまった。
 すると史は何の疑問に思うことなく寿々の体をひょいと持ち上げ、

「じゃあ俺がこのまま飛び込みます。ただ、着地した瞬間にちゃんと構えてないと舌を噛んだり首を痛めたりするかもしれないのでそこだけは気をつけてください」

「・・わかった。悪いけど任せる」

 そう言うと寿々はやや力強く史の首にぎゅっとしがみ付いた。







 先に1階に下りていた有明と松下は、少しだけ離れた位置から何もない天井を見上げ二人が上の階から降りてくるのを待っていた。

「・・・遅いですね」

 有明はもしかしたら二人に何かあったのでは、と危惧していたその瞬間。
 白い天井をすり抜け、寿々を抱えた史がそんまま絨毯の上で踏ん張る様に着地したのを見てようやくほっとした様子を見せた。

「ったく・・遅ぇんだよ」

 松下が自分がモタついていた事などすっかり忘れたかのように悪態をつくと、

「あんたが降りるのを怖気づいていたからエンティティに襲われていたんすよ!」

 と史がマジキレした。

「え?・・・エンティティに襲われて、大丈夫だったんですか?」

 有明は史のその発言に驚いていると。
 史から下りた寿々が、

「いやぁ、何とか逃げてギリギリのところ下りてこられました、はは」

 とまたもやごまかすように言うので、流石に有明も寿々と史の二人を不審に思いはじめていた。

『あのエンティティに遭遇して逃げ延びただって?・・・そんな馬鹿な。そんな人間は今まで誰一人としていなかったぞ。・・・まさかこの人達・・・』


「で?ここが1階って事なんだよな?それじゃもう外に出られるって事なのか?」

 松下は正直立っているのも精一杯といった感じだ。顔もやつれ、唇は乾燥で皺が寄り、目の下のクマはいつもの倍以上に見える。

「・・・いや。ここが一番厄介な場所だ。なぜならばここからは耐久戦になるからだ」

 松下は有明のその言葉に眩暈がしてきたようで、

「耐久・・戦・・・」

 と小さく呟くと、フラフラと力なく壁に近づきそのままズルっと崩れ落ちた。

「あの・・、耐久戦ってどのタイミングになれば戻れるのか、っていうのは知っているんですか?」

 寿々が質問すると。

「・・・・・・」
 有明は顎に手を置いて、少しだけ何かを考えるようにして寿々と史を見つめた。

「?」
「?」

 寿々と史はその視線に顔を見合わせる。

「・・・実はここの空間は、おそらく人為的な結界のようなものが要因になっているとは考えています」

 有明の発言に二人共少しだけ驚いた。

「人為的な結界?・・・誰かがわざとこの空間を生み出している・・って事ですか?」

 史が険しい顔をして聞き返す。

「はい。目的や動機などは一切不明ですが、このバックルームを作り出している何者かが、力尽きるのを待たないと最終的にここから外に出る事はできません」

 史はそう言われて腕を組んで考えた。


『これが結界だとすれば、相当な力を持った奴なのは間違いない。しかも結界を張っている奴が本当に人間なのかも怪しい・・。ただもし人間だとすればどれだけ頑張っても1日・・・いや、松下さんがここに閉じ込められてから一度結界が解かれ、再び今夜結界が張られた事を考えると実際は数時間程度しか持たないのかもしれない・・・あるいは』

「どうした史?」

 寿々が心配そうに顔を覗き込むのを見て史は有明の方を向いた。

「あの、このフロアにもエンティティっているんですよね?」

「?ああ、おそらくいると思う。確実ではないのだが、エンティティは今ところワンフロアに一体しか確認されていない」

「なるほど・・・じゃあ。ちょうどこの場所が開けていてやり易そうなので、俺、エンティティを倒してみてもいいですか?」

 史は何を思ったのか、有明に向かってまるで自分の力を隠すそぶりもなく素直に質問した。

「は?・・・エンティティを倒すだって?・・・君は気でも違ったのか??」

 有明は史がこの状況でイカレてしまったのではと本気で心配そうな顔をしてきた。
 隣で聞いていた寿々も、わざわざ自分の能力を知らない相手に晒す必要もないと思い慌てた。

「おい史・・・いいのか?警察だぞ?何かあればお前目を付けられるぞ?」

 と小声で話すが、

「構いませんよ。こんな状況で誰が何を証明できるって言うんです?正直、俺はあの人が本物の警察なのかすら本気で疑っています。こんな不可思議な状況に何故か慣れいるところも、形代を使った警備員を使役できているところも全部、普通の警察だったらおかしすぎます。ですよね?」

