オカルティック・アンダーワールド:ベート《続編》

アキラカ

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1.裏世界怪異譚

第8話 金烏

 車の後部座席に放り込まれた松下に、ふひとは仕方なく近くの自販機で買ってきたペットボトルの水を放り投げた。

「松下さん・・不本意ですが、水です」

「み・・みじゅ・・」

 意識が不明瞭な松下は、目の前に放られたペットボトルの水を見るとがばっと起き上がり、蓋を開けると零す勢いで一気に飲み干していた。

 外では有明がどこかに連絡をしている。
 寿々すずは有明の車が警察車両なのになぜ無線を使わないのか不思議に思ったが、史が言った通りやはり有明の行動は全てにおいて不審な点があり、自分達が知る警察とは違う機関に所属しているのではないかという予感だけはしていた。
 それに寿々は有明に対して何となく不思議な存在感も感じてもいた。
 この廃ビルで起きた怪異をある程度解明し、しかも見たところ異能力者というわけでもないのに、たった一人で生還しているなんてとても普通の人間に出来る事とは思えなかったからだ。

『・・・何となくだけど、あの人とこれ以上関わってはいけないような。そんな気がする』

 そんな事を考えていると、疲れた顔をして史が寿々の元へと近づいてきた。

「驚きましたね、時間。俺達があのビルに入り込んでからたったの30分しか経っていません・・」

 とスマホを取り出しながら時間を確認していた。

「うん、そうだなぁ・・・」

 寿々は色々と気になる事は山ほどあったが、とりあえず時間はどうであれ疲労感だけは嘘をついてはいないようで。
 同じく疲れた顔で史を見上げると、

「早く帰りたいな」

 と愚痴のように言葉が出た。

「本当です。ったく松下が馬鹿なを事するから・・」



 電話を終えて有明が戻ってくると、二人に向けて

「とりあえず、調書だけは取らないとだから。今からすぐ近くの三田署に行くので全員乗って」

 と当然の業務だという口調で声を掛けた。
 寿々と史は嫌そうに目を合わせる。

「あの・・俺達どうしても行かないと駄目ですか?」

 寿々が妙な抵抗で一応訊いてみたが。

「もちろん駄目ですよ。とりあえず調書は私が取るので心配しないでください。二人には本当に当たり障りのない形式的な質問をするだけなので」

 と言って運転席のドアを開けた。
 そして何かを思い出したように
「あ・・」

 と呟くと背後の廃ビルに向き直り、内ポケットから鈴を取り出した。
 そしてその鈴でチリン、と澄み切った美しい音を鳴らすと、先ほどまで浄化の力で形代に変えられていた警備員達が再び人の形に戻りニョキニョキと起き上がったのだった。

 その様子を二人はあんぐりと口を開けて見ていると。

「これは俺の力ではないですが。警察にも色んな組織があるんですよ」

 とだけ言うと、ささっと運転席に乗り込んでしまった。






 廃ビルが再び普段の姿を取り戻し、向かいの道路に停められた黒のクラウンが走り出したのを3棟離れた別のビルの屋上から観察している人影が二つ夜闇に紛れていた。


「ッチ・・・何なんだよあのクソ馬鹿力野郎・・・!」

 ブリーチされたくしゃくしゃのオレンジ色の頭と、厚めの前髪から見える鳶色の鋭い目元が特徴的なその少年は、舌打ちをしながらとても悔しそうに走り去ってゆく有明の車を睨みつけていた。

「お前はいずれを倒さなくちゃいけなくなる。今から泣き言を言うな」

 その少年の背後から冷静に声を掛けたのは、裏政府、〝常天とこのたか統合府〟のしもべ、あの元公安の佐藤だった。

「大体あんなやつらが急にやって来るなんて俺は聞いてないからな!」

「ワシも知らん。だが・・・あの編集者二人はもはやワシのとって宿敵と言える存在。一体何でそうなるのか全く分からんが。これも全て神の御意思か・・。我々一族にももはや知り得ぬ大いなる働きが今まさに動き始めておるのだろう」