 史は何を考えているのか、有明に向かって素直に質問した。
 有明は史を睨むでもなく、ただジッと見つめると一瞬だけ目を閉じ、そして一言発した。

「確かにその通りだな」

 有明はそう言うと、身の回りを少しだけぐるりと回り、ベージュ色の絨毯を確認した。

「・・・えっと確か三枝さんでしたか?」

「え?はい?」

 寿々は急に呼ばれたので思わずビクっと体を強張らせた。

「あなた、この広間に落とし穴があるか分かりますか?一応今いるこの辺にはないと思うのですが」

「あー・・そうですねぇ」

 寿々もそう言われると仕方ない、と思いながらゆっくりと辺りを見渡した。
 そしてゆっくりと慎重に部屋の中を歩きはじめる。

「寿々さん大丈夫ですか?俺引っ張っておきますよ」

「ああ、大丈夫だとは思うけど・・じゃぁ一応」

 そう言うと史が伸ばした手を取り、寿々は先ほどと同じように史と手を繋ぎながら絨毯を調べだした。

 広間の半分以上を進んだところで寿々は何かに気づいたのか、ゆっくりと屈み手をつくと前方を探る。

「!!」

 そしてその場所が今まで以上に危険だとそう悟った。

「うわ・・・」

 そう小さく呟くと寿々ポケットから再びマジックを取り出し、擦れたインクでそこから先を全て分断するように可能な限りの真っすぐな線を引いた。

「・・・・ここから先全部?」

 史が聞くと

「ああ、この先は全部落とし穴になっている」

 線を引き終え有明の元に戻ると、寿々は何だか色々と心配になってきて思わずため息が出てしまった。

「はぁ・・・。史、何をしたいのか分からないけど本当に大丈夫なのか?」

 そう言って史を見ると、史は寿々に鞄を渡し珍しく屈伸運動をして準備をし出した。

「そうですね、確信はないですが。何とかいけるかと」

 更にその様子を見ていた有明の方が寿々より険しい顔をしている。

「・・・君たちが一体何者なのか本当に不思議で仕方ないけれど。とりあえずは任せる
 事にするよ」

「じゃあ、合図お願いしていいですか?」

 史にそう言われて有明は眉を寄せた。

「合図?」

「ほら、その持ってるので」

 と言って史は拳銃のポーズをする。
 有明はため息をつきながら

「おもちゃと違うからな・・」

 と少しだけ睨みつけたが、仕方なく腰のホルスターからグロック17を取り出すと一度マガジンを抜き弾数を確認してから再度装填しブローバックをスライドした。

「離れていろ」

 そう言うと部屋の入口方向から続く長い廊下に向けて銃口を構え、一発発砲をした。

 パン!!

 乾いた銃声が空間いっぱいに響き渡った。
 すると程なくして奥からあのエンティティが先ほどと同じように奇声を上げて猛スピードでこちらに向かってきた。

「寿々さんは、松下さん引っ張って部屋の角に避難していてください」

「わかった!」

 寿々は史に言われた通りに壁にもたれ掛かって半分意識を失いかけている松下を一生懸命に引きずろうとした。

「松下さん・・・危ないから端に移動します・・よ!」

 しかし松下は朦朧とした目で辺りを見回すだけで、自力で動こうとしてくれない。

「ほら!!」

 寿々は筋力のない体で必死に引っ張るが、なかなか移動させられずにいると、ふいに寿々の横から伸びて来た手が松下を軽々と掴み上げそのまま端の方へと放り投げた。

「あ・・・」

 有明に吹っ飛ばされた松下は小さく「ぐえ」と喋ったように聞こえたが、寿々にも有明にとっても本当にどうでもいいことだった。

「ありがとうございます」

 寿々に素直に感謝の言葉を言われた有明は驚いたような表情をしたが、少しだけ照れたような様子をみせると。

「いいえ」

 と小さく呟いた。



 史は真っすぐ突進してくるエンティティに向かって再びスッと左手を向けた。

 そしてそのまま呪力が届く範囲に飛び込むのを待っていると、部屋の入口手前でエンティティは急にその突進を止め停止した。

「・・なんだ?」

 史もその動きの変化におかしいと感じ、一旦伸ばした左手を少しだけ戻す。

 エンティティはそのまま史の様子を伺うように、目もないのにまるで睨みつけるように史の動きをゆっくりと追った。
 史はその追って来る頭部を見ながらジリジリと左方向に移動し入口に近づく。

『なるほど。もしかしたら今まではで操作していたのをに切り替えたのか?という事は術師により力を使わせる事ができるな・・・』


「おい!お前、聞こえているか?もしお前がこの世界を操作しているのならば、もうそろそろ限界なんじゃないのか?」

 史は制止して様子を伺っているエンティティに向けて話し始めた。

「何が目的なのかは知らないけれど、もう力の限界ならさっさと結界を解除して休んだらどうなんだ?」

 まるで挑発するように話した瞬間、エンティティは急に不気味な音と共に高速瞬間移動を開始した。
 そしてすぐに史の背後を取ると、そこから体の一部を変形させ大鎌のような刃を振りかぶってきた。

「!!」

 史は咄嗟に右手で拳を作るとそれを床に打ち付けた。

 バババッ!!という音共に床から拭きだす浄化の銀色の波動が壁になり、振られた大鎌はガキィン!!という音ともに勢いよく跳ね返された。

 史はその勢いで体勢が崩れた一瞬を見逃さなかった。
 左手を伸ばすとそのまま念力でエンティティの首を鷲掴みにした。そして先ほどと同じように勢いよく放り投げようかとした、が。