「何言ってんだ?」

 少年は佐藤の呟きの意味が全く理解できなかった。
 佐藤は目を細め角を曲がる車を見送りながら、

『三枝寿々・・・・。まさかあんたがここまでこの世にとって厄介な存在になってしまうとは思ってもいなかったよ』

 そう思いながら一瞬だけ苦々しい顔を見せるとすぐに気を取り戻し、再び少年の方へ厳しい目つきで向き直った。

「ところでマレ、お前の施したあの結界。・・あれは一体なんだ?」

「あ~あれ?あれ動画でバズってたやつ。バックルームっていってさ。俺結構好きなんだよね~!あとSCPとか?」

「はぁ・・子供の考える事は全くわからん・・」

 佐藤は心底面倒臭そうに言うと鉄骨の階段を下りようと背を向けた。

「で?修行はどうするんだよ」

「ここはもう終わりだ。次の場所を探す」

 階段を下りながら佐藤は目を合わせずに手のひらをヒラヒラと振った。

「なーんだ、ちょっとだけ楽しくなってきたのに。せっかく俺が配信した動画がバズったからもっと鴨がかかるかと思ったんだけどな~。残念」

 そう言いながら稀はつまらなそうな様子で佐藤の後ろに続く。
 佐藤はその少年の調子づいた態度に釘さすように少しだけ睨みつけた。

「ワシももう先は長くない。お前が八咫やたの次期大烏として相応しい力を持つことができれば、ワシもようやくお役目御免だ。だから頼むから面倒な事だけはしてくれるなよ?」

「はいはい、相変わらず煩い爺さんだなあんた」






 深夜0時半


 ようやく全ての調書を取り終え、解放された寿々と史は仕方なく松下が出て来るのを入口前の椅子に座って待っていた。

 松下は有明だけでなく、所轄の刑事たちからも不法侵入罪での取り調べを受けており、下手するとこのまま拘留だとこっぴどく怒られたものの。実際はそうでもないのだが、一応初犯という事もありギリギリ拘留だけは免れ詳しい処罰は後日という形で釈放されることになった。

 その手続きが終わるのを寿々と史は疲れた様子で待っていると、奥から有明が再び現れ寿々へと近づいた。


「三枝さん」

「?有明さん?何かまだありましたか?」

「いいえ。今日のところはこれでもう何もありません。ただ・・・」

「ただ?」

「・・・・」

 有明は少しだけ悩むと、

「多分、遅かれ早かれ私はまた貴方達と一緒に行動する日が来るかもしれません」

「それは・・どういう・・」

「本当に詳しい事は何も言えないのですが。私が所属するところが何も言えない機関、という事だけで後は察していただけたら幸いです。そしてこの機関では民間の有力な能力者に協力をお願いする事が多々あります。ですのでもしそういう事があれば、また改めて私の方からお願いに行くと思いますので何卒よろしくお願いします」

 寿々はそう言われて少し困ったような顔をすると、

「あの・・、それって強制的なことなんでしょうか?」

「いいえ、あくまでも協力のお願いなのでそういったことはありません」

「そうですか・・・でしたら、予めお断りさせていただきます」

 寿々はそう有明にきっぱりと告げた。
 有明はあっさりと断られるとは思っていなかったようで驚いた表情をみせた。

「は・・協力はお願いできない・・と」

「はい。俺達も有明さんと同じで色々な事がありました。そりゃぁ、こういう力は本当ならばもっと人の為に使わないといけないのかもしれません。でも俺達は今でも毎日いっぱいいっぱいなんです。とてもじゃないけれど、協力だなんて無理です。なのでお願いですからそういう事で俺達の前に来るのだけはやめてください」

 そう言って寿々は有明に頭を下げた。

「・・わかりました。こちらも無理を言ってすみませんでした。・・・実は私があのビルをずっと捜索しているのは、未だに不明になっている2名の機動隊員の行方を追っているからなんです・・」

 有明も何か思う事があるようで、そこまで話したもののやはりそれ以上は話す事はできないらしく言葉に詰まると再び寿々に向き直り、

「では、失礼します」

 と表情を元に戻し背筋をビシっと伸ばした。
 そして踵を返すとまた奥の方へと戻りかけたその時。

「有明さん」

 今度は史が話しかけた。

「?」

 急に呼び止められたので再びきょとんとした顔をしている。

「あの、あくまでも俺の勘・・ですが。俺が結界を張っている奴とやり合ってみて感じたのは、恐らくその人物は結構近くの場所からあのビルに向けて結界を張っていたと思うんです。これは確信があって話すわけじゃないですけど、あのバックルームの見えない落とし穴に落ちた人や物は、多分そんなに遠くの場所に移動してはいないと思います。なので芝浦ふ頭の全てのビルやビルの敷地内を捜索してみて下さい」