 エンティティは体勢を崩しながらも咄嗟に鎌の刃先を反対側に変形させると、史に掴まれた念力をその鎌で断ち切るように目の前を薙ぎ払った。

「!!」

 史も思わず左の念力を解除せざるを得なかった。

エンティティあいつらの力はどうも呪力ではなく浄化の力。呪力で対抗するとすぐに祓われしまう。・・・しかしこっちも浄化の力で対抗しても延々とお互いの力を弾き合うだけで倒す事はできない。せめてもう少し効率のいい消耗戦ができれば・・・』

 史は性格的にいつだって効率を重視する。
 しかし単純な消耗戦は戦術的に効率的とは言えないが、スタミナに自信のある史にとってはまだ得意な方ではあった。

 史はパシン!と音を立て両手を合わせ、少しだけ気を循環させると左手を拳にした。



「史何をするつもりなんだろう・・・」

 部屋の隅に避難していた寿々は、史の動きを少しだけ不審に感じていた。
 史は左手で呪力を、右手では浄化を使う。
 呪力で使える力は基本物理的操作に限定されている。
 例えば念動作用テレキネシスや重力操作、あとは物理情報を読み取る透視だ。

 史は疑いようのない馬鹿力の持ち主ではあるが、とはいえ武術の達人というわけではない。技量で攻める事は正直得意ではないのだ。
 だからこそ基本は知能+スタミナ戦でいきたいのが本音だった。

 が、

 史は拳を構えると、再び瞬間移動を繰り返すエンティティの動きを見極めようとその場でじっと待ち続けている。

 ブォオン!という音と共に今度は右前方に出現をしたのと同時にエンティティは黒い刀状に変形させた右手を勢いよく突き伸ばしてきた。

「!」

 史はその攻撃を右手に纏った浄化の波動で相殺する。
 まるで右手に金属製の籠手でも装備しているようにその波動はエンティティの黒い刀と擦れあいバチバチバチっと火花上がった。

「史!」

 思わず寿々が震えあがり、史へと駆け寄ろうとするのを隣で静観していた有明が止めた。

「大丈夫です。よく見て」

 史はその火花が収まると同時に左手で直接エンティティの右腕を鷲掴みにして捻りあげていた。
 しかし至近距離では、エンティティの体から即座に変形させた武器に攻撃を受けてしまう。
 史はそうさせないよう、掴んだ瞬間に左手を広げると溜めた重力の念で全身を乗せ圧し潰すようにしてエンティティの右腕を付け根からブチリと断ち切った。






 キィィィィン!!というまるでハウリングのような不快な高音が室内に響き耳をつんざく。
 重さで千切られたエンティティの腕を、史はそのまま線が引かれた見えない落とし穴のあるベージュ色の絨毯へと放り投げると、黒くうねった腕はその床に吸い込まれるようにして消えていった。

「ギギギギギ!!!!」

 のたうち回ってまるで苦痛を現しているかのように、完全に動作不良を起こしているエンティティはそのままドカっと床に落ちるとバグの様な光を発しグネグネと回り続けた。
 もはやその状態から再び浮遊して襲いかかるのは無理のように見えた。


 史はそれを確認するとゆっくりと後退し、寿々と有明の方へと近づいてきた。


「史・・。あれあのままにして大丈夫なのか?」

「いえ、また起き上がる可能性はあります」

「じゃあなんであのままに?」

「多分、あいつを操作している奴がこの結界・・つまり裏の世界バックルームを作ったんだと思います。もし余力があれば再び起き上がって襲いかかってくるでしょう。でも、上の階のエンティティも壊しましたし、このフロアのも大分破壊したので、これ以上やろうと思えば相当な力を要するはずです」

 史の話しを聞いて有明もすぐに納得がいった。

「つまりこのままエンティティがくたばれば、すぐにでも結界は解かれる可能性が高い」

「まぁただの勘にすぎないですけど」

 そう言うと3人はそのまま床でグネグネともがくエンティティをただ見つめ続けた。
 そして30秒くらいが過ぎようとしたその時、急にエンティティはギギ!という音と共に停止した。

「・・・・止まった?」

 寿々が言葉を発した瞬間。
 パリィィン!!というまるで薄いガラスが割れる様な音が建物全部に響き渡った。


「!?」

 史も寿々もその感覚に心当たりがあった。
 それは以前史の元実家、白菱稲荷神社の境内で史の伯母、公子が張った結界が剥がれたあの時と全く同じ感覚だったからだ。


 有明も驚きながらも部屋の入口に目をやった。
 すると先ほどまで奥にずっと続いていた通路は消え、広間を出たすぐの場所がエントランスに戻っていた。


「成功したみたいですね」

 有明はそう言うと、ぶっ倒れている松下の腕を抱え持ち上げた。

「ぐずぐずしているとまたバックルームに引き込まれるかもしれない。今すぐに外に出ましょう!」

 寿々と史も同意し頷くと、急いでそのビルから外へと脱出した。











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