「・・・・わかった。ありがとう」

 そう言って一度は礼を言ってみたが、何か思う事があり有明は再び史に向き直った。

はだ君、君は頭はいいが思った以上に素直な性格みたいだから一言だけ助言するけど。今の話し方だと君が被疑者として疑われてしまう可能性も考慮したほうがいい。勿論私は君を疑ったりしてないけれど。場合によっては君への嫌疑がかかってしまう事もあるからね。ただ、もし君がどこかでそんな事になってしまったらその時は迷わず警視庁STSの有明白朗しろうの名を出して私を呼んでくれ。いつでも君の力になろう」

 そう言うと再び有明は廊下をスタスタと歩いていってしまった。

「・・はぁ?せっかく善意で助言しただけなのに」

 史は有明の返答が気に食わなかったようだが、寿々も本当にその通りだなと思い、史にはあまり素直になりすぎるよりもシカトする方が得策である事をちゃんと教えておかなければ、と有明の背中を見送りながら考えていた。




 その後20分くらいするとようやく解放された松下が死にそうな顔をして二人の前に現れた。

「・・・お前達・・何でまだいるんだよ」

 松下はあまりの疲労で更にげっそりとした様子だったが、寿々と史がただの好意や善意で自分を待っている筈がないので再び殴られるのかどやされるのかとそう思い更にげんなりしていた。

「本当にもう今は俺の事をほっといてくれ・・・」

 それだけ言うと松下は二人の間を通り抜けるようにして外に出ようとそう思ったその瞬間。
 寿々と史は心底嫌そうな顔をしながら松下の腕を両脇から抑えつけた。

「な!何してんだお前ら!!警察署の中だぞ!?」

 そう慌てふためく松下を押さえながら二人はそのまま外へと連れ出した。


「やめろ!!マジで警官を呼ぶ・・・ぞ」

 そう言って抵抗する松下を無言で外へ連れ出すと、署の前で見慣れた顔が腕組みをして待ち構えていた。

「え?・・・さ・・ち。何でここ・・に」

 松下が聞いた事のないひ弱な震える声で指差した先に待っていたのは、まる早智子さちこだった。
 丸は鬼の形相で松下を睨みつけている。

「!!だからお前達、俺が出て来るまで待っていたのか!?」

 ようやく意味を理解したようだったが、時既に遅しだった。
 丸はズカズカと大股で松下に近づくと急に腰の高さに両手を引いたかと思うと、バッと右脚を引き両手を胸の前に上げ空手の構えを取った。
 その隙に寿々と史は松下からささっと素早く離れる。

「ちょ、ちょっと待て!!俺が悪か・・」
「てやーっ!!」

 掛け声と共に丸の見事な正拳中段突きが松下のみぞおちに食い込んだ。

「・・・・ぐぉ・・」
 そしてその場で気絶するように崩れ落ちた。

 寿々と史はその様子にドン引きしながら松下の愚かさにも、丸の容赦なさにも震えた。

「うわぁ・・・。丸さんって空手やってたのか?」
「確か黒帯って聞いたことあります」





 世の中には本当に何がどうして引き合ったのか全く分からない人間関係もある。
 寿々は目の前の光景を見て、丸と松下の関係性が更によく分からなくなっていた。
 
 少し前に新宿の天使シンディから『天使は人間のプロデューサー兼マネージャーになって多くの神にその存在を沢山観測してもらい、観測される事によって分岐点を増やし、より多くの幸せがある方向へ導くのが仕事だ』と聞かされていたが・・・。

 寿々は二人を見て改めて、幸せって何なんだろうか、と考えてしまいもっと人間観察から始めないといけないなと、何となく反省してしまった。


 丸は再び形を戻すように両腕を腰の高さで構えると。
 小さく「よし!」と呟いた。








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